ボクは魔女のミルク奴隷
「さあ、フェル! 新しい呪印の実験よ!」
ルビーがぐいぐいとまるで巨大な山のように大きくボクに迫ってくる。その迫力はいつも以上に威圧されてしまい、たじたじと一歩、二歩後退してしまう。
ルビーがその指先をボクに向けるとまたあの光の線のようなものが目の前に浮かんでくる。有無を言わさず、光は文字列を描き、そのままボクの身体の上を這い、刻印として刻まれていく。
「まずは全身絶頂の呪印よ。身体中が超敏感になっちゃって定着したらフェルは絶頂を止められなくなる」
「そ、そんなぁ……」
「続いて、無限射精の呪印。イク度に射精しやすい身体に作り変えられて最終的には射精が止まらない身体になる」
「ご主人様……?」
「ああ、あとこれもいいわね、絶対発情の呪印。いやらしいことばかりしか考えられなくなって性交し続けていないと落ち着けなくなってしまう呪い」
「待ってくださいご主人様! そんなに呪いを掛けられたらボク、壊れちゃいます!」
「あとねー、何がいいかしらねー」
ルビーは聞く耳も持たず、指先をちょいちょい、ちょいちょいと動かし続けて、その度にまた新しい光の糸が紡がれていき、それらが次から次へと全部ボクの身体にまとわりついてくる。
そうして、腕も足も青紫の刻印だらけになっていき、元の肌の色も分からないくらい、ボクの全身が変色していく。
それが呪いの副作用なのかどうかは定かではないけれど、どんどん苦しくなっていく。それでもルビーは全く指を止めようとしない。
これ以上呪いを掛けられたら本当にボクの身体は、心は、壊れてもう二度と元に戻れなくなってしまうかもしれない。そんなの、そんなのはイヤだ。
「フェルはあたしの奴隷だもの、当然よね」
ルビーは不敵に、クックックと笑い、ボクを無数の呪いで包み込んでいく……。
※ ※ ※
今朝の目覚めは最悪だった。まず寝汗が酷い。夢の身心地が悪かったせいだ。
なんという酷い夢を見てしまったのだろう。
咄嗟に服をめくると、夢の中ほどではないにしても、ボクの身体中は呪印がびっしりと刻まれていた。
もしかしたら正夢になってしまうのではないかというくらい、現実味の帯びた嫌な悪夢だった。まるで本当に起きたことのようにさえ思えたくらい。
いや、実際に起こったとしても別におかしくはないんだ。
これというのも全て今ボクの真横で寝息を立てているルビーのせいだ。人の気も知らないで心地よさそうに眠っている。
この呪いの一つ一つがどんな効力を持っているのか知らないものもあり、分からないものもあり、消えたものに至ってはもう忘れてしまったものさえもある。
そんなにいくつもの呪いを重ねているんだ。突然何かが起きても不思議ではないはず。
いつかきっと気まぐれで壊されてしまう。これは悪魔なんだ。
こんなにあどけない顔で、誘うような無邪気な笑みを浮かべて眠るコレは紛れもない悪魔。
でも、ボクはこの悪魔から逃げ出す術を持っていないし、かといって調べることもできない。そもそも粗方の手段もとっくに潰されてしまっている。
まるで家畜みたいな気分だ。いつか食べられてしまうその日まで餌を与えられて生かされ続ける牛や豚のような存在。
奴隷として働いている限りはそう、酷い危害は加えられないように思っていた時期もあったが、日ごろから魔法や呪いの実験台にされているわけで、無事でいられるという保障にも何にもならない。
仮にボクは壊れて、年がら年中アヘアヘいいながらおちんちんのことしか考えられないような変態になったとしても、代わりの奴隷を見つけてくれば済んでしまう話だ。
何も掃除や洗濯、炊事なんてボクにしかできないことじゃない。
代わりなんて探そうと思えばいくらでも見つけ出すことができる。
ボクが、ボクのままでい続けるには何かをしなければいけない。でも、一体何ができるんだろう。
現状を整理すると、まず第一にボクはこの家の近くから遠くへと離れることができない。
そして仮に家の周囲の森を抜けられたとしても、その先にボクの故郷はもうない。
見知らぬ人たちがいるだけの村があるだけ。妥協して、普通の村に放浪者としてでも居候者としてでも居つくことができたとして、ボクはそこで生き延びることはできるのか。
いくつもの壁を乗り越えてもさらなる壁がボクの前に立ちはだかる。
どう考えたって、生活するだけならこのルビーの家で奴隷として過ごしていた方がマシだとさえ思えてくる。
毎晩ルビー専用の夜伽人形にされたって、呪印で屈服させられてボクの心が壊れたって、結局、ボクは生きていける。だからずっと逃げる必要はないと思い続けてきた。
でもどうだろう、本当にボクは自分が壊れてもいいと思っているのだろうか。お尻の穴で感じさせられて悦ぶような人間にされて、ボクは満足していいのだろうか。
……朝からあんなことやこんなことを考えていたら、不覚にもおちんちんとお尻がうずうずしてきてしまった。やっぱりどうしようもないのだろう。ボクはもう、観念するしかないんだ。
だって、ボクはルビーの奴隷なんだから。
こうしてボクは今日もまた、考えるのも諦め、奴隷生活を送るのだ。
※ ※ ※
「はい、ご主人様、お茶ですよ」
「ああ、うん、ありがとうフェル」
ティーカップに注がれたボクの畑産のお茶をルビーは啜る。どちらかといえば味わいは苦味が強く、甘味はそれほどない、ちょっと上品な感じに仕上がっているお茶だ。
割とボクもルビーも気に入っている味ではある。ただ、ルビーはその一口で少しだけ眉をキュっとしかめた。
「ふぅ……、さすがにちょっとこのお茶にも飽きてきたかなぁ……」
まあ、結構長いこと飲んでいる上に、これ以外のお茶はここには置いていないから仕方ないといえば仕方ない。
大体日ごろから外の村や町で買い物をすることのない生活を送っているのだから、そもそもお茶を飲めるだけでもありがたいと思うべきだろう。
「ミルクか砂糖でもあればいいんですけどね」
どちらもこの近辺の村にはなかった気がするし、ちょっと高価だ。
手に入れるにしても遠出して都会まで行くか、さらに遠出してそれらを作っている農家まで足を運ぶ必要がある。それはさすがに無理のある話だろう。ボクに至ってはここから出られないのだから。
「ミルクねぇ……、牛でもいればいいんだけど」
「言っておきますが、牛をさらってくるのはなしですよ。ここじゃ牛を飼える余裕はありませんから」
「わ、分かってるわよ」
言わなかったらさらってくる気まんまんだったようだ。
こんなところで牛だけ連れてきても直ぐに牛乳が飲めるわけじゃないし、餌だってそんなに用意できない。ただでさえ普段の食事もボクの畑や森の野草でまかなっているような状態なのだから。
「ご主人様の魔法で作れたりしないんですか?」
お茶を一口、苦味に交えて皮肉を吐いてみる。
「何もないところからモノを生成するなんてできるわけないでしょ。できてせいぜいあるモノから精製するくらい。というかそれは錬金術の仕事だし、あたしにゃ分野外」
普段からなんでもありな魔法や呪いを作ったり使ったりしているくせに、こういう細かいところになると不便なところが出てくるらしい。そういう知識のないボクには仕組みも理解できない。
「あとね、そもそも魔法でモノを作るってことは基本できないの。モノを動かすとかならまだしもね」
「そうなんですか?」
「魔法を使うにはまず魔力を使うの。魔力を媒体に人なり物なりに予め決めておいた命令を差し込むの。で、この魔力ってのが消耗するもんだから使い切ったらそれで終わり。命令も終わって魔法も解けちゃう。だからモノを作れても魔力が切れたら作る前に戻っちゃうってこと」
「でもそれだったら水か何かをミルクに変えて、魔力が切れる前に飲みきっちゃえば問題ないんじゃないですか? お腹の中でミルクが水に戻っても別にどうともならないし」
「まず物質の根本的な概念から説明しないといけないわね。てかさっきも言ったけどそういうのは分野外だし。錬金術ってものを一から覚えなさい」
要は、できないものはできないらしい。
「でもまぁ……手段を変えれば……ぅぅん……」
と、ルビーは声を落として一人、呟くように俯きはじめた。何故だかちょっと嫌な予感がした。
「ぁー……うん、でも……いや、ああいう手も……」
こういう風に考え込み始めるとき、大体の場合、ルビーは新しい魔法や呪いを思いつく。そしてそういう新しいものの実験台はルビーの奴隷であるボクの役割でもある。
つまり、今この瞬間がボクの未来の分岐点といっても過言じゃないだろう。だからといって、ここでボクが何をしようとその何かを変えられることもないんだろうけど。