魔女から改めてそう言われると、なんだか気落ちしてしまう。
もしかすると、ルビーがボクを奴隷にしているのは実は何か秘められた魔力があったからだった、なんてことに期待していたのかもしれない。
そうだ、ボクは元々ただの農民。魔力なんて持っているはずがない。魔法の知識だってルビーから聞いてる程度のものしかないし、あれだけ身近で魔法を見ておきながらも、ボク自身、魔法とは全く無縁なんだ。
「やっぱりあの紅の魔女のことだから無理やり、なんでしょ」
「うん、まあ。たまたま通りすがりで出会っちゃってさらわれた感じかな」
「フェル君って、あの村。あたしと初めて会った村の子でしょ?」
「う、うん。そうだけど、分かるの?」
「分かるよ。フェル君からはあの村の匂いがしたもの。でも、あの村にはフェル君の匂いがなかった。あ、匂いっていっても、ええと、そういう匂いじゃないから。なんというか、フェル君の記憶とか思い出とか、そういうの、全然残ってなかったんだ」
「……うん」
そうだ。ボクはあの村の住人だった。でも、ルビーの呪いでそれは全部消されてしまった。だからそう、ボクがいたことは全部なくなってしまっていた。
やはり、魔女にはそういうのが直ぐ分かってしまうんだろうか。
「やっぱり使ってたのね、忘却の呪印。酷いことするわね、あの紅の魔女は」
「……ねえマリン。そろそろボクの方から質問してもいいかな?」
「あっ、ごめん。さっきからあたしばっかり聞いちゃって。どうぞ、なんでも聞いてね。答えられるものは全部答えるから」
聞きたいこと。それは沢山ある。どれから聞こうか悩むくらい沢山。きっと全部聞けないくらい沢山ある。
「ちょっと気になってたんだけど、あの人のこと紅の魔女って呼んでるよね」
「ええ、そうよ。あの魔女は昔っから紅の魔女って呼んでるし、そう呼ばれてきたわ。もしかしてフェル君には名乗っていたかしら? あの魔女の本当の名前」
「本当かどうかは分からないけれど、ルビー、……っっ、って名乗ってたよ」
「うぅん、本当の名前は忘れちゃったけれど、そんな感じの名前じゃなかったわね。ま、昔は色々とあったし、紅の魔女なんて呼ばれてたのも結構昔の話だしね」
「そう、なんだ……」
なんとなく本当の名前ではないような予感はしていた。自分でルビーと名乗っておきながら、あまりルビーと呼ばせないのはやっぱりそういうことだったんだろうか。
それにしては、その名前で呼ぶと気恥ずかしいような態度をとっていたような気もする。最近じゃもうご主人様としか呼んでいないわけだけど。
「名前はその人物を表すもの、示すものだから、特に魔法を扱う者なんて、下手に名乗ってたらあちこちから呪い掛けられちゃうし、偽名なんてよくあることよ」
「え? じゃあマリンも?」
「まあね。でもどちらかといえば、こっちの名前のが気に入ってるかな。長く使ってるし。だからこっちの名前でいいわ」
ボクはルビーのことを何も知らないんだと今更のように思う。毎晩あんなことされている割に、身体中を弄くり倒されている割に、やっぱり奴隷である以上、それよりも深く踏み込んだ関係ではないということなんだろう。
別に、ルビーの知らないことを知ったところで、どうしようもないし、知りたいとかもそんな思っていない。ただ、ちょっと気になるくらい。
「何にせよ、あたしにとっちゃ紅の魔女は紅の魔女。今更名前で呼ぶ気にはなれないわね」
「やっぱり、マリンは付き合いが長いのかな。その、紅の魔女とは」
「長いっちゃ長いわね。腐れ縁というのかな。幼馴染ってほどでもないし、そんな仲良くもないんだけどね」
仲良くないのは見てて分かる。百年ぶりくらいに出会った知り合いをとっ捕まえて監禁して改造する親友などそうはいない。
「でもそれだったらどうして、自分から会いに来たりしたのかな。嫌い、なんだよね?」
「大っ嫌いよ。せっかく久々に顔見せてやったってのにこんな身体に改造されちゃってさ。ま、落ち着いたら何とか元に戻してみるわ。今はちょっと色々とそういう状況じゃないしね」
そんなあっさり戻せるんだ。それもそれで凄い。やはりルビーもその辺を分かっているから気軽にそういうことをするのだろうか。
そういえばマリンにあれだけのことをしたのに、まだまだ甘いだとか警戒すべきだとも言っていたし、全く心配してなかったのは確かに正解だったのかもしれない。
「で、まあ理由、なんだけど。アイツを、紅の魔女を探している人がいてね。その人に頼まれたら断れないから、ね」
あのルビーを探している人? そんな奇特な人がいるなんて。
「本当は、まあもっと楽に見つかって、そのまま連れて行く予定だったんだけど、知ってのとおり」
ケンカ売るだけ売ってボロボロにされただけじゃ済まされず、身体中を改造された挙句、ボクの畑の肥料係にされてしまったわけだ。
「見つけるのも一苦労だったわよ。本当だったら魔女なんて魔力の匂いをぷんぷんさせてるから水晶使えば一発で見つかるんだけど、あの魔女、自分の周囲に結界張ってて魔力もろくに感知できないようにしてたから。でも、まさかこんなあっさり見つかっちゃうとは思わなかったな」
確かに、結界を張っていたのにあっさりと見つかってしまうなんておかしなこともあるものだ。そもそもルビーはあの家からあまり離れることはない。
あったとしてもそう遠くまで行くこともまずない。
それになにより、普段からそんな結界を張るほど警戒しているのに自分から見つかるような行動をするとも到底思えない。
そこで、ボクはハッとする。
「もしかして……、ボク?」
「勘、鋭いね。そうよ、フェル君からあの魔女の魔力を感知したの。それで上手く絞り込めてね。ずっと周囲探ってたのよ」
ボクってルビーの匂いがそんなに染み込んでいるんだろうか。
少なくとも、身体中にルビーに刻み込まれた呪印があるのは確かだけど。
ということは、あのとき、マリンに出会ったのは偶然でも何でもなく、そんなルビーの匂いをぷんぷんさせたボクがいたせいだったんだ。
きっと、最初に村に戻ったときにマリンに気付かれて、二度目に戻ったときにここぞとばかりにボクに接触をしてきたのだろう。
だからあのとき、ボクのことをじっと、じろじろと眺めて、自己紹介だけして帰ってしまったのだ。
きっとそのときに全部分かってしまったんだろう。ボクがルビーの元にいるってことを。ということはあれからボクはマリンにつけられていたのか。
「予定は本当に狂ってばかりでね。見つけるまで相当苦労しちゃったし、捕獲するなり屈服させるなりで無理やりにでも連れて帰りたかったけれども、それが全然ダメだって分かっちゃったから、作戦変更しちゃったの」
「もしかして、ボクをここまで連れてきた理由って……」
「ごめんね、フェル君。きっとあの魔女は連れ返しに来ると思ったから。人質、って言ったら怒るかな」
やっぱりそういうことか。考えてみても、そうとしか考えられない。
だって、魔力もなければ魔法の才能、知識もなく、何の取り柄もないボクがいなくなってまず困るのはルビーだ。
これでもやもやしていた答えが大体繋がった気はする。
「まあ、こんなときに言い訳くさくなっちゃうけど、あの魔女の傍にフェル君を置きたくなかったかな、ってのもあったかも」
傍から見るとやはりそう見えるのだろうか。確かにその通りだ。ボクはルビーにこき遣われている。いつ壊されてもおかしくないくらいに、ボクはルビーの元で奴隷として傍にいる。
きっとルビーのことをよく知っているマリンからしてみても、それはすぐにでも止めたいと思ったのだろう。そう思われても当然だし、それは否定できない。
「でも、そこまでしてでも、あの人に会いたい人って一体……」
「フェル君、見て」
気がつけば、ボクたちは山の頂上にまで辿り着いていた。とっくにあの鬱蒼として暗かった森を抜け出ていたボクたちは夕日を浴びて山々と同じくらいに夕焼けに染まっていた。
そしてマリンが下に向けて指をさす。そこには、山のふもとにはボクがこれまで見てきたどの村よりも大きな町と、それよりもずっと大きなお城が見えた。
そしてその城の影には海も見える。あの城は田舎者で世間知らずなボクでもよく知っている。この辺の地域を、国を治める王のいる城だ。近辺で海に面した位置にある大きな都市といったらそれくらいしかなかったはずだし。
「あそこが目的地?」
「ええ、そしてあの城にいるのよ。紅の魔女をずっと探していた人」
あの変態魔女を探していた奇特な人物。一体何者なんだろうか。
「あの魔女の、そしてあたしの師匠でもある、大魔導師ノワール様がね」