ボクは魔女のスライム係
どろりと濁った半透明の緑色の液体が床の上でヒクヒク、ぷるぷると動いていた。
量はバケツ一杯分だろうか。どうやら生きているらしいけれど、もしこれが生き物だったとしたら初めて見る生き物だ。
ナメクジかヒルの仲間にしても、ちょっと特徴がなさすぎる。
「スライムっていうのよ。魔力に充てられた苔が意思を持った特殊な生物ね」
特に聞いてもいないのにルビーが説明を続ける。どちらかといえば植物に近いらしい。魔力質の高い環境に生息している苔が自立したものなんだとか。そんな説明をされても、そもそも魔力質って何なのかも分からないわけなんだけど。
身体のほとんどが魔力によって動いているため、魔法の影響を受けやすい性質で、魔法使いにとってはこの上なく扱いやすい生物なのだそうだ。
普通の人からしてみればあまりお目にかかれないような生き物なのだが、魔法使いにとってはそういう意味で人気が高く、中には自分で作ってしまう者もいるとか。
そして、このスライムもルビーが作ったものらしい。問題なのは、どうしてわざわざそれをボクに紹介するということだ。
ルビーは大体日ごろ部屋に閉じこもって魔法や呪いの研究をしているが、それをいちいち発表なり報告するということはあまりない。あるとしたら、ボクを実験台にするときくらいだ。
ぐじゅぐじゅ。スライムが水音を立てる。これは鳴いているのだろうか。表情もないからよく分からない。
「それで、このスライムがどうしたんですか?」
「ちょっとフェルに実験体になってもらいたくてね」
予想通りの言葉をそのまま言われる。
「実験体って言われましても、このスライムで何をするんですか?」
見てのとおり、紹介されたとおり、液体生物だが、このスライムに床を這う以外に何ができるのだろうか。
さわり心地をみるくらいならやってもいいような気もするが、正直ボクはあまりいい予感はしなかった。そもそもルビーのやることにそうそういいことなんてあるわけがないのだから。
ぐじゅぐじゅ。これは怒っているのか喜んでいるのか。スライムが何故かボクの方に向いているような気がした。顔もないから前も後ろもないはずだけど。
「簡単なことよ。このスライムを飼ってほしいの」
ボクは拍子抜けするほどに、本当に簡単そうで驚いた。
スライムという生き物が、一体どういう生き物なのかまだよくは分かっていないけれども、本当にただ飼うだけならそんなに問題はなさそうに思えた。
しかし、あのルビーのことだ。そこを安易に信用してはいけない気がする。そもそも飼えるものなのかどうかさえも怪しい。
「スライムって何を食べるんですか?」
「基本は老廃物ね」
「ろうはいぶつ?」
「そう、老廃物。人間の身体からいらなくなったものね。例えば、おしっことかうんちとか」
「え? それって……ぅぁっ!?」
ぐじゅぐじゅ。次の瞬間、痺れを切らしたかのようにスライムがボクに飛び込んできた。ぬめぬめ、ねちょねちょとしたあまり気持ちいいとはいえない感触が、どういうわけかボクの下半身にまとわりついていた。
身体の上にへばりついてぬるぬると動き回ったかと思うと、スライムはだんだん服の下へと遠慮なしに潜り込んでいく。とっさに手を払おうとしてもスライムの身体は液状でまともに触れることもできない。
「ご、ご主人様……? これは……ぁひっ!?」
何があったのかよく分からなかった。
ボクのおちんちんとお尻に強烈な刺激が走った。
慌ててボクは下を脱ぐと、なんとスライムがボクの体内にまで入り込もうとしていた。おしっこの穴やお尻の穴などそうそう入るものじゃないのに、液体であるせいなのか、ずるずる、ずるずると嫌な感触を残しながらも侵略されていく。
「ぁ……ぁぁ……、ちょ、そんな……、やめ……、おしっこが……、ぁぁん」
掴むことさえできないボクは抵抗もむなしく、逆流する気持ちの悪い感覚に襲われながらも、数分間、ただただ体内に入っていくスライムを眺めることしかできなかった。
とうとう、スライムは全部ボクの身体に入りきってしまい、もう見た目ではスライムの姿も確認できない。それどころか自分の身体の中に本当に入っているのかさえ分からなくなっていた。
つい今さっきまで凄い異物感があったのに身体の中に入りきった途端、それがなくなったのだ。
「どうやら入りきったみたいね」
「ぁ……、ふぅ……、こ、これ……どうなるんですか?」
「これでフェルはもうおしっこもうんちもしなくてよくなったのよ。全部体内に入ったスライムが食べてくれるからね。よかったわね、トイレにいく手間がなくなって」
さらりと恥ずかしいことを言ってくれる。
トイレにいく手間がなくなったって……。
「どう? 違和感はある?」
「それが……全くないです」
お腹を見る限りでは身体の中でもスライムは動いているようだけど、その感覚さえも全くなかった。まるで自分で呼吸しているだけのような自然な動きだ。
あんな量の液体が体内に入ったら重いと感じるだろうし、何より物凄い圧迫感があってもおかしくはない。それでも、まるで身体にそのまま吸収されたかのように何も違和感がなかった。
「そう、それはよかったわ。ちゃんとフェルを宿主として認識できたみたいね」
「よ、よくはないです」
「あら? 体中をスライムがうごめく感触を残してほしかった?」
「いやそういうわけじゃないですけど……」
「宿主に負担をかけないよう、そういう箇所が麻痺する作用の成分を分泌させるのよ。もちろん自分の身体が触れてるところだけをね。全身が麻痺しちゃったら宿主が動けなくなっちゃうし。あ、そうそう、老廃物を食べさせてくれる代わりにちゃんとお礼もしてくれるからね」
「お礼?」
正直、あまりいい予感はしなかった。
「宿主の身体を気持ちよくしてくれるのよ。媚薬に近い成分を分泌させてね」
「それ、大丈夫なんですか?」
「さあ? まだ実験の段階だしね。調整はしたつもりだけど、実際に寄生させたわけじゃないし。どうなっていくかはこれからのフェル次第ってことで」
ちょっとそれはあまりに無責任すぎる。飼うくらいなら簡単だと思っていたボクがバカだった。まさか身体の中で飼うなんて誰が思っただろう。