「……コケコッコォーッ!」
朝が来た。マリンの声だ。そろそろ行ってあげなきゃ。
ルビーの熟睡するベッドを後に、寝室を抜け、キッチンから篭を持ち出し、外へと出る。
畑の横に建てたちょっと小さい小屋の中でマリンがコッコッコと鳴いている。藁のベッドの上で羽にまみれた腕をパタパタさせて、今日も元気そうだ。ここのところは、鳥頭になってしまったのかあまり喋ることもなくなり、本物のニワトリのようになっている。
とはいっても鳥らしいところは腕と腰周りに生えた真っ白な羽くらいのもので、嘴もなければ、かぎつめもない。
「おはよう、マリン」
「コッコッコ、コケェー」
何かの本で見たハーピーという生き物にも見えなくはない。まあ、マリンはニワトリなわけだけど。
「ちょっとごめんね」
マリンを脇から抱え込み、藁の上からどかす。その下にはなかなかの大きさの鶏卵が数個ほどあった。一つ一つが片手で持てないくらいの大きさ。マリンは毎日大体このくらいの卵を産む。当然お尻から産んでいるわけだけれど、よくこんな大きさの卵を、しかも数個も毎日産めるものだ。
味も悪くないし、大きさのこともあって市場で買えば値も張りそうだ。数もあるから一日の食事も十分まかなえる。
さっそくマリンの卵を篭に入れて、今日の朝食準備に取り掛からなくちゃ。
「コッコ……」
「ん?」
マリンが向こうの藁の上で何やらじっとし始める。羽と足をたたんでしゃがんでいる。傍から見たらまるで用を足すような格好だ。ボクのことをさほど気に留めていないのか、はたまたそういう感情も忘れてしまったのか、恥らうという様子もない。
しゃがんだまま、マリンは腰を大きく上げる。この位置でその体勢になると、ボクからはマリンのくぽぉっと開いたお尻の穴が丸見えになってしまう。いくらニワトリだからといってマリンはマリンなわけで……。
「コケェー!」
むりゅむりゅ、っとお尻の穴の奥からソレがひり出てくる。産みたての新鮮な卵だ。
「いつもありがとう、マリン」
とりあえずお礼だけ言って、新しい卵も篭に放り、ボクはマリンの小屋を後にした。
確かにボクは食事のバリエーションが欲しいとは言った。ただ、まさかマリンをニワトリにしてしまうとは誰が想像しただろうか。マリンもすっかり小屋になじんでしまった調子だ。
ご飯のためとはいえ、正直ここまでする必要があったのだろうかと思う。しかし、ルビー曰くまだまだ甘いらしい。何処まで徹底する気なんだろう。まるでマリンが自力で自我を取り戻して逃げ出すような言い方をしていたけれども、まさかそんなことが今のマリンにできるとは到底思えない。
マリン、ごめんね。
※
※ ※
※ ※ ※
「……ンモオオォーッ」
どうやら朝のようだ。マリンが今日も元気に鳴いている。そろそろ行かなきゃ。
ルビーの熟睡するベッドを後に、寝室を抜け、キッチンから桶を持ち出し、外へと出る。
畑の横に建てたちょっと小さい小屋の中でマリンが鼻息を荒くしている。お尻から垂れ下がる尻尾をふりふりしていて今日も元気そうだ。ここのところは二足歩行も忘れてしまったのか、ずっと四つん這いになっていて、本物の牛のようになっている。
とはいっても牛らしいところは小さな角や尻尾、ちょっと伸びた乳首くらいのもので、毛皮もなければ、鼻輪もつけていない。
「おはよう、マリン」
「ンモォー」
何かで読んだ本で、牛と人間を掛け合わせたミノタウルスという生き物の話があったけど、実物はこんななのだろうか。まあ、マリンはただの牛なわけだけど。
「ちょっとごめんね」
マリンの胸の下に桶を置く。とはいってもマリンの体格が小さいから桶の上にマリンを置くと言った方が正しいのかもしれない。そしてマリンの伸びた乳首の先をキュッキュと絞る。もう大分手馴れたものでミルクが勢いよく桶の中へと溜まっていく。交尾もしてないのに出るのが不思議だ。
味も悪くないし、見た目よりも量が出るので市場で買えば値が張りそうだ。このミルクで一日が始まる。
さっそく桶いっぱいに溜まったし、今日の朝食の準備に取り掛からなくちゃ。
「ンモォ……」
「ん?」
マリンが向こうの方で何やらじっとし始める。もどかしそうに首を上下にかしげている。見ると水桶がすっかり空になってしまっていた。昨晩も結構入れておいたと思ったけれど足りてなかったようだ。マリンは何も入っていない桶の底をぺろぺろと舐めている。
急いで井戸に向かい、くみ上げた水をマリンの水桶に注ぐ。よほど喉がカラカラだったのか首ごと突っ込む勢いでピチャピチャとおいしそうに飲み始めた。しかしいかに牛っぽくともマリンはマリンなわけで……。
「ンモォー」
やはり家畜として扱うには酷というものだろう。
「いつもありがとう、マリン」
とりあえずお礼だけ言って、ミルクたっぷりの桶を手に、ボクはマリンの小屋を後にした。
確かにボクは飲み物が欲しいとは言った。けどまさかマリンを乳牛にしてしまうなんて誰が想像しただろうか。マリンもすっかり家畜として扱われることになじんでしまっている調子だ。
ご飯のためとはいえ、正直ここまでする必要があったのだろうかと思う。しかし、ルビー曰くまだまだ甘いらしい。何処まで徹底する気なんだろう。まるでマリンが自力で自我を取り戻して逃げ出すような言い方をしていたけれども、まさかそんなことが今のマリンにできるとは到底思えない。
マリン、ごめんね。
※ ※ ※
※ ※
※
「……ブヒィ、フゴッ、フゴッ」
朝だった。窓の外からマリンの声が聞こえる。行こう。
ルビーの熟睡するベッドを後に、寝室を抜け、キッチンからソレを持ち出し、外へと出る。
畑の横に建てたちょっと小さい小屋の中でマリンがそわそわしている。つぶらな瞳を輝かせながら今か今かと待ちわびている様子だ。ここのところはもうマリンが人間であることもすっかり忘れてしまうくらい、本物の豚のように思えてきてしまっている。
いつ来ても体中泥んこまみれだし、豚鼻をいつもフゴフゴ言わせているし、手足のヒヅメももはや豚そのもの。
「おはよう、マリン」
「ブヒッ」
実際に見たことのある豚とそう変わり映えしない見た目だ。まあ、マリンも完全に豚だよね。
「ごはんだよ」
エサ箱の中にソレを入れる。大体がルビーが魔法の実験で出したゴミだ。食べ物ですらない。下手をすれば変な薬の材料や失敗作が混じっているので相当危険だ。しかし、マリンはそんなことを一切気にすることもなく、ガツガツむしゃむしゃと得体の知れないゴミをおいしそうに貪っている。
すっかり丸々太ってしまって、市場で高く売れそうなくらいだ。さすがに売ろうとか思うことはあまりない。
あっという間にたいらげてしまい、エサ箱も空っぽだ。
「フゴォ……」
「ん?」
マリンが何やらこちらを見てじっとしている。そんなうるうると上目遣いされても、もうエサはないんだ。ルビーも負けじと劣らず豚並みにガツガツ食べるから残飯も出ないし、不満そうに擦り寄られても困る。すりすりされてたら泥がつくし、また余計な洗濯物が増えてしまう。
まだ朝食の準備も畑仕事も残っている。その他にもやらなきゃいけない仕事は沢山。可愛そうだけどマリンにばかり構ってもいられないんだ。マリンはマリンといえども、もうただの豚なわけで……。
「ブヒッ」
うん、豚だよね。
「いつもありがとう、マリン」
とりあえずお礼だけ言って、マリンを引き剥がし、ボクはマリンの小屋を後にした。