大書庫に戻った俺たち。
レッスンに五時間も要したが、レナラ様は未だ宙に浮遊しながら卵を愛でていた。あの後もずっとそのままで居たんですね⋯⋯。
相変わらずこちらに関心を向けないレナラ様。
その眼に俺たちの姿を焼き付けてやる、と意気込みを胸に少年たちへ合図を送る。
床を這って所定の持ち場に就く少年たち。
レナラ様を中心に扇状に展開した少年たちは、指揮者を務める俺の合図で一斉に口を開いた。
透き通った歌声が奏でるアカペラの【歓喜】。その完成度はレコーディングして世に出しても可笑しくないレベルで、日本なら間違いなく新星アーティストとしてスタートを切れただろう。
そして、いよいよ世間では【歓喜の歌】と呼ばれるサビの部分に入る。
澄み渡った歌声の【歓喜】には魂を震わせる何かが籠もっており、側で見守っているミニラニ様やメリナも目を閉じて聞き入っている。
四十分にも及ぶ演奏が終わり、大書庫に静寂が訪れると、静謐な空間に拍手が生まれた。
発生源は正面と真横。メリナとミニラニ様は惜しみない拍手を送ってくれるが、果たして本命はどうだ⋯⋯?
「──ッ!」
やったぞ、レナラ様が見ている!
結界に包まれてふわふわと浮いていたレナラ様だが、その視線は間違いなく少年たちに向けられていた。
驚愕の表情を浮かべている彼女は、やがて地面に降り立つと結界も解いたではないか!
「──あなた、この子たちに何をしたの?」
レナラ様ってこういう声をしていたのか。
ラニ様のように芯の通った凛とした声。耳が幸せを感じる一方で俺の脳は「この機を逃すな!」とフル回転する。
「少しばかり音楽のレッスンを。それはそうとレナラ様、貴女なにやってるんですか!」
突然、怒り出した俺に不思議そうな顔をするレナラ様。あ、ミニラニ様とメリナも同じような顔をしている。
母親に関心を向けられて嬉しいのだろう、あーあー言いながらお母さんに群がる少年たちに視線を向けると、いつかの俺のように木登り状態のレナラ様を睥睨した。
「母親に無視され続ける彼らのことを、考えたことがありますか!? 生まれたばかりの子供を無視するなんて、存在意義を否定するようなものですよ!」
「黙りなさい、あなたに生まれ直しの何が分かるの」
「分かるわけねぇし解りたくもねぇわボケェ!」
あまりにもあんまりな返答に、ギリギリ繋がっていた堪忍袋の緒がプッツン。
ラニ様の御母上に向ける言葉遣いではないが、それでも言わせてもらおう!
「腹を痛めて産んだ子じゃないだろう、愛する人との間に出来た子供でもないだろう。でもなぁ、紛れもなくアンタが生んだ子なんだ。アンタが母親なんだよ! 母親として子供を見守り育てる義務があるんだよ!」
この子たちが歌を歌ったのは、レナラ様に見てもらいたいため。少しでも関心を引きたいから、五時間にも及ぶ猛特訓を経て、これほどまでの歌を歌ってみせたのだ。
そんな彼らの歌だからこそ、感じ入るものがあったんじゃないか?
「アンタの事情はある程度聞いている。理解出来るとは口が裂けても言えないが、その心情は汲み取ってやれる。が、それとこれは話が別だ。未完成の禁術だろうと、生まれたのなら面倒をみるべきなんだ!」
強い言葉でそう断言した。
思想の押し付けだろうが知ったことか。ただ一つ自信を持って言えるのは、彼女が間違っていること!
「昔の男を引きずるな、とは言わねぇ。だけど執着するのはアンタの為にもならない」
いっそのこと、その卵ごと過去と決別しちまえ!
勢いのままそうぶっちゃたのがいけなかったのだろう。レナラ様の纏っていた空気がガラリと変わる。
「青二才の小僧が⋯⋯黙って聞いていれば調子に乗って⋯⋯」
群青色の魔力が立ち昇り、凄まじいプレッシャーが襲い掛かる!
感じる重圧はラダーンのような押し潰すものでも、触れれば斬れるような葦名殿のものとも違う。水圧で静かに圧壊させる、まるでマリアナ海溝の底に居るかのような重圧!
何処からともなく取り出した杖を振るい、少年たちを優しく押し退けたレナラ様は殺気に満ちた目を向けてくる!
「誰を相手に唾を吐いたのか、教育してあげましょう。己の罪過に潰されて惨めに死になさい!」
1
生まれ直しの禁忌に耽っていたとはいえ、魔術の腕前は陰りを見せない。
セレン師匠の元で魔術の勉強をしているからこそ、彼女の凄さが良く分かる。
まるで芸術のような一部の無駄のない魔術式。それでいて独自の解釈を挟み改良を加えたそれは、もはや別種の魔術と化していた。
【輝石のつぶて】。輝石魔術の基礎であり、色々と使い勝手の良い初心者向けの魔術。本来なら拳大程度の輝石を相手に向けて飛ばすだけの魔術だが、レナラ様の扱う【輝石のつぶて】は自動で次弾が形成され、断続的にそれらを飛ばしてくる。
さながら、フルオートのつぶて。射速も通常の倍はあり、基礎魔術だからといって油断出来ない。
「ちぃッ!」
魔術師らしく距離を保っての攻撃なため、俺の間合いで戦おうとしても生み出した幻影が牙を剥き、【回れ回れ】などの近距離系の魔術なども駆使して巧みに離脱。イタチごっこが続いていた。
さらに最悪なのは、向こうは殺す気満々で来ている一方、こちらは傷つけてはならないという縛りだ。
レナラ様が男であったならば、断腸の思いで果敢に攻めれたものの相手は攻略ヒロイン。俺の矜持に懸けて、ヒロインを撃滅することなどあってはならない。
「大言を吐いた割には逃げてばかりねッ」
「チクショウ、こっちの気も知らないで!」
魔術師の弱点である杖を狙い、執拗に武器破壊を試みているが間合いの取り方、注意の引き方、虚実の混ぜ方、戦術の組み立て、そして巧みな杖捌きと多彩な魔術でのらりくらりと躱される。
カンストステータスにものを言わせても押し切れないとは、これがカーリアを王家に導いた英雄の力か!
(ラダーン将軍より手強いぞ⋯⋯!)
将軍は正気を失っていたからか、素の身体能力と持ち前の重力魔術でゴリ押ししていた。格上とはいえ武術的駆け引きがなかったし、何よりあの時はブライヴと葦名さんもいたからなんとか勝てたが、下手したらラダーン将軍より手強いかもしれない。
基本的な魔術だけでなく、アズール砲やレナラ様のオリジナル魔術などもバンバン飛ばしてくる。
ていうか、書庫が滅茶苦茶なんですけど大丈夫なの? 本とかメッチャ消し飛んでるんですけど!
「何故仕掛けない? 私の母だからと遠慮しているなら無用だぞ」
肩に乗ったミニラニ様から当然の疑問が飛んでくるが「お母様も攻略する気満々なのでフラグを折らないためにもノーダメクリア(相手)を狙ってます!」などバカ正直に言える訳がなく。
「いや、ラニ様のお母様だからこそです! 将来、俺の義母になるのですから!」
正確には義母兼側室ですけど!
ちなみにレナラ様が扱う満月の魔術も気になるが、セレン師匠以外に師事したら師匠絶対拗ねると思うので止めときます。
──いや、拗ねた師匠を見るために敢えて師事するのもありか?
「我が王⋯⋯」
なんかトゥンクって音が聞こえたんだけど──って危な! アズール砲でレーザーサーカスしないで下さいマジで!
2
体感で三日、現実では僅か一時間の死闘は、俺の勝利という形で幕を閉じた。
決め手は、巻き上げた風で作った本と埃の目潰しに、猟犬ステップからの居合一閃。狙い通りレナラ様の杖のみを両断し、そのまま体当たり。馬乗りになった状態で喉元に脇差しを突き付けた。
レナラ様本人ではなく武器のみを狙い続けるという無謀な意地に、「過去の男なんて忘れて俺を見ろッ!」という全く身に覚えのない熱い台詞。
そして、喉元に剣を突きつけた時の鷹の如き雄々しい目つきに(byレナラ様)。
それまでラダゴンへ向けていた盲目的執着がいつしか薄れ、素直に負けを認めるに至ったのだ。
「⋯⋯私の小さな娘は、正しく男を見る目があったようね」
「母様⋯⋯」
「私の小さなラニ⋯⋯。良き夫を見つけましたね」
それまで一度もラニ様にお言葉を向けてこなかったレナラ様が、初めて実の娘に視線を向けた。
その眼差しは間違いなく、愛しい家族へ向ける母のそれ。
目を細めてミニラニ様を見ていたレナラ様は、視線を切ると正面からこちらを見据えてくる。
先の戦いで少しは正気に戻ったのだろう。知性的な顔つきのレナラ様がフッと微笑む。
「あなたの業突く張りなほどの意志、しかと受け止めました。過去に囚われず、今を生き、未来へ進む──私だけでは難しいでしょうが⋯⋯他ならぬあなたが側にいてくれるなら、歩んでみましょう」
ん? それって、もしかしなくても──。
「まさか、母様──!」
「心地よく微睡んでいたのに、強引に起こされたんですもの。責任は取ってもらわないと」
祝・レナラ様攻略ッ! ラニ様とレナラ様の母娘丼シーン解☆禁!
ベッドシーンが解禁されてファンファーレが脳内で響き、一人コロンビアポーズを取る中。
絶句するミニラニ様を他所に、隅の方へ避難していた少年たちが挙って床を這い、母の元へ向かってくる。
少年たちを一人一人抱き上げ、優しく頭を撫でるレナラ様は、申し訳なさそうに声を掛けた。
「──ごめんなさい。貴方たちのことを見てあげられなくて。不完全に生まれ直してしまって、ごめんなさい」
母の腕の中で嬉しそうにアーアー喋る少年たちは、やがて【歓喜】を歌い始めた。
まさにこの瞬間こそ、彼らの【歓喜】。彼らの想いが報われたのだと思うと、涙を禁じ得ない⋯⋯!
「──! おい、嘘だろ⋯⋯っ」
美しいアカペラを奏でている少年たちだが、やがて一人、また一人と声を失い、地面に倒れ伏す。
その体が霧となって消えていくのを目にし、俺は歯を食いしばった。
寿命だ。短命の定めが彼らを襲っているのだ。
あまりにも短い彼らの命。別れが来るのは分かっていたが、なにもこんなタイミングじゃなくても⋯⋯ッ!
音が、抜けていく。美しいハーモニーを奏でていた【歓喜】が、一音、また一音と抜けていく。
それでも少年たちは歌を止めない。先に逝く子たちの想いを背負うように力強く、美しい声が止まらない。
最期の最期まで笑顔を浮かべながら散って逝く少年たち。
初めてレナラ様に披露した【歓喜】に比べると、不完全な歌だが、何故かこれが一番美しく感じる。
「⋯⋯⋯⋯」
その様を、最期の命を燃やして歌うその様を、レナラ様は目を離すことなく見届けている。
瞬き一つせず、表情を曇らせることなく──いや、小さな微笑みを浮かべながら。
我が子の発表を見るお母さんそのものの顔で、少年たちの演奏を見守っている。
「──素晴らしい歌だったわ」
私の可愛い子供たち。
その言葉を聞いた最後の少年は、とても嬉しそうに笑顔を浮かべて散った。
子供たちが着ていた服を拾い上げたレナラ様は、慈しみに満ちた優しい声で囁く。
「⋯⋯もう、生まれ直すことはないでしょう。世界樹の元へ還りなさい」
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