この世には解明のできない事象が無数に存在する。まるでこの世の理から外れたかのような超常現象の数々。科学者の頭を悩ませるその奇妙奇天烈にして不可思議な現象は、実は神によりもたらされているものが多くを占める。
幽霊が存在しているのも神の仕業であり、宇宙人が存在しているのも神の仕業。
ルールを生み出すことこそ、神たるゆえん。
そして、そんな神のルールから外された者たちが存在していた。
それは事象を否定する者。様々な条件はあるが、大きな事故に遭ったり、命の危険に晒されたりしたとき、彼らは発現する。否定者と呼ばれる者たち。
例えば、死を否定し、死ぬことのできない不死。
例えば、運を否定し、触れたものに災いをもたらす不運。
何を否定するかは否定者によって異なる。少なくとも分かっていることは、否定者にはそういった特異な能力が付与され、発現する人間は神により選別されている。
ある意味で神の娯楽といってもいいだろう。
また、否定者の能力も大きく分類して、自身を対象にした自己対象、他人に干渉する他対象の二つに分かれ、そこからさらに強制発動型と任意発動型の二つに分かれている。
例えば、不死の否定者であれば自己対象であり、強制発動型。自分だけはどのようなことをしても死ぬことのない、強制的に再生し、死を否定する。
否定者が不可解な能力を発現されるタイミングは共通して、その者にとって最悪の状況下である。
――彼女、タチアナも人生において最悪の状況で能力が発現された。
タチアナが五歳の誕生日。両親に囲まれ、誕生日ケーキのロウソクを吹き消した瞬間に彼女の否定は発現した。吹き消されたのはロウソクの火だけではなかった。
食べるはずだったケーキも、彼女の家も、そして彼女の両親も吹き飛び消えた。
自己対象・強制発動型の不可触の否定者。触れることのできない領域を強制的に展開し、彼女への接触を否定する能力である。
幸せな誕生日は、その一瞬にして最悪の一日へと変貌した。
以降、タチアナは誰に触れることもできず、誰にも触れられることもできない。
服を着ることだって、ぬいぐるみを持つことだって叶わない体となったのだ。
自分が否定者になったことも理解できなかったタチアナはただただ逃げ惑った。誰にも助けてもらえず、両親を殺した事実からも逃げるように、遠くへ遠くへと何処までも逃げ続けていた。
しかし、何にも触れることのできない少女は当然、目立つ。そんな奇妙で不可思議な少女がいるともなれば目をつけるものも少なくはなかった。
あえなくして、タチアナはマフィアに捕らえられてしまったのも必然だったといえるだろう。自身に何が起こったのかも分からないまま、否定者という名の珍獣として闇オークションに掛けられるようになったのだった。
※ ※ ※
その会場に集まったのは表世界では名だたる面々、あるいは裏世界から出ることのできない闇の住民たち。法の裁きを潜り抜けてきた悪の巣窟ともいえた。
高級な服に身を包む下劣な彼らは一同にその舞台上に注目していた。
「さぁ本日の競売のメイン!! あらゆるものとの接触を否定するロシア少女の否定者でございます!!」
会場内がざわざわと盛り上がっていく。
舞台の上にあったのは、鉄の球体に閉じ込められた一人の少女。
そう、彼女こそタチアナだった。
ものに触れることも叶わないタチアナはやはり一糸まとわぬ格好で、鉄の檻の中から出ることはできなかった。食事の代わりなのか、点滴のような液体袋が近くに設置されており、チューブの先端は彼女の口元に繋がっていた。
「食事は専用のチューブで行わないといけませんがあらゆる汚れを外にはじくため観賞用には最適でございましょう!!」
タチアナの否定能力は彼女に触れることを否定する。厳密にいえば、肌や髪の上に不可触エリアを作るが、口を開けたときに限りエリアに穴が空くため、呼吸と食事だけは可能である。
明白なほど会場の熱気が上昇していくのは見てとれた。
服を着ることもできない少女の様は実に嗜虐的だったのか。
はたまた、わずかに宙に浮かぶ裸体の少女に神秘性を感じたのか。
悪趣味な客たちは興奮を覚え、猿みたく吼える。
「それでは一億からのスタートです」
司会から開始の合図が掛かると、一斉に声が飛び交ってくる。
「一億五千」
「六千」
「二億!!」
「さぁ二億でました。対抗は!!」
闇オークションは大盛況。誰にも触れることのできない哀れな少女タチアナは数億という価格で落札されていった。
※ ※ ※
※ ※
※
何処ぞの広大な山奥に敷地を持つ富豪の屋敷の中、彫刻や甲冑、絵画に宝石などが展示される部屋の片隅。一際大きな球体の水槽が鎮座していた。
中に水は入っていないが、代わりに裸の少女――タチアナが窮屈そうにふわりふわりと浮かんでいるのがよく見えた。
硬質ガラスでできた檻は道具ひとつ扱うことのできない彼女には破壊することはできず、そもそも触れることさえできないのだから、タチアナの裸体を鑑賞するにはこれ以上都合のいいものはなかった。
世界のどんなアクアリウムでも、こんなものが眺められる水槽もそうはない。
水槽の一部には酸素用、兼食事用の穴が空けられており、それ以外で彼女自身が外界と干渉できるものは何もなかった。
ただ、タチアナはそんな窮屈な環境でも少しずつ適応しつつあった。
闇オークションに掛けられた頃は死にたくて死にたくて仕方なく、命乞いならぬ死に乞いばかりしていたものだが、富豪の家に買い取られてからはそれなりに気楽には過ごせている。
裸を眺められることもさすがに慣れてきてはいたし、怪しい連中や組織から逃げまとう必要もない。食事に関しても注文すればある程度は融通も利く。
ちょっとわがままを言えばテレビも見せてもらえる。チャンネルや音量を自由に操作できない不便さも多少なりにあるが。
「タチアナちゃん、今日も元気かね」
「……まあまあよ」
身なりは良いが顔つきの下品な男がニヤついた眼差しでタチアナを眺める。
対するタチアナは機嫌を損ねない程度に返事をする。
彼こそがタチアナを買い取り、事実上飼い主という立場にある富豪だ。
「今日はうちの専属パティシエにマンゴーケーキを作ってもらったよ」
「ほ、本当に?」
タチアナの顔がパッと明るくなる。
富豪の男が合図を送ると、台車に乗せられた長いケーキが運ばれてきた。
タチアナ専用のロングケーキバーだ。
口以外に触れることができないため、必然とそのような形状となる。
ついでにいえば、マンゴー味のケーキはタチアナの好物でもあった。
「食べたければ、分かってるね」
「ぅん……、分かってるわよ、ご主人様」
男の含みのあるニヤつきに、ムッとした不機嫌そうな顔を見せると、タチアナは球体の水槽の中で体勢を変える。くるんと寝そべるように、富豪の男に向けて股間を突き出す格好になる。
当然、タチアナは一切の衣服を身に着けていないため、秘部も全て丸見えだ。
そして徐に、まだ幼い秘部にタチアナの細い指が這う。
一本筋の割れ目をなぞるようにして、指先が滑っていく。
「んっ……んんっ……」
そのくすぐったさに背筋にゾクゾクしたものを感じるタチアナだったが、男に見せつけるように体勢を上手く整える。何をしているのかは一目瞭然で、富豪の男にタチアナのオナニーを鑑賞させているだけだ。
この悪趣味な男は、彼女の願いを叶えるかわりに、こういった嗜虐的な要望を何度も投げかけていた。
「はふぅぅ……ん、ぅぅん……」
最初こそ意味が分からなくて、恥ずかしいだけの行為ではあったが、何度も繰り返すうちにその意味も理解し始めていた。
一糸まとわぬ少女が水槽の中で自慰に悶える光景はよほど愉快なのだろう。
ニヤついた男は感心深く、タチアナの行為を凝視する。
しばらくすると、ポツ、ポツ、ポツと小さな音が響いてくる。
雨粒がガラスを叩くような音だ。その正体はタチアナの秘部から分泌された愛液。
不可触の能力によって彼女の肌から離れたものもまたその対象となり、不可触エリアによって弾かれているのだ。
結果、彼女が感じればその愛液がガラスに飛び散ることになり、今のタチアナの状況が目で見ても分かりやすかった。富豪の男の視点からすれば、少女から飛び散った愛液が顔面に飛んできているようなものだ。もはや滑稽という言葉が相応しい。
硬質ガラスという隔てりがなければ、弾丸のような愛液に打たれていただろう。
「はぁ……はぁぁんっ」
ポツ、ポツ、ポツ。勢いよくガラスに愛液のしずくが散らされる。
しずく同士が集まり、玉になって下へと滴り落ちていく様は男を興奮させた。
「あ、あ、ぁ、あふぅ……」
ポツポツポツ、ザァッ。一瞬、雨のようにしずくが全方位に飛び散った。
愛液だけではない。どうやら全身から汗も大量に噴き出してきたらしい。
皮膚の表面ににじんだ程度の汗ではこうはならない。
それは、それだけタチアナが興奮を覚えていることも意味していた。
オナニーの意味すら知らなかった少女は、もはや他人に見せつけることへの興奮を覚え始めていた。まだ、愛玩動物としての自覚も持たないが、身体だけは順調に自分の手で開発を進められているのだ。
「ね、ねえ。このくらいでいいでしょ? ケーキちょうだいよ」
「そうだな。ごほうびだ。美味しく召し上がるといい」
はぁはぁと吐息を漏らすタチアナは踏みとどまるようにケーキを催促する。
男もそれに応じ、台車の上に並べられた特注ロングケーキバーを彼女の口に向かって差し出す。これもまた男にとっては愉快だった。自分の手から餌を受け取る小動物のように思えて愛くるしいとも思えていた。
まだ呼吸も整わないうちに、タチアナもモグモグとケーキをいただく。
そちらの方が主旨なのだと自分に言い聞かせるように。
実際のところ、これまでタチアナはまだオナニーで絶頂をしたことはない。
そんな知識もないし、そこに至ることに恐怖さえ覚えていた。
これ以上、自分の恥ずかしいところを弄り続けていたらどうにかなってしまいそうだと本能的に察し、理性がソレを踏みとどまらせていたのだ。
自分はあくまでお願いごとを聞いているだけであって、目的はケーキとか美味しいものをもらうため。自分のためにやっているわけではない。
タチアナもそこを譲りたくはなかった。
「ケーキ美味しかったわ。ありがとう、ご主人様」
「こちらこそありがとう、タチアナちゃん。またよろしく頼むよ」
ケーキを食べきるとタチアナは、とりあえずお礼を言う。不可触という忌まわしい否定能力を持つ自分にとって、普通の生活はできない。だからこそ少しでもまともに生活させてもらっている点については一応の感謝はしていた。
とはいえ、タチアナ自身、腑に落ちないところもあった。
いくら相互利益のためとはいえ、よく知らない男にあられもない姿を見せつけられるなんてそれまでの自分には考えられなかったことだ。
ケーキに釣られているにしても、さすがに違和感を覚える。
それもそのはずだった。
富豪の男もまた、不倫の否定者だったからだ。
道徳を否定する他対象・任意発動型。相手の持つ倫理観に干渉し、理性をなくさせることのできる否定者。
不倫とは、配偶者以外の男女が交際するような意味も持つが、人の道を外れた不道徳なことを意味する言葉でもある。
富豪にのし上がる過程で、人としての倫理を捨ててしまった結果、愛していた者を犠牲に発現された経緯を持つが、今に至ってはどうでもいいことだった。富豪の男にとって都合のいい能力でしかない。
彼は今も、少しずつタチアナの倫理観を否定し、人前でもオナニーができるくらいまでに理性を削っていた。今はまだタチアナ自身、ご褒美のために仕方なくやっている程度にしか思っていないが、既に男の毒牙は確実にタチアナを蝕んでいた。
ポツ。
ケーキを食べ終え、満足したはずのタチアナの水槽の壁に、一粒のしずくが打ち付けられる。タチアナは気付かないフリをしたが、男はニヤリと醜悪な笑みを晒した。
※ ※ ※
※ ※
※
「はぁー……♡ はぁー……♡」
タチアナが、自分の身体に異変を感じたのはついさっきのことだった。
ガラス壁には霧吹きをかけたみたいにしずくが玉になっている。
今は何もしていないのに、どういうわけか興奮が収まらない。
呼吸は荒くなる一方で息を整えようとしても、上手くできなかった。
彼女は不可触の否定者。何も触れることはできない。それは病原菌でさえ、彼女に近寄ることができないことと同義。もう長いこと裸で過ごしていたが、ここまで具合が悪くなったのも久しぶりのことだ。
じっとりとにじんだ汗は不可触エリアの外に弾かれて消えるが、内にこもる熱は消えてはくれない。赤らんだその顔は何処か色めいて見える。
「どうして……? 体が熱くてどうしようもない……」
火照った体を冷まそうにも、彼女は冷水を浴びることすらできない。
こうしている間にも体のあちこちにむずむずとした感覚が広がっていく。
触れると異様に敏感になっているのか、静電気が走っているようにも感じられた。
「ひぅっ♡ 意味が、分からないわ。私の体どうなって……」
特に意味もなく、タチアナは自分の体をまさぐる。
自分に触れることができるのは自分の手だけだ。
どうしたらいいのかも分からず、疼いた身体を自ら撫でまわす。
その要因となっていたのは、富豪の男が用意してきたロングケーキバーだ。
タチアナは気付かなかったが、あれには薬が仕込まれており、それを体内に取り込んだがため、ようやくそれが効いてきたのだ。
不可触は肌や髪のみ。例外として口を開いていれば不可触エリアにも穴が空く。
少女には少々用量の多い非合法な薬物は容赦なく身体を疼かせる。