世界の中心にそびえ立つセントベレス山の頂上。そこには光の教団と呼ばれる組織の本拠地があった。信者たちは年々その数を増やし、ついには世界中に光の教団の布教の声が聞こえるようになってきていた。
しかし、その教えが全くのデタラメであることを知っていた者がいた。
その名はリュカ。彼は幼少期、光の教団の幹部らと運悪く接触し、セントベレス山の本拠地へ連れてこられ、実に十年以上奴隷として働かされてきた。
虐げられる日々の中、リュカは奴隷仲間たちの手を借り、セントベレス山から抜け出すことに成功する。
だが、それはリュカにとって、自由の始まりでもなければ不幸の終わりでもなかった。逃亡生活の中、かつての故郷を訪れたリュカは、父の遺言を目にし、いずれこの世界に誕生するであろう勇者を探すよう託されたのだ。
その日からリュカは伝説の勇者を探す旅が幕を開ける。
そうして旅の最中には紆余曲折もあり、リュカは道中で出会った幼なじみと結婚し、子供をもうける。ところが、ここにも光の教団の魔の手が伸びる。
教団の最高指揮官であるジャミに妻が攫われ、助けに向かうも、同じく教団幹部のゲマに阻害され、妻もろとも石像へと変えられてしまう。
それからまた十余年の歳月を経て、リュカは成長した実の子供たちに助けられるのだが、妻の石像は行方不明のままであった。
悲しみに暮れる暇すらリュカにはなく、愛すべき息子と娘と共に、また新たな旅へと繰り出していくのだった。
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セントベレス山の頂上に建てられた大神殿。そこはリュカにとっては忌まわしい光の教団の本拠地。かつて奴隷として虐げられてきた記憶の染みついている場所。
そこでリュカは光の教団の大教祖でもあるイブールと対峙していた。
「嘆かわしいものだ。実に嘆かわしい。わしはミルドラース様に命により長い間、勇者とその子孫を葬るよう努めてきた……それがこの結果か。どうしてわしの目の前には勇者がおるのだろうな。なんと、ざまあない。神のすじ書きで世界は回っているというわけ……か……」
最後まで恨み辛みを束ね、イブールはリュカたちの前で力尽きる。
終わった。やっと全てが終わった。そう、確信していた、そのときだ。
「ほっほっほ……実に、実に愉快な座興でしたね」
リュカにはその声に聞き覚えがあった。いや、むしろその声だけは決して忘れることができなかった。奴隷生活を送っていた間も、長い旅路を歩んでいた間も、悪夢のように離れなかったあの声。
そこに立っていたのは、かつて幼いリュカの目の前で父親を殺し、あまつさえ光の教団へと連れ去り、奴隷としての生活を強要した男、教団幹部のゲマだった。
「またお会いするとは思いませんでしたよ。あなたには随分と振り回されたような気がしますね。勇者の子孫と結婚し、勇者の子を誕生させてしまったリュカさん」
リュカの形相が強ばる。憎しみの心が増幅していくのをその身で感じていた。
目の前のゲマという男が耳障りな言葉を発する度に、身体が震えるほどだ。
「お、お父さん……」
その傍ら、娘のタバサは今まで見たこともない父の怒りの表情を見て、その胸中を察する。息子のレックスも普段温厚な父の豹変した様に感化されてしまうほど。
「大きく成長しましたね。それが勇者ですか」
下劣な瞳でゲマはリュカの息子、レックスを見下ろした。
そう、数奇な縁もあったものだ。リュカの幼なじみであり、妻でもある愛した女はずっとリュカが探し求めていた勇者の子孫だった。そして、リュカと妻の間に産まれた子供こそが、勇者そのものだったのだ。
「なんだよっ! 気持ち悪い目で僕を見るな!」
レックスが剣を振りかぶり、ゲマに斬りかかろうとした、そのときだ。
それが目に入ってしまう。
「ほっほっほ、あなたにコレが斬れますか?」
ゲマの前にあったのは――石像だった。
それもただの石像ではない。リュカの妻であり、タバサとレックスの母親でもある、今までずっと探してきたものだった。
「お、お母さん……?」
レックスには母親と会話した記憶も殆どない。何故なら自分が産まれて間もなく魔物に攫われ、石に変えられてしまったから。
だからレックスにとっての母親との記憶は一握りにも満たない僅かなものでしかない。それでも、レックスは目の前の石像を自分の母親だと直感で悟る。
そこで、レックスも、そしてリュカも気を取られてしまった。
無論、ゲマがその隙を逃すはずもない。
ゲマの口から赤い息が吐き出される。それは焼け付くような麻痺毒を持つ極めて有害なガスだった。前に躍り出ていたレックスもリュカも直撃してしまい、あえなくして全身に痺れが回り、身動きも取れなくなる。
「私は多くの失態を犯してきました。それはあなたたちを今日まで生かしてきてしまったことです。今度は石に変えるなどという生ぬるいことはいたしませんよ」
そういうと、ゲマは呪文を唱え始める。その呪文は火炎を司る魔法の中で最上位であるメラゾーマだった。
唱えた直後、爆炎のような赤い火柱が目の前に現れたかと思えば、次の瞬間には掻き消え、そして――――
「ぁ……、お父、さん……レックス……、ぁぁぁ……お母さんも……っ!」
唯一逃れられたのは足を止めていたタバサだけだった。
ゲマの手元にあったはずの石像も、足下に倒れていたはずの父も兄も、肉片すら残さず、全てが焼失してしまっていた。
唯一残っていたのは兄が装備していた武具だけ。
それが意味することを理解し、タバサは失禁。そしてその場にへたり込んで、尻餅をついてしまう。その目には戦意など失われてしまっていた。
家族全てを目の前で全て殺されてしまったその事実は、絶望という言葉すら生やさしく思えるほどだ。
「おやおや……家族で一緒にあの世にいけなくて残念でしたね」
ケタケタと笑うゲマがタバサに向かって歩み寄る。その状況にタバサは蛇に睨まれた蛙の如く、指一つすら動かせなかった。
「すぐにあなたも後を追ってもらいましょう――――と、言いたいところですが、それは実に面白くないのですよ」
ゲマの手がタバサに触れるかどうかのところで、ピタリと止まる。
「我らが魔界の神ミルドラース様は予言しました。それはこの光の教団が勇者によって滅ぼされると。まさに今、勇者の手でイブールは討たれ、予言の通り……」
クックックと笑う。
「ですが、それ以上の予言はありません。私には壊滅してしまったこの光の教団を復興しなければならない。これから先、勇者が生まれてこないようにするために」
タバサはゲマの意図することが汲み取れず、困惑を極めるばかりだ。
「あなたは自分が何者か知っていますね? そう、勇者の子孫。我々にとって脅威になり得る力を持つ存在。しかし、逆を言えば、その力を我が物にすれば最強の力を手にすることに等しい――――」
「わ……、私はあなたたちに協力なんて、しません……!」
震える唇で、タバサは怒りと口にする。目の前で両親と家族を殺されて手を貸すつもりなんて毛頭無い。それだったら、今この場で殺された方がマシだ。
少なくともタバサはそう思っていた。
「ほっほっほっ……、私はあなたの力さえ手に入ればそれでいい。なぁに、あなたにはあなたの父親と同じように奴隷となっていただくだけのこと。そこにあなたの意思を尊重する必要などないのですよ。ほっほっほっほっほっ」
不気味に高笑いする声は、タバサの耳について離れなくなるのだった。
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