※この作品はR-18です。

Puberty ~宙(そら)の子供たち~   作:宇藤百足

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□ Page.7 『川辺の魔女』 □

「おっ、岡本ちゃんやん。」

 

 

真っ白になった頭の中。

 

その復旧の目処すら立たぬまま、舞子は一人ふらふらと歩いていた。

 

 

「そういや、家こっちやったんやっけ?」

 

 

これが夢ならどんなにいいか。

 

時間を戻すことができたらどんなにいいか。

 

時折舞子の脳裏をかすめるのは、そんな実体のない思いだけ。

 

一番の友達を失ったショックは、

ただただ今の舞子を粉々に打ち砕いていた。

 

 

「……?

 岡本ちゃん?」

 

「……」

 

 

だが突然の第三者の関与により、舞子の心は現世に呼び戻される。

 

 

「(すぅ~~~~……)

 おー!かー!もー!とー!ちゃあああん!!!!」

 

 

――ガバッ!

 

 

「……きゃぅっ!?」

 

 

いきなり後方から抱きつかれ、舞子は小さく悲鳴を上げる。

 

沙弥と別れてからここまでの朧気な記憶を手繰り寄せて振り向いた先には

Tシャツと半ズボンというラフな服装をした叶浦はじめの姿があった。

 

 

「あっ、はじめちゃんだ。

 ……どうしたの?」

 

「……。

 ……そりゃ、ウチの台詞やで……」

 

 

余りのボケっぷりを前に、はじめも思わず三白眼の呆れ顔。

 

だが今の舞子の表情にはただならぬ喪失感が浮き上がっている。

 

それを感じ取れないはじめではなかった。

 

 

「なぁ、岡本ちゃん。

 何か、あったんちゃうん?」

 

「え……いや、別に……」

 

「隠しても無駄や。

 その目、泣いた直後なんとちゃうんか?

 

「……えっ?」

 

「なぁ、ウチに話してみぃひん?

 絶対に他言はせぇへんし、相談に乗るで?」

 

「う……うん……」

 

 

舞子ははじめと取り立てて親しい間柄ではなかったが、

普段から好感を持っている相手ではあった。

 

自分の意見をしっかり持っていて、

言わなくてはいけないことはズバッと言うが、

その反面、周りに対して柔軟に気を使うこともできる。

 

それが舞子から見たはじめの印象だった。

 

だから結局、舞子ははじめの申し出を受けることにした。

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

――そよそよそよそよ……

 

 

山神村の外れを流れる、水の透き通った小川。

 

その清流に臨む大きな岩の上に腰を下ろして

二人は冷たい水に素足を浸す。

 

 

「うはぁ~~♪

 やっぱ気持ちぇぇなぁ~♪」

 

「うん……そうだね。」

 

 

まさにはじめのいう通りだった。

 

ひんやりとした小川の水は、

肉体的にも精神的にも疲労困憊の舞子を優しく癒してくれる。

 

すいすいと足で水を掻く。

 

パシャッと飛沫を上げて足を水中から蹴り出す。

 

そして、また浸す。

 

無意識にしていた動作は、

それができるだけの活力が既に回復したことを示している。

 

するとそこで舞子はいつの間にか

また自分が大粒の涙を零していることに気づいた。

 

気づいてしまうと今度は嗚咽が止まらなくなる。

 

大自然の冷気に触れ、頭を覆っていたうやむやがかき消された時、

本能からしきりに送られた命令が露になる。

 

舞子はしばし声を上げて泣いた。

 

 

「もうええの?」

 

「うん、ごめんね。

 あと、有難う。」

 

「あはは、気にせ~へん気にせ~へん!

 たまには泣いてもええやん!

 なんせ、うちら思春期の乙女なんやし……な♪」

 

 

やっと泣き止んだ舞子を元気付けるように、

はじめは人差し指を立ててニカッと笑ってみせる。

 

舞子の表情がそれに釣られて柔らかくなってきた頃合を見計らい、

はじめはさっそく本題を切り出すことにした。

 

 

「でぇ……

 一体何があったん?」

 

「あ、うん……

 ……えと、これは絶対誰にも言わないでね?」

 

「もちろんや、わかっとる。」

 

「……。

 実は、ね――」

 

 

俯き加減に舞子は事の内容を包み隠さず語りだす。

 

水面に移る自分の表情が見えないように、

しきりに足で水を掻きながら。

 

 

「はぁ~~……

 そりゃ~たしかに、ショックやねぇ……」

 

 

一通りの事情を話し終わる。

 

余りの凄絶な内容に驚いてか、

あんぐりと口を空けた呆け顔のはじめだったが、

舞子は間髪要れず言葉を続けた。

 

 

「ねぇ、はじめちゃん。

 私どうしたらいいのかなぁ……?」

 

「んん~……そうやなぁ……」

 

 

切羽詰った顔で覗き込んでくる舞子から、

はじめは一度視線を空に逃がす。

 

そして、すぐまた向き直る。

 

舞子たちの言葉とは違うイントネーション。

 

優しく諭すような口ぶり。

 

一連の話を聞き、はじめが打ち出した答えを口にし始める。

 

 

「なあ岡本ちゃん。

 今は下手に動かん方がええかもしれんよ……?」

 

「そ、そう……なのかな?」

 

「だって、氷川ちゃん『私の幸せ』とまで言ってたんやろ?

 もう、力技で押さえるにはちょっと行き過ぎや。

 関われば関わるほどこじれる関係って結構あるもんなんやで?」

 

「え……

 じゃあ、私は……

 何もできないの……?」

 

 

一途に覗き込んでくる舞子の眼差しに、多少たじたじになるはじめ。

 

だが。

 

今度は逆に舞子を覗き込むと再び言葉を続ける。

 

 

「なぁ、岡本ちゃんて。

 ……処女やろ?」

 

「……えぇっ??」

 

 

意外な言葉での不意打ち。

 

性に対する恥じらいは本能に刻まれたデータだ。

 

さすがに今の舞子も面食らう。

 

だが。

 

そこから続くはじめの言葉は浮ついた色など帯びてはおらず、

むしろ何かを仕方なく割り切ったような冷たい響きすらあった。

 

 

「ウチらの年代からすると、セックスってやっぱ憧れやもんなぁ。

 特に経験が浅い内ほどその憧れは強く、ある種麻薬や。

 岡本ちゃんかて、この言葉の意味わかるんとちゃうか?」

 

「あ……

 う、うん……わかる、よ……?」

 

「今の氷川ちゃんは、いいようにそこに付け入られてラリっとるんよ。」

 

「ラ、ラリッてる……?」

 

「そ。

 きっと内心じゃ、周りの女子連中に強烈な優越感を感じとるはずや。

 そして、それが何よりも快感で、癖になってしもてる。」

 

「じゃ、じゃあどうすればいいの?」

 

「だから、今はどうしようもあらへん。」

 

 

一瞬の沈黙。

 

 

――ブウゥゥゥゥン……

 

 

そこを狙ったように二人の後ろを通り過ぎるエンジンの音が、

静寂に更なる重さを与える。

 

会話の成り行きに不安と落胆の色を隠せない舞子だが、

はじめはひたすらゆっくり丁寧に諭し続けた。

 

 

「少なくとも今、

 氷川ちゃんの中では岡本ちゃんより男どもの方が比重でかいんや。」

 

「……」

 

「残酷なようやけどな。

 氷川ちゃんには一度痛い目見てもろて、

 自分で過ちに気づくように仕向けた方がええ。」

 

「やっ、やだよ……

 沙弥が酷いことされて泣くところなんかみたくない……」

 

「や……まあ、別にそうなると決まったわけでもあらへんけどな。

 せやけど、もしそうであったにしろ、今の内に痛い目見ておいた方が

 長い目で見れば氷川ちゃんのためになるんやで……?」

 

「……で、でも……」

 

「こーゆうんは『はしか』みたいなもんや。

 過ちに気づくのが遅れれば遅れるほど、

 それは取り返しのつかん過ちになる。」

 

「……」

 

「現実的な話、今ならアホな大学生だか社会人だかで済む話も、

 もし行き過ぎてヤクザとか絡んできたらどうするつもりや?

 下手すりゃ、一生モンの問題になるで?」

 

 

はじめの口にする言葉はどれもこれも重い。

 

だがそれは同時に冷静で的確だ。

 

一方で舞子にも口にしたい言葉ならたくさんある。

 

だが、そのどれもが根拠のない希望的観測ばかりで、

この場にはそぐわないものばかり。

 

それがわかるからこそ、舞子も黙って聞く側に回る他なかった。

 

 

「例えば、氷川ちゃんが男どもに騙され、孕まされて捨てられる。

 これってどえらい酷いことに変わりはないけどな。

 借金でも背負わされ風俗に落とされて一生を台無しにするよりは遥かにましや。」

 

「ふ、風俗って……」

 

「心と体に大きな傷は負っても、地獄には落ちんからな。

 元々、こんな問題は無傷で回避はできへん。

 遅かれ早かれ、氷川ちゃんは痛い目見ることになるんや。」

 

「う……」

 

「それやったら。

 いかにその傷を小さく済ませるかを考えるのが

 一番冷静な答えなんとちゃうんか?」

 

「……」

 

「岡本ちゃんが氷川ちゃんの親友として今やるべきことは見守ること。

 そして、いつでも戻ってこれる最後の逃げ場所を確保しておくこと。

 ……以上が、ウチからのアドバイスや。」

 

 

舞子には、その話が余りにも恐ろしいものに聞こえていた。

 

今の話っぷりを聞く限り、

はじめは自分より数十倍は波乱も満ちた人生を

送ってきたのであろうことがわかる。

 

ともすれば同い年とは言え、はじめは人生の大先輩にあたるわけで、

その彼女が語る言葉には真実味があるのだ。

 

まるで空が落ちてきたかのような重圧に押し潰され、

舞子は無言のまま喘ぎ続けるしかなかった。

 

 

「ほれ、岡本ちゃん元気出しィ!

 今はともかく様子見や!」

 

「う、うん……」

 

「もしかしたら、事なきを得る可能性だってある!

 もしもまた何かあっても、ウチができる限り力になったる。

 それは絶対約束するから、な?」

 

 

先の見えない不安に怯える舞子。

 

その頭をそっと抱き寄せると、

はじめは舞子が落ち着くまで優しく撫で続けた――

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