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昼食を済ませてからボクは箒を片手に庭へと出た。無論、掃除をするためなのだけれど、足は玄関先から自然と畑のほうへと向かっていた。
魔女だからあの程度のことは大丈夫だというルビーのいい加減な言葉をやはり信用できるわけもなく、マリンの様子を見ておきたかったのだ。見ておいて何をするかまでは考えていなかったが。
きっとマリンは畑に来たボクを見つけると、また今朝のように半狂乱になってしまうだろう。そんな気はする。今朝みたいにボクに延々とあんないやらしいおねだりを続けるかもしれない。正直それを思うと足も重くなってしまう。
しかし、ふと違和感があった。
畑が妙に静かだった。せいぜい聞こえて鳥のちゅんちゅんという鳴き声くらいのもの。それがおかしい。だって、この畑にはマリンがいるはずなのだから。
もしかしたら気を失ってしまっているのかとも思ったが、それもない。マリンは畑の入り口の位置に磔にされているのだから、当然そこにいなければならない。
だが、マリンの姿はそこにはなかった。
ルビーの言葉が頭の中で再生される。マリンにはまだ警戒すべきだ、と。
まさか磔の状態から抜け出したのか。ボクは辺りを、畑を見回して、後ろを振り向こうとした、そのときだ。マリンはそこに立っていた。ボクの真後ろだ。
肩で息するくらい弱々しく、内股のまま今にも倒れそうなくらい膝が曲がっている。ほとんど光のない瞳からは涙がじんわりと零れ落ちて、ゆるみかけた口元を無理やりキュッと結んでいた。
とても大丈夫には思えないが、それでも正気は取り戻しているのは確かだ。
「フェルくん……、ごめんね……」
マリンの手のひらがボクに向けられる。はかないくらいの光の玉が、一瞬で眩しいくらいの大きさになる。
「ちょっと、眠ってて……」
ゴッ。額に強烈な衝撃。まるで手ごろな石を勢いよく投げつけられたかのような感覚。痛みを感じる、その前にボクの意識はそのまま落ちていった。
※ ※ ※
グラリと揺らぐ、不快な浮遊感に目が覚める。
まず、目についたのが青い空で、首を傾けるとまるで森が草原のように広がって見えた。なんだ、寝ぼけているんだろうか。さっきからゆらゆらと安定しないし、なんだか気分も悪い。それに何故か妙に風が強い気もする。
一体ボクはどんな夢を見ているのか。
「あ、気がついちゃった?」
マリンの声が聞こえる。すぐ近くからだ。
「え? ここは……?」
今、どうなっているのかがよく分からなかった。まるでボクは空を飛んでいるみたいだ。いつの間にか箒にまたがっているし。
目の前に見える白いフリフリと青いサラサラがマリンの背中だとようやく気づいた。つまりどういうことだろう。
ボクは、マリンの背中から抱きつくようにして、箒で空を飛んでいるのか。思っていたよりも速く、風が強く当たる。
それになにより気になるのは、箒が妙に上下に揺れていて不安定なことだ。一体どうしてこんなことに。
「マリン、どうしてボクを……」
どうなっているのかは分かった。でも現状がよく分からない。どうしてボクはマリンと空を飛んでいるのか。
「ああ、ごめんね。ゆっくり説明したいけど……あの、ちょっと集中させて」
そういうと、マリンはぷるぷると身体を震わせている。おしっこでもしたいのだろうか。いや、違う。違うことはないだろけれど、似たようなことだろう。
このかすれて消えてしまいそうな声、何かをじっと堪えているような声を聞けば分かることだ。
「今は魔法で、身体と精神を安定させてる……けど、箒まで、は、ちょっと、つらかった、かも」
「そんな身体で大丈夫、なの?」
だって、マリンはルビーに改造しつくされて全身が、特に内側から、発狂するくらいの快感に襲われるような身体にされてしまっていたはずだ。
いや、もうとっくに狂わされていたはずだ。やっぱりルビーの言ったとおり、あの程度ではまだ甘いというのは本当だったのか。
しかし、それでも大丈夫な状況とは到底思えない。
軽はずみに「大丈夫?」なんて、ちょっと白々しく聞いてしまったかもしれない。魔法で安定させているとはいっても、後ろから見ても分かるくらい、身体がプルプルと震えている。
おそらくこうして話している間にも何回絶頂を迎えているのかもしれない。
「あ、ごめん……」
「ふぅ……、ぁぁ……おしりぃ……おひりぃぃがぁ……」
箒は相変わらずゆらゆらだ。昔、村で遊んでいたブランコを思い出す。
思いっきり何処まで揺らせるかなんて楽しんでいたら突然ブランコを結んでいたロープの片方が緩んでしまい、ぐらんぐらんと勢いをつけたまま振り回されたこともあったっけ。あのときの感じによく似てる。
少なくとも気分のいいものではない。
真下は森と山が広がっている。結構な高さだ。
背の高い木など体ごと伸ばせば届きそうなくらいではあるけど、落ちて無事でいられるような高さではない。
だが、不安定な箒はゆらゆらゆらりゆらりとどんどん高度を下げている。このままではいつ落ちてしまうか。
「ぁ…っ、ひぃ……んぁぁ……♥ ちょ、も、うダメ……、一度、降りなきゃぁ、ぁん……♥」
とうとう堪えきれなくなったのか、徐々に不安定なまま、箒が落ちていく。すっかり制御もできなくなっているのか、バサ、バサバサ、バキ、ベキと木々の枝にぶつかりながら、枝を折りながら、森の中へと吸い込まれていくように落ちていく。
ザザザザッ、ドザザザッ、嵐の中を突き進むような気分だ。枝葉が体中を刺してチクチクとながらも痛い。
ドサッと身体ごと地面に振り落とされる。
先ほどまでの空の上と打って変わって、森の中は薄闇で、日の光も点々としてまるで夜のように視界が悪い。
そうだ、マリン。マリンも今ので地面に落ちたはず。あんな身体でこんな暗い森の中は危険すぎる。早く見つけなきゃ。目が暗闇になじむのも待たず、ボクはすくりと立ち上がり、辺りを見回そうとした。そのときだ。
ドサッ。何者かがボクを前から突き飛ばした。それがマリンなのかどうかはまだ分からない。ボクは背中越しに地面へ手をついた仰向けの格好になってしまう。小さな影がボクの上に圧し掛かる。
「はぁ……、はぁ……フェル、くん……、ごめん、ね……」