ムーングラムに見送られながら昇降機で上層へ進むと、屋上にたどり着いた。
城壁のような囲いに覆われており、目の前には一際立派な塔が聳え立っている。
巨人族専用扉と思えるほどの巨大な両扉を苦労しながら開けると、埃っぽい空気が鼻孔を擽る。
「すげぇ数の本だな⋯⋯」
書庫の中は薄暗く、所々に灯っている蝋燭と天井から吊るされたシャンデリアが唯一の光源だ。
十数メートルはある巨大な本棚にびっしりと詰まった書物。入り切らないのか床に直置きしてある本はタワー化し、そんなのが至るところに放置されているのが見えた。
大書庫と言うだけあって壮観な光景だ。数千、あるいは万に届くだろう。
その中心部に、レナラ様と思われる女性が一人。
紺色のローブを羽織り、異様に長い帽子を被ったその女性は、ローチェアに腰掛けながら抱き抱えた何かを優しくあやしていた。というか、で、デケェ⋯⋯。
背の低い椅子に座っているのに見上げるほどの高さ。巨人族の血でも入ってるんですか?
大柄という言葉では言い表せないビッグレディ。俺たちのことなど眼中にないのか、それとも本当に気付いていないのか、一瞥もせずに抱いた何かを愛でている。
「あの、ラニ様。もしかしなくともこの方が⋯⋯?」
「ああ。我が母、レナラだ。ラダゴンに心狂わされた哀れな女だ⋯⋯。そして、彼女が抱えているアレが、琥珀の卵。生まれ直しの触媒であり、アレに大ルーンが宿っている」
彼女が抱いている琥珀色の石のような物体。アレが琥珀の卵らしい。
巨躯を誇るレナラ様に対して赤子のような大きさだが、普通にデカい。一メートルはあると思う。
目隠しをそっと上げて解析眼で視てみると、驚いたことに、この琥珀の卵そのものがデミゴットであると解った。だから大ルーンを宿してるのか。
(眠りの神性を宿した孵ることのない卵。しかもその眠りの神性とやら、麻薬のような中毒性もあるのか……)
どうやら生まれ直しの禁術を行う人も、生まれ直した人も、琥珀の卵に宿った眠りの神性により一種の依存状態に陥るらしい。本来なら眠りに依存するはずだが、禁術によりバグが発生。眠りの代わりに禁術に依存するようになっている。
解析眼で読み取った情報をラニ様にも共有すると、目を細めた彼女は小さく頷いた。
「──やはり、原因は琥珀の卵か」
「はい。アレを破壊すれば依存状態から抜け出せるでしょうが、逆に拠り所がなくなり精神的に追い詰めてしまうリスクもあります」
「難儀なものだな……。どうするかは我が王に任せよう」
元より覚悟の上だ。そう呟き帽子を深く被るミニラニ様。
彼女の言葉に、なんとしてもレナラ様を救出する手段を確立せねばと思いを新たにした俺は、レナラ様の前へ進み出た。
「こんにちは!」
「……」
「娘さんを僕に下さいッ!」
「……」
「一緒にお茶でもどうでしょうか!?」
「おい、我が王?」
「……」
頬を抓ってくるミニラニ様からそっと視線を外しつつ、どうすればレナラ様に反応してもらえるのか沈思黙考していると、不意にズボンの裾を引っ張られる。
ボックのナイスアイデアが出たか、と期待を胸に視線を下げると。
「えーっと、迷子かな?」
魔術学院に通う生徒と思わしき子供が俺のズボンを引っ張っていた。
年の瀬は小学校低学年ほどで、綺麗な顔立ちをした黒髪の少年だ。
足が不自由なのか床を這うその子は、無垢な微笑みを浮かべている。
「ちょ、どんだけいんの!?」
そんな少年とまったく同じ顔立ちの子供たちが、物陰からわらわらと這い出てきた。ざっと十人以上。十つ子超えとかお母さんすげぇな。
全員同じ微笑みを浮かべている少年たちは、地べたを這いながら俺の元へと向かってくる。結構気味悪いけど、少年たちから敵意は感じられない。
「俺で木登りすんな! ていうか力強いな!」
そんなこんなで、どうすべきか迷っていると足元までやって来た少年たちは、そのまま俺の体をよじ登ってきた。
下半身不随のため腕力が発達しているのだろう。腕の力だけで這い上がってくる子供たちにミニラニ様が頭の上へ避難する。
「コレが生まれ直した者たちか」
憐れむラニ様。この子たちは全員、レナラ様の生まれ直しの禁術により再誕した者たちらしい。
しかも視てみると、生まれ直しも不完全で寿命は僅か三日。さらに言うと人間のような見た目をしているが、通っている血は銀色ときた。
しろがね人の系譜であると分かる。しろがね人に人権はなく、路傍の石より酷い目に遭っているのが大半な種族だ。何を思って生まれ直したかったか分からないが、こうなると判っていたら違う道を選んでいたかもしれない。
「お、おいら、危うくこうなるところだったんですね⋯⋯」
そう思うと直前で回避できたボックは幸運と言わざるを得ないだろう。
知性も見た目以下なのか、俺の腕や背中、足などに掴まって楽し気な声を上げる少年たちを前に、心の底からそう思うのだった。
1
あれから一時間。
木登りに飽きたのか、体のあちこちを引っ張り独特の遊びを見出す少年たち。見た目は少年だが中身は幼児な子供たちの世話は何故こんなにも疲れるのだろうか、と子育てに勤しむお母さんたちの気持ちに一部共感しつつ、遊び相手になっていた。
レナラ様は「育児は任せた」とでも言うように球状の結界に引きこもると琥珀の卵を愛でるのに夢中。俺はもちろん子供たちにさえ一瞥すらせず自分の殻に閉じ籠ってしまう。
目の前で堂々と行われるネグレクトに物申したいところではあるが、そもそも会話が成立する状況にあらず。
さあどうしよう、と頭を悩ませていた時だった。
「~~」
唐突に一人の子供が歌を歌い始めた。
歌詞はなく、ただ“あ~”と声を出すだけだが、澄んだアルトボイスに「おっ」と関心し。
他の子供たちも次第に合唱を始めて思わず「おー」と感心の声。
予想だにしなかった少年たちの特技に惜しみない拍手を送っていると、ふと閃いた。
前世のクラシック音楽をこの歌声で歌わせてみたらどうなるのか、と。
頭上を見上げる。
上空には結界に籠ったレナラ様が琥珀の卵を抱えながら浮遊しており、合唱団レベルの美しい歌声を披露する子供たちを見向きもしないで卵を撫でている。
その姿から視線を切った俺は、こちらを囲む形で見上げてくる少年たちと目線を合わせると、静かに問い掛けた。
「なあ、お母さんを驚かせてみたくないか?」
キョトンとした顔をする少年たちだが「お母さんに無視されるのは辛いよな」と言葉を続けると、笑顔に影が差す。
寂しそうに宙に浮かぶ母親を見上げる少年たち。
寂寞の思いを募らせる少年たちを正面から見据えた俺は、反骨精神を宿した拳を突き出した。
「皆の歌でお母さんを驚かせてやろうぜ」
俺の言葉に強く頷き返す少年たち。
こうして、俺と少年たちの熱きレッスンが始まるのだった。
レナラ様にあっと驚いて貰うのだから、彼女に隠れて行わなければならない。
そのため、レッスン場所はムーングラムが居た場所で行うことにした。
わらわらと少年たちを引き連れて戻ってきた俺の姿に驚いた様子のムーングラムだったが、事情を説明すると納得してくれて。
「音楽に明るいわけではないが、微量ながら力になろう」
そう言ってレッスンの様子を拝見してくれることに。
ラニ様やメリナたちも手伝ってくれるとのことなので、皆の率直な意見をレッスンに反映させながら、小・中学時代の音楽の授業や映画・ドラマで見た光景を思い出しつつ教鞭を振るった。
「違う! そこは一オクターブ上げて! ⋯⋯そう、その声!」
遊んでいる時は幼児並みの知能だったが、音楽に関しては天賦の才があるのかすぐに指摘したことを理解し修正する力がある。
ちなみに教えている曲はベートーヴェン第九番第四楽章【歓喜】。その他にもシューベルトの【魔王】や【天国と地獄】などをアカペラで歌ってみたら、【歓喜】の食いつきが良かった。一時期【歓喜】や【魔王】などのクラシックにハマって滅茶苦茶練習したことがあり、今でもソラで歌えるほどだ。
「そこ! 今のは歌詞が違うぞ! そこはウンド・ヴェァス・ニーア・ゲコントだ!」
「アァ・ァァアー・アー・ァアア」
「グッド!」
あ、しか声が出せない少年たちだが、それでも間違いなく正確なテンポで歌えている。
音程を外したら、その都度修正し発声練習の繰り返しだ。
「よし、良い感じだ。もう一回!」
リテイクを挟むこと数十回。ようやく納得の行く【歓喜】が歌えるようになった少年たち。
本番に備えたリハーサルを終え、観客として傾聴していたムーングラムたちは惜しみない拍手を送ってくれた。
少年たちも手応えがあるのだろう。嬉しそうに俺の体へしがみついて喜びを露わにしている。
いやー、それにしても天才過ぎるだろこの子たち。
頭の中で完璧に再生出来るほど【歓喜】を聞いた俺だが、それをアウトプットする技術はあまりに拙い。
音楽の授業や映画・ドラマのワンシーンを参考にしたとはいえ、素人の指導に完璧に適応し意味を汲み取ってくれる少年たちヤバすぎ。
「不完全な生まれ直しは、その在り方にも影響を与える。何も成せない未熟な存在として定められた彼らに、まさかこのような才があるとは」
「素晴らしい演奏だったわ」
感心した様子のミニラニ様に、微笑みを浮かべながら拍手を送るメリナ。
ムーングラムにいたっては「おぉ、おおぉぉぉ……!」と男泣きしていた。
「貴殿は、貴殿らはなんという……っ! この歌を聞けば、レナラ様も何かを感じ入るかもしれない……!」
長年レナラ様のお側に仕えていたのだろう。少年たちが奏でる【歓喜】に一番希望を見出しているのは彼なのかもしれない。
ヘルムの隙間から涙を零すムーングラムの肩をそっと叩いた俺はいよいよ本番に臨むのであった。
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