「フン。さて、どう許さないのかしらね」
先制をきってマリンが何もない空間の手をかかげる。
そう思った次の瞬間、マリンの手のひらが光り出し、手のひらよりも大きい何か球のようなものがビュンという勢いでルビー目掛けて飛び出した。
バゴン。危ない、と思ったときにはもう球は消えていて、代わりにルビーは手を差し出していた。まさか今の球を弾き返したのか?
ボクの理解が一歩遅れている。二人が何をしているのか、何をしようとしているのか、整理ができていない。何せ、手のひらから球みたいなものを出すなんて発想にも至れないくらい魔法に関する知識は皆無なのだから。
「あれから腕は衰えてないのね。嬉しいわ」
「全く……、あたしのご飯をジャマしてくれちゃって。ただで済むと思わないでよ」
今度はルビーが指先を空に差す。いつもの呪いをかけるときの動作だ。
光の線が文字列になり、無数の雨のような文字が指の先、つまりマリンに向けて放たれる。あれに触れたら呪印を刻まれてしまう。
マリンもそれくらい分かっているのだろう。自分に目掛けて降りかかる文字の雨を箒にまたがって飛び、かわす。
それに続くように、ルビーも玄関横に置いてあった箒を手に、空へと飛んだ。
なんだろう。今、目の前で行われていることをボクは理解できているのだろうか。
いや、むしろ理解したほうがいいのだろうか。轟音、爆音、破裂音。あまりにもけたたましい音が響く。魔女と魔女が出会うとこうなってしまうのか。
何もできないボクはただ、それを見ているだけ。
どうしたものだろう。ずっと平穏な日々を送れていたし、ずっとこのまま平穏なままだと思っていたのに、やっぱり簡単に壊されてしまうものらしい。
魔女ってなんて自分勝手なんだろう。
上の空のボクをよそに、二人の魔女は空の上で魔法合戦している。近隣の村の住人に見つかったらどうするつもりなんだろう。
魔女が出ると噂の森が、魔女がのたまわる森になってしまう気がする。ますます近寄る人がいなくなること間違いなしだ。
ボク自身、魔法なんて使えないからいつもルビーのなすがままだったけれども、仮に使えたところで、あんな戦闘が待っていると思うと、正直魔法を使えなくてよかったと思う。
普通は魔法が使えることにはそれなりに憧れるものではあるけれど、二人の魔女の空中魔法合戦の光景をこうして目の当たりにしてしまうと、なんだか剣をとってぶつかり合っているのと大差ないように見えるから不思議だ。
「勢いよく乗り込んできた割にはたわいもないわねぇ、マリン」
「う、うるさいっ! まだまだこんなものじゃないんだからね!」
どうやらマリンの方が状況的に劣勢の様子だ。
心なしか、跨がる箒もフラフラとしてきている。
こうしてぼんやりしている間にも、魔女同士の壮絶な戦いは早くも終結しようとしていた。それほど普段から意識したことはなかったけれども、やはりルビーは他の魔女に比べて格が違うのだろうか。
それともマリンが元々劣っているだけなんだろうか。比較対象がないので判断はつかないが。
「残念だけど、終わりにさせてもらうわ」
ルビーが指先をくるりと翻す。しかし、マリンの反応が少し遅れる。
その一瞬が命取りだった。ルビーの攻撃を避け損ねてしまい、マリンは文字の雨を掠めてしまう。
すると、元々不安定だった箒がまるで魔法が切れたかのように一層グラグラと揺れ始め、地面にふらふらと落ち始めた。
「あっ、しまっっ……!」
危ない。あのままだと地面に激突してしまう。とっさにボクはマリンの真下へと走っていた。
ドン。少し軽く鈍い音を立てて、マリンは箒ごとボクの身体をクッションになんとか着陸した。箒の柄の部分が割と痛かった。
「痛てて……」
「ふみゅぅ~……」
すっかり目を回したマリンはヘナヘナと力なくボクをベッドにして気を失ってしまった。
ボクは見ていただけだったけれども、少なくともあんな箒で暴れ馬のように縦横無尽に飛び回っていたらそれだけでも気を失う自信はある。
それに加えてルビーと激しい魔法攻撃を交し合っていたのだから正直、あのままじゃ命がいくらあっても足りなかったようにも思えた。
気絶したマリンの表情は眠っている女の子そのもので、少し可愛いと思ってしまった。しかし、この顔はもう間もなく壊されるのだろう。
今、空からゆっくりと降りてくる魔女、もといルビーの手によって。
「ったく、こちとら朝飯前なのよ。あんたとのじゃれあいも、あたしのお腹もね」
それはもしかして上手いことを言ったつもりなんだろうか。
しかし、これは大変な事態だ。このままマリンをルビーに渡していいはずがない。機嫌の悪いときほどルビーは恐ろしい呪いをかける。
今回など空腹で機嫌が悪いところに追い討ちをかけるように、ボクの畑もとい食料を吹っ飛ばした挙句、圧倒的だったとはいえたった今、空中で喧嘩してきたばかりだ。一体どんな仕打ちが待っているのか。
ボク自身のことではないのに、全身の毛が逆立ち、血が凍るような思いだ。
今のルビーにどんな目に遭わされるか分からないが、死んだほうがマシと思えるようなことになるのがもう分かりきった話だ。
まだマリンとは出会ってそれほど時間も経っていない、一言二言程度の会話しか交わしていないが、それでも助けなければならない、という意思がボクの中で固まっていた。
どうしてかははっきりとは自分でも分からないが、少なくとも目の前で女の子が酷いことをされるのを黙ってみるような趣味はない。
理由なんてそんなものでもいいはずだ。
「あの、ご主人様。まさか命までとったり、しないです、よね?」
ルビーが、にんまりと笑う。ああ、怖い。一目で怒っていると分かる笑みだ。
「畑だったらすぐに直りますし、それに朝食もすぐに用意しますから」
「……殺しゃしないわよ。畑を弁償してもらわなきゃね」
まったく安心できない口調だ。
しかしボクには何もできないのだから仕方ない。殺されないだけマシなのだと思うしかない。納得するしかない。あまりにもボクは無力じゃないか?
「ま、コイツのことはあたしが適当になんとかしとくからフェルは朝食の準備を済ませなさい。ただちに、ね」
「はい、ご主人様」