そう歩くこともなく、城下町にはすぐに着いた。
思えば、初めて訪れた都会だ。
夜も更けた時間帯なのだけど、それを思わせないくらい、驚くほど街の中はとても明るくて、そこらじゅうを人々が行きかうほどに賑やかだった。
まるでお祭りか何かをやっているかのよう。この町の人々は眠らないのだろうか。すっかりボクは浮いてしまっていた。
ボクの村が収穫期に入ったときにだってこんなに人はいなかったと思う。
ずっとボクの中での都会ってあんな感じだと思っていたから、やっぱり本物の都会ってこんなものなんだな。
それにしたって、こんなに人がいたんじゃどうやって前に進めばいいのだろう。そもそも、何処に向かえばいいのかも分からない。
この城下町を遠目で見たときにはちゃんとお城の場所も見えていたけれども、いざ街の中に入ってしまうと建物と建物の隙間がないくらいに密集していて前もよく分からない。
今ボクは前に進んでいるのか、それとも見当違いの方向に進んでしまっているのか、はたまた逆戻りしてしまっているのか、それさえも分からない状態だ。
そういえばマリンの姿も見当たらない。街に入ったときには前を先導していたはずなのに、人の波に紛れてしまったようだ。
見た目だけならマリンも子供そのものだし、こんな大人が右往左往している中に飛び込めば当然すぐに見失うだろう。どうしてそんなことにもボクは気づかなかったのか。まずい、まずい。これはまずい。
「ヒッヒッヒ……、そこのボウヤ。迷子かえ?」
ふと、声を掛けられて振り返る。道の片隅、路地への入り口から、お婆さんらしき人が手を招いていた。
らしき、というのも、頭からローブをすっぽりと被っており、見た目はもうそこに干してあるローブが喋っているんじゃないかというくらい、体を覆い隠している。
しわがれた声以外に分かることは、ボクに向けて声を掛けていることくらいか。
「あの、ボク、ですか?」
「そうじゃよそうじゃよ、ボウヤ。どうやら道に迷ってしまったようじゃの」
やっぱり今のボクは傍から見たら道に迷っているように見えるのか。
こんな状況だというのに、都会に来てしまって浮かれすぎたのかもしれない。何にしても情けない話だ。早くマリンと合流しないことにはどうにもならない。
せめて今の場所くらい聞いておいた方がいいだろう。
「え、ええ、実はそうなんです。連れもいたんですが、はぐれてしまって……」
「ヒッヒッヒ……、そうかいそうかい。どれ、もう少し近くに来て顔を見せてはくれんか」
お婆さんの、骨のようにか細い手が、手招きする。やっぱり会話するんだったら顔くらい合わせた方がいいんだろうか。
「フェル君、やっと見つけた!」
くいっと肩を引かれる。引かれるままに振り向くと、マリンがそこにいた。
やっぱりというのか何と言うのか、少し怒っている様子だ。本当に面目ない。
「ヒィィィィィィィィ……っっ、ま、魔女、魔女おぉぉ……っっ!!」
後ろにいたお婆さんが古い絹を無理やり引きちぎったかのような悲鳴を上げる。一体どうしたのだろう。
声を掛けるまでもなく、どたどた、のそのそといかにも不自由そうな身体を引きずるように路地の奥へと逃げていってしまった。魔女? 確かにマリンは魔女だけれど、あのお婆さんはそれを一目見て分かったのだろうか。
それにしたって、あの様相はただごとじゃない。
「気をつけなきゃダメよ、フェル君。ああいうのに捕まっちゃろくなことにならないわ」
「ご、ごめん……」
「しっかりしてるように見えるけど、案外フェル君って抜けてるのね」
「こんなに人が多いところ、ボク初めてだったから……」
ふふ、とマリンは笑ってみせる。こんな可愛い女の子を見て、あんなに慌てて逃げ出していくなんて。
いや、ボクだってマリンがどれだけ恐ろしい魔女かくらいは分かっているつもりだ。百年以上生きているし、空も飛べるし、何やら凄い魔法を放てるし、あまりよく分かっていないけれど錬金術というものも使える。
それだけで十分恐ろしいんだ。きっと。
そっと、マリンが手を伸ばし、ボクの手を掴む。こう握ってみると、思っていた以上に小さな手だ。
「こうすれば迷子にならないでしょ?」
「う、うん……」
別にボクはそんな子供じゃない、と言いたいところだけれど、たった今迷子になっていた手前、どの口がそんなことを言えるのだろう。
よくルビーもボクをこういう感じで子供扱いするけれど、背の近いマリンに子供扱いされてしまうと不思議な気分だ。実際のところはボクなんかよりもずっと年上なわけだけれども。
それに、マリンの手。小さいだけじゃない。少し、震えている。
何かに怯えているかのように、小さく、小さく小刻みに。予想したくはないけれど、もしかしたらこれから向かう先にいるノワールという人はそれほどに恐ろしい人なのかもしれない。
見知らぬお婆さんが逃げ出すような魔女が、恐れる大魔導師。そんな人に会おうとしているボクはこれから生き延びられるのだろうか。ようやくして、不安が押し寄せてきた。
マリンの手に引かれるままに人ごみを抜けて、ようやく人通りの少ないところへ出てきた。あれだけ賑やかだったのに人気が少ないのは、きっとこんな夜に訪れるものなんてそうはいないのだろう。
目の前には見上げるほどの大きな城が建っていた。ボクには生涯縁のないところのはずだった場所だ。
城門前の大きな石橋を渡る。本来は馬車が何台も通る橋だ。ボクとマリンだけが渡るにはあまりにも広すぎる。そして、見た目よりも長く感じる。
一歩一歩を踏みしめるたびに足が重くなるような、緊張感が走る。それもそうだ。ボクはこの場ではあまりにも場違いすぎる。ただの農民が、奴隷風情が城を訪れるなんてお恐れ多いことこの上ない。
ようやくして渡りきり、閉じた城門の前まで辿り着いた。
やはりこれも大きな扉だ。小人にでもなった気分になる。ただ、壁際の門の片隅、小さな扉がついていた。
門に扉がついているのは妙な感じだが、おそらく数人の人が通るときに利用する通用口みたいなものなのだろう。人が通るだけでいちいちこの門を開閉するのは大変だろうし。
コンコン。マリンが小さな扉を軽くノックする。