気がついたとき、暗い森の中だった。
どうやらあれから気を失ってしまったらしい。ボクの身体はあまりにもだるくて地面に縫い付けられたように重くて仕方がない。
それもそうか。あんなに一度に射精したのは初めてだ。もしかしたら一生分の精液を使い切ってしまったんじゃないかという不安が過ぎるくらいだ。
ボクはゆっくり、ゆっくりと重い身体を起こす。
そうだ、マリン。マリンはどうなったんだろう。どうも記憶がもやが掛かったかのようにぼやけてしまっていて、細かいところがよく思い出せない。
ただただボクはおちんちんが気持ちよかったことしか思い出せない。振り返ろうとするとおちんちんが疼いてしまってそこから先を思い出せない。
マリンは、何処だろう。暗闇の中、見回す。まだ日は暮れていないようだが、やはり暗いこの森の中は視界が悪い。
「あ、気がついた? フェルくん」
ようやくして、暗闇の中でマリンの姿を見つける。箒を片手に、不自然なくらい、平然と立っていた。
「マリン、大丈夫なの?」
「う……、あんま大丈夫じゃない、かな」
「え? それじゃ無理しちゃダメだよ」
思わず立ち上がってマリンの傍に寄ろうとしたが、マリンはそっぽ向いて、ボクを突き飛ばすように手を伸ばす。
「ダ、ダメ! あ、ち、違うの。違うのよ。顔見ないで……恥ずかしいから。今、すごい顔、真っ赤だから見ないで」
そういってマリンはボクと顔を合わせようとしない。そうか、そういえば、マリンは何か恥ずかしいことをしていたような気がする。あんまり思い出せないけれど、少なくともあんなことがあった後に面と向き合うのは難しいかもしれない。
というか、ボク自身もマリンに物凄く恥ずかしいことをしたような気がする。突然思い出してきて、ボクの顔まで沸騰したみたいに熱くなってくる。これは確かに顔を合わせられない。
「ご、ごめん……、見ないよ。あ、でも本当に、大丈夫?」
「う、うん。なんとか落ち着いたから、さっきより魔法も安定してるよ」
「そう、よかった」
それにしても、思い出したくないことばかりで、何か肝心なことを忘れているような気がする。そもそものそもそも、どうしてボクはここにいるのか。
まだ、ボクはそこに触れていなかったはずだ。
「ねえ、マリン。そろそろ聞いてもいいかな。どうしてボクを……」
どういうわけか、ボクはマリンに気絶させられてまでさらわれたわけだ。もし、マリンがルビーから逃げるだけならボクをさらう必要があったのだろうか。
ボクなんて余計な荷物だろうし、むしろマリン一人だけの方がずっと逃げやすかったはずだ。
「そうね……、どうやらあの魔女もまだ追ってきていないみたいだし、歩きながら話すわ。目的地はもう近いしね」
ふぅ、っと息をつくと、マリンは懐から何やら小さな小瓶を取り出す。
「とりあえずコレ飲んで。元気になるから」
見たところ、水のようだ。何処かで組んできたのだろうか。
「あ、もちろん毒とかじゃないからね?」
そういう言い方をされるとかえって怪しくなるものだけれども、この期に及んでいきなりボクの命を奪うようなことはまずないだろう。
それだったら畑で気絶させる程度の魔法なんて打たないだろう。殺すだけならあのときに既に殺せたのだから。
それになにより、マリンはルビーよりかは信用できる。これがルビーだったらきっと本当に何かの毒という確信さえある。
「うん、ありがとう。もらうよ」
小瓶に入ったのは透明な水にしか見えない。これでも何かの薬なんだろうか。なんにしても、ルビーの得体の知れない薬を無理やり飲まされるよりかはずっとマシだ。
ボクはそのまま受け取った小瓶を口元に運ぶ。味はない。ちょっと甘い感じはするけれど、そのくらい。一口、二口と飲むと小瓶の中身は直ぐになくなる。
「ふぅ……」
一息つく。マリンの言ったとおり、なんだか元気になった気がする。さっきまでの酷い気だるさが大分よくなってきた。重い鎧を脱ぎ捨てたみたいに身体が軽くなったような感じだ。
「どう? 大分楽になったでしょ?」
「うん、気分がいいよ。ありがとう」
「それじゃ出発しましょうか。しなきゃいけない話もあるしね」
※ ※ ※
暗がりの森の中は足場も悪く、結構な距離の山道が続いた。ボクはともかくとして、マリンの方の体力が心配だったが、まるで魔法で身体を軽くしているかのように身軽に進んでいるからたぶん体力に関しては心配する必要はないのかもしれない。
ときどき発作的にカァーっと顔が真っ赤になったりするのはおそらくまだ心を落ち着かせる魔法が安定していないせいだろう。むしろそっちが心配だ。
日は傾き始めた頃合だろうか。
この森にいると元々暗くて視界が悪いから時間の感覚がなくなりそうだ。それでも大分切り開いたところに出るといくらか日の光は差してくる。
今頃ルビーは何をしているのだろう。ボクを探して慌てふためいているのだろうか。それとも、魔法の研究に没頭しすぎてまだボクがいなくなったことにさえ気づいていないかもしれない。
いつもならそろそろ夕飯の支度を始める時間だし、何にしてもそろそろ気づいているだろう。
きっと空腹のあまり畑中の作物を食い荒らして暴れまわっているんじゃないだろうか。ああ、そうなったらマリンがいないことにもすぐ気づいてしまうだろう。
でも、こんな遠くに離れてしまってルビーはボクを見つけられるのだろうか。
あれ? なんでボクはルビーが連れ戻しに来るのが当たり前みたいに思っているんだ。どうして当たり前のようにまたあの家に帰ることを考えているのだろう。
別に、ボクは戻りたいとか、ルビーに会いたいなんて思うわけ、ないし。
このままマリンに連れられて、何処か遠くへ行ってしまえるのならそれでいい。そのはずだ。
「もうちょっとで山を越えられるわ。そしたら目的地も見えるはずだから」
ボクを先導するマリンが、坂の上、少し高めの位置からそう言う。
「ねえ、フェル君。フェル君ってあの魔女の弟子なの?」
不意にそう聞かれる。
「違うよ、ただの奴隷だよ」
「そうよね……ごめんね、フェル君からそんなに魔力は感じられなかったから。あ、別に変なことじゃないよ。それ普通だし」
「うん、分かってる」