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「姫様。どうされますか?」
「まだ、話は終わってません」
真面目な面持ちで奈月が言う。判りました、と頷いてから桜は執事に告げた。
「お食事は後ほど頂きます」
「さようでございますか」
深々と頭を下げた執事に頷いて桜は二階に奈月を促した。まさか玄関先で話を続ける訳にはいかないだろう。そう告げると奈月は頷いた。
まず荷物を奈月のベッドに降ろしてから桜は言われるままにソファに腰掛けた。奈月が桜の正面に腰掛ける。
「桜さん。わたしは産まれた時、自分は人より劣った存在なんだと、そう思い込んでいました」
静かに奈月が言う。まさか、と笑おうとして桜は口をつぐんだ。奈月はどこまでも真剣な顔をしており、とても冗談を言っているようには思えない。それに奈月が誕生した経緯を考えればそれも仕方のないことなのかも知れない。
「そうじゃないと教えてくださったのは水輝さんです。人間でも、機械でも、龍神でも、どんな存在でも関係無い。わたしはわたしなんだと」
そう言って奈月がそっと胸に手を当てる。当時を懐かしむように少しの間だけ目を閉じてから奈月は言葉を継いだ。
「それでも、わたしに至らないところがあるのは判っています。皆が感じることができる心の痛みを、わたしに感じる能力が無いために、不快な思いをさせたこともあります」
苦しそうに顔を歪めて奈月が胸の前で手を握る。感情に震える声を聞いた桜は黙ったままでいた。
「わかっていても、どうすることもできませんでした。努力しても、どうしても理解できないんです。だから、属する種によって越えられない壁があることはわかっています」
奈月を作る時、立城が何を考えていたのかは正直に言えば桜にもはっきりとは判らない。奈月はかつてとある女性の身代わりとして作られた。そして周囲にいた者に苛められ、蔑まれた。だがそんなある日、奈月は水輝と出会った。彼らはまるで決められていたかのように恋におちた。
一度だけ桜は立城に訊ねたことがある。何故、奈月を作ったのかと。当時の桜はまだ今のような感情はなく、ただ純粋に疑問に感じたのだ。どうしてわざと彼女の感情は欠けさせられているのだろうか。そして何故、それをわざわざ立城が作らなければならなかったのか。
訊ねた桜に立城は微笑みを浮かべて言った。それが唯一、これからの彼に必要なものなのだと。
「でも、その属する種に上下があるということに、どうしても納得がいかないんです。桜さんは無意識に龍神が一番偉くて、使い魔は無条件に龍神に仕える者で、ハンターさんや人はそれよりも劣るものだと考えていませんか?」
確かに桜は奈月を脅かす可能性のあるものを全て見下して罵る。それは桜も自覚している。桜は真剣な目をしている奈月をしばし見つめてからため息を吐いた。
「判りました。正直に申し上げます」
静かに告げてから桜は真っ直ぐに奈月を見つめた。
「確かにわたくしはたかが使い魔、たかがハンター、たかが人間と申します。ですが」
そこで深く息を吸ってから桜はきっぱりと告げた。
「それはたまたまこれまで龍神の誰かが姫様に害を為そうとしていないというだけの話。もしもそんな輩がいれば、わたくしはたかが龍神と貶すことでしょう」
そう言った桜の言葉には何のためらいもなかった。さらりと言った桜を奈月が困惑した目で見る。ああ、と苦笑して桜は言い直した。
「姫様に仇なすものであれば『たかが』人間、『たかが』使い魔、『たかが』ハンターで『たかが』龍神です。もしも世界が姫様を害するなら、それですら『たかが』世界ですね」
すらすらと言ってから桜は軽く咳払いをした。
「種の優劣などわたくしにとってはどうでもいいことです。姫様に仇をなすものは全て敵、わたくしにとってはごみ同然ですから」
あの頃、立城の言ったことを桜はずっと考え続けた。言葉の裏側にきっと意味があるのだろうと感じることは出来た。だが、どれだけ考えても立城の真意はつかめなかった。
だが今なら少し判るような気がする。唯一無二の存在。つまりそれは他では替えが利かないもの、という意味なのではないだろうか。
「桜さん! ごめんなさい。やっぱり、わたしの勘違いだったんですね」
慌てたように言って奈月が頭を下げる。桜は困った顔をして首を横に振った。
「ですから詫びられる必要などどこにもないのです。確かにわたくしのこれまでの言動を考えるとそう思われても仕方がないのですから」
そう告げて桜は微笑みを浮かべた。すっかり恐縮したように奈月が身を縮こまらせている。桜は困って姫様、と小声で呼びかけた。
「言葉って、難しいですから。誤解してしまいますよね。わたしにとって水輝さんが何よりも大切なように、桜さんにとってわたしが大切だと、そうなんですよね?」
「はい」
素直に頷いてから桜は首を傾げた。何故かは判らないが急に恥ずかしいような変な気分になる。しばしお待ちを、と慌てて言ってから桜は急に強く脈打ち始めた胸を押さえた。何故、唐突に動悸が速くなるのだろう。それによくは判らないが酷く身体が熱っぽい。
「わたし凄く、嬉しいです」
勢いよく立ち上がった奈月がテーブルを回りこんで桜に抱きつく。その瞬間、桜は真っ赤になって硬直した。しばし抱きついてから奈月が不思議そうに目を上げる。桜はぎこちなく奈月の肩に手を乗せた。
エピソードとしては続いてるのですが、このあたりが丁度いいので切りました。