ホムスビ山地西部の荒野。ホムラの里からそう遠くはない場所。
切り立った海岸沿いに進んでいったところにその入り口はぽっかりと開いていた。
地下迷宮と呼ばれる石造りのそのダンジョンは、魔物たちのアジトとなっており、最奥部に至るまでには多くの魔物や、落とし穴が侵入者を阻む。
そして、その先にはこの地下迷宮の主たる魔物が棲んでいた。
「よくやったぞ、オメーら! この女にはケタはずれのチカラと極上の素質がある。この魔力を吸い出せば相当なものになるだろう。くっくっく……」
太ったトカゲのような見た目をした化け物が上機嫌に笑う。
デンデン竜族の亜種、デンダだ。通常のデンデン竜は全身が黄色い肌をしており、傍らにはいつも酒を造るために木の実を発酵させる壺を携えている。
一方で、デンダは全身が水色で、お腹には謎の紋様が浮かび上がっていた。
傍らの壺の中には、さらってきた人間たちから吸い出した魔力が閉じ込められて、酒の代わりに熟成されているらしい。
「くぅ……、あたしとしたことが、こんなトカゲのバケモノに捕まるなんて」
手足を縛られた状態でベロニカが唇を嚙む。
魔物に不意を突かれたのがよほど屈辱的だったのだろう。
「トカゲのバケモノじゃねえ! 竜のデンダさまだ!」
「あんたの何処が竜なのよ。ぶよんぶよんのだるんだるんな腹しちゃって」
「なんだと、てめえ!」
「てめえなんて名前じゃないわ。あたしにはベロニカって名前があるのよ」
売り言葉に買い言葉。会話もまともにできない。
こんな状況にも物怖じせず、ベロニカはプイっとそっぽ向く。
そんな強気な態度も気に食わないのか、デンダは苛立った様子を見せた。
「このデンダさまを嘗めるなよ、ベロニカ! 杏仁袋の緒が切れたぞ!」
「それを言うなら堪忍袋――」
ベロニカのツッコミにも聞く耳持たず、遮るようにしてデンダは壺を構えていた。パカっとその蓋を開けると、ビュオオォォと猛烈な風が吹き始める。
それは恐るべき吸引力で、目の前にいるベロニカの魔力を吸い取っていた。
「何よこれ……、あたしの魔力が奪われてる!?」
「ぐはは! そうだ! お前の極上の素質をそっくりそのまま頂戴してやるのさ!」
ビュオオオオォォォ。
まるで台風の如く、立つのも大変なくらいの暴風に襲われる。このままでは本当にベロニカの中にある魔力が吸い尽くされるのも時間の問題だった。
「いや……、いやよ……、誰がアンタみたいなトカゲに魔力を……っ!」
強がりはするものの、ビュオオォ、ビュオオオォォという吸引力の前にベロニカの足はよろめいてしまう。
すかさず石畳の床に杖を立てて、ベロニカは必死に堪える。意地でも魔力を吸われるまいと全身に力を込めて踏ん張り、歯を食いしばっていた。
壺の吸引力の前では無駄な抵抗にも思われたが、そのとき奇妙なことが起こる。
シュウウゥゥゥ……。
ベロニカの中から魔力ではない何かが吸い出されていく。
それはデンダにも、ベロニカ自身にも何が起きているのかは分からなかった。
「おいおい、どうなってんだ? 女の身体が縮んでくじゃねえか」
「何よ、これ、あたしのカラダ、どうなっちゃってるの!?」
見る見るうちに、ベロニカの体が小さく縮んでいき、少女のようになっていく。
にわかには信じがたいが、吸引されていたのはどうやら年齢のようだ。
そんなものまで吸えてしまえたのはデンダにとっても予想外のことだったらしい。
「ち、力が、抜けてく……、も、もう、ダメ……」
とうとう堪えきれなくなってきたのか、小さなベロニカは膝から崩れ落ちる。
ドサっと床に倒れ込み、そのまま気を失ってしまう。
「おいおい、肝心の魔力の根源が吸えてねえじゃねえか! 余計なことを!」
壺の蓋を閉じ、デンダは不服そうにぼやく。思っていたよりも吸えた量が少なかったようだ。ベロニカの持つ素質を考えればもっと魔力を奪えたはずなのに、と言わんばかり。
かといって、このまま蓋を開けっ放しにもしていられなかった。
壺だって延々と吸い続けられないし、逆に口から魔力が漏れ出してしまう。
これまでずっとホムラの里からさらってきた人たちから奪い、貯めこんできた魔力をみすみす捨てるわけにもいかない。
デンダもここは渋々諦めるしかなかった。
「まだ足りないが、仕方ねえ。一旦は吸った分は寝かせておくか。おい、オメーら。その女、ベロニカといったか。奥の牢屋に閉じ込めておけ。絶対に逃がすなよ」
「アイアイサー!」
デンダの一言に、子分たちは二つ返事で気絶したベロニカを運び出す。
「まあいいさ、粗方の魔力は吸えたようだし、コイツはもう魔法は使えないだろう。あとでじっくりと極上の魔力を吸い尽くしてやる。ぐへへ……」
下品な笑みを浮かべ、ベロンベロンと長い舌なめずりをする。
牙の見え隠れする口元からは涎も垂れ流していた。
デンダの思い描く理想がどんなものかは定かではないが、その表情を見る限りでは下劣な野望であることは間違いなかった――……。