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大きな荷物を両腕に抱えて桜はため息をついた。すっかり暗くなった道を並んで歩く奈月はどことなく寂しそうな顔をしている。
「ですから、何度も申し上げましたように、お買い物の際には車を使うのが宜しいかと」
外灯が等間隔に灯る路地を二人は歩いていた。今日は一緒に買い物に行こうと誘ったのは珍しく桜の方だった。いつもは誘われて出かけるのだが、今日は落ち込んでいる奈月の気分が少しでも良くなればと桜から誘ったのだ。
「こんなに近いのに?」
驚いたように目を丸くして奈月が言う。確かに地下鉄の駅から吉良瀬の屋敷までは歩いて数分ほどだ。いつもならばさして気にするような距離でもない。が、今日の桜は両腕いっぱいに荷物を抱えている。奈月に荷物持ちをさせるわけにはいかないと桜が言い張った結果だ。
「姫様にはご自由に出来る車がおありなのですから」
どうも奈月はあの豪邸に暮らしているという自覚がまるでないらしい。今でも調理人が止めるのも聞かずに平気で台所に立っていたりする。
「重森さんに運転をお願いしたら、水輝さんたちが困りますよね?」
「あの、ですね。運転手は何もあの方だけではありませんし」
そう告げてから桜ははたと気付いた。確かにあの屋敷にいる運転手らしい人間はあの年若い執事だけなのではないだろうか。そもそもあの屋敷の中で車を必要とする者はいない。何しろ彼らは揃って人間外だ。つまり、彼らはその気になれば簡単に空間を渡ることが出来るのだ。
「……そうですね。わたくしの失言でした」
しみじみとしたものを感じつつも桜は詫びた。腕いっぱいの荷物を抱え直して奈月に軽く頭を下げる。すると奈月は慌てたように首を振った。
「でも、桜さんにいつもこんなに荷物を持たせるわけには」
泣きそうな顔で奈月が桜の抱える荷物を引き取ろうとする。だがその気配を察して桜は奈月の手を避けた。にっこりと微笑んで大丈夫です、と告げる。
「それより姫様。天体望遠鏡などどうなさるのですか?」
奈月の買い物は猫の餌やら天体望遠鏡やらつば広の帽子やらと分野がばらばらだ。桜は腕に抱えた大きな箱を見つめてから奈月を見た。
「それで、星とか月とか見れるんですよね」
「はあ。箱に書かれていた説明や図を見る限りはそのようですが」
にっこりと笑った奈月に曖昧に答えてから桜は腕の中の箱にもう一度目を落とした。丁寧にラッピングされた箱にはご丁寧にリボンまでかけられている。特に頼みもしないのにわざわざ箱をプレゼント用に包装してくれたのは、恐らく奈月が一目で気に入ったからだろう。デパートの年若い男の店員のことを思い出して桜は鋭く舌打ちをした。人間風情が、と心の底で呟く。
「帽子は、重森さんに似合うと思いません?」
胸の前で手を組み合わせて奈月が嬉しそうに言う。桜は執事の容姿を思い浮かべて奈月の買った帽子を乗せてみた。確かにあの容姿なら奈月の選んだ帽子は似合いそうだ。が。
「何て勿体無い。あのような人間に姫様のお買い上げになられたものを被せるなど」
しかめ面で言ってから桜は頭の中から執事の姿を叩き出した。
「桜さん?」
穏やかに呼びかけつつも奈月の笑顔はとてつもなく冷ややかだ。桜ははっとして慌てて頭を下げた。
「し、失礼しました」
どうも奈月は桜が誰かを悪く言うのをよく思っていないらしい。そのことだけははっきりと桜も理解している。だが、その理由までは判らない。口では謝ることを覚えたが、やっぱり奈月がわざわざ人間風情を気にかける必要などどこにもないとしか思えないのだ。
「桜さん。わたし、ずっとあなたに言いたいことがあったんです」
真剣な面持ちで奈月が言う。桜は戸惑いつつも何でしょう、と訊ねた。暗い夜道を歩く人はおらず、周囲に建っている家からは夕食のいい香りが漂っている。
「わたしは、そんなに偉いんですか?」
感情のない声で奈月が問う。しばし迷ってから桜は正直に答えた。
「価値観はそれぞれでしょうが、わたくしにとってはそうですね」
全ての者に共通する価値観なら何の問題もないのだ。だがそれが違うから苛立ちや怒りを感じることになる。桜はため息を吐きながら言って屋敷の門の脇にある呼び鈴を押した。程なくインターフォンで執事が応答する。桜が名乗ると大きな門は自動的に開いた。広々とした庭を並んで歩く奈月は俯き加減になっている。
「桜さんは、こういう種に属するから偉いとか、そんな考え方をしますよね?」
「そうでしょうか?」
特に意識しなかったことを言われ、桜は首を傾げた。だが奈月が言うのならその通りなのだろう。桜はなるほど、と納得して頷いた。
「他人を無意識に見下してかかっているとか、そういうところがあるように見えるんです」
間違っていたらごめんなさい。申し訳なさそうに奈月がそう付け足す。桜はしばし考えを巡らせてからそうですか、と淡々と答えた。
「姫様が詫びられる必要などどこにもないではありませんか」
二人が玄関にたどり着いたところでタイミングよくドアが開く。内側からドアを開けた執事はお帰りなさいませ、と恭しく礼をした。会釈でそれに答えてから桜は奈月を促した。
「ただ今戻りました」
挨拶して奈月が頭を下げる。執事はにこやかに微笑んでお食事はどうされますか、と問うた。そういえば夕飯はまだだ。
ちょっと色々立て込んできたので、こちらの更新が遅れることがあるかも知れません。
出来上がってるものを分割しているだけなので、なるべく更新したいと思ってますが……もし遅くなってしまったらごめんなさい。