「よいしょ、っと。ふぅー……、案外重いわねコレ」
何処から現れたのか、何処から持ってきたのか、ルビーは何やら大きく重そうなソレを引きずるようにして持ち運んでやってきた。
「ご主人様? どうしたんですか? その、タンク……?」
「もわひゃっ!? フェフェフェ、フェルゥ? お、脅かさないでよ呪っちゃうよ!?」
地面に倒れこむんじゃないかという勢いでルビーが吹っ飛ぶように驚いた。むしろボクの方が驚いてしまったくらい。
一体何をこそこそやっていたのやら。
あまりにも動揺しているものだから、たぶんよからぬことでもしていたんだろうけれど。いちいちそんなことくらいで呪われてはたまったものじゃない。
まあ、割とそんなことくらいで呪われることはあるけど。
「なんですか人をお化けみたいに。お昼ごはんできましたよ」
まったく失礼な話だ。
馬車馬のように奴隷として働かされて確かにくたくたにはなっているけれど、まだ足はちゃんとついているつもりだ。
それともボクはそんなに酷い顔をしていたんだろうか。まるでこの世ならざるものでも見たかのように、いやに派手な驚き方だったようにも思える。
「ん? あ、ああ、そっか、こっちはまだそんくらいの時間だったっけ……」
ポケーっと呟くように言う。
何処にいたのかは知らないけれど、朝か夜かも分かっていなかったみたい。
部屋にこもりきり過ぎて時間の感覚もおかしくなってしまったのだろうか。
だからいつも定期的にでも外に出たほうがいいって言っているのに。やっぱりこういうルビーの出不精っぷりは治らない性分のようだ。
「なんかよく分からないですけど、冷めちゃいますから早く食べてくださいよ」
「ああ、うん。食べる食べるー」
「で、そのタンクはなんなんです?」
「ぁー……、うん、ほら、フェルがミルクほしいって言ってたからちょっとね」
「盗んできたんですか?」
確かにちょっと前にそんな話をしたような気はする。だからといってまさかあのルビーがボクの願いを聞いてくれるなんて珍しいこともあったもんだ。
いや、ボクの話を聞いて自分で飲みたいと思っただけか。きっとそうに違いない。
「別に盗んでないわよ、なんつーかなぁ……、えっと、おすそわけ?」
「牛を飼ってる農家に知り合いがいたんですか?」
それはそれは……、その農家の人にご愁傷様という言葉を送りたい。
「ん、まあ、そんな感じかな。あはは。あ、ちょっと飲んでみる?」
そういうと、ルビーはタンクの蓋を開けて何処からか取り出したコップで直接すくい、一杯のミルクの入ったそのコップをボクに差し出してきた。
なんとも怪しいものだ。
毒は入っていなさそうだけれど、ルビーの知り合い経由というのがまず胡散臭すぎて正直、口にしていいものか迷った。
恐る恐る、ボクはコップを口元に傾ける。
「ん、おいしいですね、これ」
予想外にも、普通にミルクだった。それも上質の。
てっきり腐りかけか何かか、あるいは飲んだ途端に発情するような副作用のあるものかと思ったけれども、思いのほか、普通においしいミルクだった。
なんだろう、明日の天気が不安になってしまう。
「やっぱりどこかで盗んできたんじゃないですか?」
「……だから違うって」
「じゃあなんでさっきからボクの目を見て話さないんですか?」
何処か動揺しているのがやはり怪しい。どんな後ろめたいことを隠しているのか。
「ん、とまぁ、あれよ、あれ。いや~な感じの夢を見ちゃっただけよ。フェルに関する、ね」
「ボクの夢、ですか? うっかり何かの拍子で殺しちゃったんですか?」
「べ、別に殺しはしないわよ。そのまあ、夢ね、夢の話なんだけど、夢の中のフェルったら弱っちくて弱っちくて、ちょっと呪いかけたらすぐに壊れちゃって。ん、まあ、そんな感じの夢」
やっぱり夢の中までボクは奴隷なのか。
「ボクもそういう夢はなんか見ますね。ご主人様に呪いをかけられまくる夢」
「そ、そう……」
「普段の行いのせいですよ、そんな夢を見るの。というかそんな夢を見て後ろめたくなるくらいなら普段のボクを少しでもねぎらってくださいよ」
「だからほら、このミルク持ってきたんじゃない」
もしかして、さっきからルビーの態度がおかしかったりするのはこういうことなんだろうか。
そんな夢見が悪かったからその夢の中のボクに対して謝罪のつもりでミルクを調達してきてルビーなり気遣いを……いや、ないかな、それは。あまり考えにくい。
でもまあ、少なくともボクに対してほんの少しばかりでも罪悪感を持っていてくれるならそれはそれでいいことだ。
これに懲りて今後はもうちょっとボクの扱いを改めてほしいものだ。夢の中のボクを何度壊しているのかは知らないけど。
「何にしてももうボクを壊したりしないでくださいよ? ご主人様」
やっぱりルビーには目を逸らされてしまう。そんなにボクを大事にする自信がないのか。
願わくば、壊されたくはない。
つくづく、そう思う。常々、ボクはそう思っている。