琥珀の卵と決別を果たすという苦渋の決断を下したレナラ様。
彼女が見守るなか卵を砕くと大ルーンが現れ、俺の体の中へと入っていく。これでゴドリック、ラダーン将軍に続き三つ目の大ルーンだ。
「貴方において行かれたら、もう私自身どうなるか……。お願い、私も貴方の旅に連れていって」
俺の元を離れたくないと懇願してくるレナラ様。学院はどうするのかと尋ねると「そんなものどうでもいい、すぐにでも引き継ぐわ」との返事。
レナラ様にとってカーリア王家も魔術学院の長という立場も、等しく意味をなさないものらしい。無責任極まりないと思うが、今の今まで心狂わせて廃人となっていたことを考えると、仕方ないのかもしれない。
レナラ様も旅に同行してくれると心強いし、是非ともお願いしたいところではあるが、彼女のヤンデレっぷりを目の当たりにした今、素直に頷けない俺がいる。
(メリナやラティナたちとも関係を持ってると知ったらどうなるか……。ミニラニ様と結託して凄まじいことになりそう……)
下手したら監禁されるかもしれない。ミニラニ様が幽閉がどうのこうのとたまに呟いてるし、有り得ないとは言い切れないのが怖い。
なので、誠に勝手ながらレナラ様には魔術学院に残ってもらいたく。それっぽい言い訳を並べてなんとか納得してもらった。
「……私の可愛いラニ。貴女もたまには顔を見せて頂戴」
そう言葉を続け、頭を優しく撫でるレナラ様。
二メートル半はある巨躯の彼女に撫でられると、自然と“ママみ”成分を摂取する。
この世界では希少なママ属性。さらに元人妻というステータスも加わり、膨大な“ママみ”成分が生まれるのだ。
順調にハーレムを築いている俺だが、意外にもママ属性を有する女性はいない。
なので、常に“ママみ”成分が欠乏している俺が、レナラ様という元人妻の抱擁やナデナデを受けるとどうなるか。
「んんんんん! マンマぁあああああ~!」
「あらあら」
盛大に幼児退行してオギャルのだ!
ボクチン、ママにいーっぱい甘えるから旅は一時中断ね。はい解散!
「ずみばぜんでした……」
男の尊厳など知ったことかと、よくあるASMR作品のようにバブバブ甘えていた俺を問答無用でシメたメリナとミニラニ様。
前が見えねぇ状態で折角のイケメンっぷりが台無しだが、次の瞬間には元通り。人知を超えた回復にドン引きした様子のメリナたちだが、俺の体の半分はギャグ要素で出来ているんだ。このくらい訳はない。
学院に残るレナラママと泣く泣くバイバイした俺は、次の目的地へと旅立つ。
「次は何処に行くの?」
「んー、リエーニエの散策も尽きたし、そろそろアルター高原に向かうか」
「アルター高原か。彼の地に向かうならデクタスの大昇降機か、リエーニエの渓谷奥深くにある古遺跡断崖ルートでしか登れない。大昇降機を使うなら割符が必要となるが、持ってるか?」
ミニラニ様の指摘に「割符⋯⋯割符⋯⋯」と口の中で言葉を転がしながらポーチをゴソゴソ。
取り出したのは、アルバス老から託された割符の片割れのみだった。もう半分はまだ回収出来ていないらしい。
「ふむ。となると、古遺跡断崖ルートか」
断崖かぁ、登るの面倒臭そう⋯⋯。
しかし、残りの割符も手掛かりがない状態。無闇矢鱈と探し回るくらいなら断崖ルートが無難か。
来た道を戻りながら広げた地図でルートを算出していると──。
「ぬぉっ!?」
死角から飛び出してきた触手が俺の体に絡み付き、有無を言わさない力強さで引き寄せられる。
一瞬だけ視界に映ったのは、道中でブチ壊したはずのアイアンメイデン。引っ掛かった獲物を待ち受けるチョウチンアンコウのように、大きく開いた胴体の姿が見えた。
「雷斗!」
刀を抜く暇もない。精々がミニラニ様を脱出させる程度。
メリナに向けてミニラニ様を投げると同時に、アイアンメイデンの蓋が閉じる。
「んほぉおおおおおおお──!」
俺の身に何があったのか分からない。
分からないが、一瞬にして殺されたことと、なんか異様にヌメヌメした感触が全身を舐め尽くしたということだけだった。
1
「⋯⋯どこだ此処」
凄まじい熱気で目が覚めたら、何故か火山地帯のような場所に居た。
アイアンメイデンに殺されたのは覚えている。
最近は殺されるような事態に陥ることはなかったが、通常なら一番最後に触れた祝福──この場合、レナラ様のいる大書庫で目覚めるはずなのに、何故か溶岩で囲まれた火山地帯に。
足元は溶岩が固まって出来た火山岩。層となり足場を作っている中、すぐ横を熱々の溶岩がドロリと流れている。
少し視線を上げると、真っ赤な溶岩がまるで滝のように流れ落ちているのが見えた。
「ガッテムホット!」
俺の普段着は白備えの鎧。当然金属で出来ているため、こんな環境ではこんがり焼け焦げてしまう!
急いで鎧を脱ぎパンイチになる俺だが、それでも汗が濁流のように流れる。
「ていうか、ホント何処だよ此処⋯⋯!」
ただの溶岩地帯かと思いきや、眼下には溶岩に囲まれた洋館や館が崩壊した状態で散見され、箱型や円柱状の檻がそこらかしこに廃棄されていた。ていうか罪人のように吊り下げられている奴もメッチャあるし。中身空だけど。
少し離れた場所には巨大な洋館。
こんなところに祝福があるとは思えないが、アレがないと皆とも合流できない。
仕方ないから、散策がてら祝福を探すことにする。
「ガーゴイルにスライム……しかも耐性持ち。そりゃそうだ」
溶岩に触れないように注意しながら火山岩の上を歩いていると、出くわす産地限定エネミー。真っ赤な色合いなため炎の耐性持ちだと一目で分かるが、こんな溶岩並みに熱そうな敵を斬ってたら刀身が歪みそうだ。
道中出くわすエネミーたちをスルーしながら溶岩の河に沿い、洞窟なども通って奥へ奥へと進んでいくと、ようやく建築物に辿り着いた。
洞窟の中にある、外壁がすべて取っ払われた通路。床下は溶岩溜まりとなっていて、溶岩に照らされた剥き出しの岩盤が赤く染まっている。
通路の造りはかなり豪奢だ。石柱にはアートチックな模様が刻まれており、壁や天井などにも意匠が施されている。
が、通路の脇には古びた木箱や樽、赤い蝋燭などが放置されており、明らかに拷問目的の檻がそこらかしこに吊るされていた。中には断頭台や四肢を引き裂く拷問・処刑器具などもある。
「キィエエエエエエエエエエ──ッ!!」
ドン引きしながら通路を歩いていると、前方から凄まじい勢いで這い寄るナニか。ズタボロの布で頭部をすっぽり覆い、同様の布で出来た服を着ている。
奇声を発しながら細長い手をせわしなく動かし、凄まじい速度で這い寄ってくるナニか。あまりの不気味さに思わず回避行動を取っていた。
サイドステップで突進を躱すと、ナニかは石柱に激突。団子のような形状の被り物の隙間から滴り落ちる血は、なんと銀色。
「しろがね人?」
何故こんなところに、それもそんなみすぼらしい格好で……?
驚き固まる俺を余所に、再び奇声を発しながら突進してくるしろがね人。
反射的に体を捌いて躱すと、しろがね人はそのまま床下へ飛び込む形となってしまい──。
「しろがね人ぉおおお!」
意図せずマグマの中へダイブしてしまうのであった。
その後、祝福を発見した俺は一も二もなく光の渦に触れ、即刻レアルカリア魔術学院へ帰還。
心配していたメリナたちと合流を果たし、削れたSAN値の回復のためしばし彼女たちに甘えた。
メリナたちのおかげで正気度が正常値に戻った俺は、改めて溶岩地帯で目撃した光景を報告。
話を聞き終えたミニラニ様が「恐らく火山館だな」と小さく頷くのだった。
「火山館?」
「デミゴッドの一人、ライカードの居城だ。私もライカードとはそこまで親しい訳ではなかったから、火山館については噂話程度しか知らないが、アルター高原の一角にあるゲルミア火山の奥地にあると聞いている」
意図せずアルター高原に到着していたな。涼し気な顔で揶揄するミニラニ様の頰を指で突っつき、地味な仕返しをしながら「じゃあ、また行かないといけないのかぁ」と肩を落とす。
あの暑さは中々堪えるんだが、ライカードの大ルーンを回収しないといけないから嫌でも向かうことになる。
辟易としたものを感じながら、そもそもメリナたちはついてこれるのか疑問に思う。ミニラニ様なんて下手すれば溶けてしまうのでは?
「私は元より実体のない存在だから、霊体化していれば大丈夫よ。それに、火とは相性が良いの」
「オイラも平気です! 気合いでわが王についていきます!」
メリナハともかく、ボックは心配だ。この子我慢強いから、心配掛けまいと黙ってそう。ちょくちょく気に掛けてあげないと。
そして肝心のミニラニ様だが、得意げに胸を張っていらっしゃる。
「フッ、この人形には雪魔女の服と同じ術式を施してある。火山地帯であろうと常に冷気が体を循環する仕組みだ。何も問題ない」
「雪魔女の服って、確かラニ様が着ている服ですよね。常に冷気を纏っていましたけど、アレって服の効果だったんですか」
ていうことは、ラニ様の服は最高の暑さ対策になる訳で。
……ふむ。
2
「そういえば。セレン師匠の課題報告がまだだったんだ」
火山館に向かう前にセレン師匠への報告を先に済ませてしまおう。
ということで、もはや実家のような安心感がある師匠の元へ。
「師匠ー、いますか~?」
「もちろん居るとも」
奥の部屋から姿を現すセレン師匠。相変わらず輝石頭を被った姿は考える人そのものだ。
言い渡されていた課題である、既存の魔術の改良を見てもらう。
披露するのはカーリア王家の魔術である【カーリアの大剣】。魔力の大剣を形作り、斬り払うだけの近接攻撃だが、改良に改良を重ねた結果。
「ほう。これは指向性を持たせた放出の術式かな。無駄を省いて空いたリソースに放出の術式を入れたか。うん、見事だ」
過剰な魔力を注入することでオーバーフローを起こし、剣を振り下ろすと同時に放出する。
これぞ、まさにエクスカ〇バー! オーバーフロー時に魔力が散らないよう内部に留める術式も入れてるから、剣が一層耀く仕組みだ!
師匠も「これはもう新たな魔術だな。よし、我が弟子のために私が名付けてあげよう」とノリノリでお気に召してくれたみたいでなによりだぜ。
「⋯⋯師と弟子の関係にしては、随分と距離が近いように見えるんだが」
セレン師匠とのやり取りを見ていたミニラニ様の「我が王?」が炸裂。なんだかそのジト目に快感を覚えてきた俺はもう駄目かもしれない。
それまで定位置である肩に座していたミニラニ様をスルーしていた師匠も顔を上げる。
「良好な師弟関係を築く上での適切な距離感さ。そういうラニ殿も、月の魔女と恐れられた身の上とは思えない姿だが」
月の魔女からマスコット人形に転職かな?
肩にちょこんと腰掛けたミニラニ様を見てクツクツと笑うセレン師匠。
あの、人の前で視線で火花を散らすのは止めてもらっていいっすか?
「それはそうと、我が弟子よ。お前に話があるのだ」
場所を変えよう。そう言って研究室兼私室である奥の部屋へ通される。
相変わらず、あちこちに輝石や書物が散らばっていて生活感のない部屋だ。
「……私が、レアルカリアの学院を追放されていることは、覚えているな。その理由は、私が輝石魔術の源流を、その復興を志したからだ。カーリアの王家を受け容れ骨抜きとなった衒学ではなく、禁忌なき真摯な探究としての輝石魔術を、私は望んでいるのだ。……そのためには、厭う犠牲などないとまでな」
輝石頭で顔は見えないが、真剣な声音で語られる師匠の本音。
「我が弟子よ、強制はしない。師弟とは、必ずしも同じ道を行かぬものだ。だがそれでも、私はお前に願う。輝石魔術の、その源流の復興を、手伝ってくれないか……私と共に、歩んではくれないだろうか?」
どこか縋るようなか細い声で、胸の内を明かした師匠。
何時ぞや視た未来視の光景が脳裏を過る。
輝石頭の塊へと変じ、苦しそうに俺を呼ぶ師匠の姿。
後悔に苛まれて涙する師匠の姿。
悲惨な未来を回避するため、変態人形師セルプスを利用してまで準備を整えてきたのだ。
当然、俺に否やはない。
「もちろん!」
「──そうか。ありがとう、嬉しいよ。知己を得たのは、いつぶりだろうか……」
いつもの調子が戻って来たのだろう「やはり師がよかったのだな」とドヤる師匠に苦笑を返す俺であった。
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