エロシーンはありません。事後ですすみません。
何で、と呟いて呻く呉羽を横目に順は天井に向かって煙を吐き出した。唇をすぼめて細く吐いた煙が暗い天井に向かって昇る。
「何でこうなるのよお!」
「いやまあ、後で悔いると書いて後悔って読むものなんだけどね」
淡々と答えて順は唇に煙草を挟み直した。仰向けで横たわる順の横で呉羽はうつ伏せになって肩を震わせている。枕に突っ伏した呉羽の肩は剥き出しのままだ。何も身に着けずに横たわっている呉羽と自分とを見比べてから順はやれやれと笑った。
順の許に電話が入ったのは夕方だった。丁度いいからついでに食事でもどう、という順の誘い文句に珍しく呉羽は乗ってきた。一緒に食事を取った後に順はこのホテルに呉羽を連れ込んだのだ。もちろん、通常なら呉羽は絶対にこんなところには来なかっただろう。順はあらかじめ呉羽の食事にだけ特殊な薬物を盛ったのだ。
人間の酔っ払いとほぼ同等の反応を示した呉羽を連れた順を誰も疑わなかった。レストランの店員も苦笑して順に同情していたくらいだ。よろけてまともに歩けないでいた呉羽を抱えるようにして歩き、順はさっさとホテル街に向かった。そこでホテルに入るかと訊いたら呉羽は上機嫌で同意したのだ。順は怒りに震える呉羽に経緯を淡々と説明した。
「んだからあ。オレに非はないと思う訳よ」
「薬盛った時点でありまくりでしょうが!」
「あれえ?」
勢いよく言い返して顔を上げた呉羽を横目に見つつ順はへらへらと笑った。だがどれだけ呉羽が悔しがっても時既に遅し。事は終えた後だ。
「人が心配してたって言うのに!」
「へえ。心配なんてしてくれたんだ?」
人の悪い笑みを浮かべて順は呉羽の顔を覗き込んだ。すると呉羽がまともに言葉に詰まる。順は煙草を指に挟んで寝返りを打った。呉羽と同じようにうつ伏せになってから枕元の灰皿に煙草をねじ込む。
順の選んだホテルは周辺のホテルに比べてやけに寂れていた。暗い室内に点灯するライトは古くなっているのか時折、明滅する。赤を基調にした部屋の内装はこの手のホテルで一昔前に流行ったものだ。硝子の灰皿は磨きが甘く曇っている。枕元にあるラジオ放送などを聴くためのシステムは壊れているのか、幾らダイアルを調整しても雑音の入るAMラジオ放送しか聴けない。一体、いつの時代のものなのか、部屋の隅に設えられたテレビはやけに大きい割に画面部分が小さく、観ることの出来る番組はごく限られている。
ルームサービスはインスタント食品のみ、辛うじて冷蔵庫はついているが中には何も入っていない。どうやら食品の類は客が自分で持ち込めということらしい。ベッドの脇のテーブルからくたびれたルームサービスのメニューを取り上げた順は苦笑した。これでは客は呼び込めない。恐らくホテルの経営者もさほどやる気はないのだろう。
「べっ、別に心配なんてしてないねっ」
さっきとは全く逆のことを言って呉羽が背を向ける。順はおやおやと笑ってメニューをテーブルに戻し、ころんと寝返りを打った。呉羽の肌は以前よりずっと綺麗になっている。元々、色の白い方だったが黒子などが全くなくなっているのだ。順は白い呉羽の背中に唇を寄せた。慌てたように振り返った呉羽が小さく呻いて顔をしかめる。
「あれ? まだ痛い?」
呉羽の処女膜はしっかりと元通りになっていた。恐らく初めて順と交わった時以来、呉羽は他の誰とも性交していなかったのだ。順はにやにやと笑いながら呉羽の肩をするりと撫でた。転がっていた毛布を引き寄せて胸を隠した呉羽が荒い声を放つ。
「煩い!」
「そんな、むきになって怒らなくてもいいじゃん? 龍神のセックスなんて食事と大差ないんだしさあ」
頭をかきながら身を起こして順はまじまじと呉羽を見つめた。
あの日、順の右目の役目をしていた水輝の力の塊を埋め込まれた時から呉羽は人ではなくなった。ヒューマノイドにもならない。だが人を超える時間を生きたい。しかも若さを保ったままで。そんな呉羽の願いをかなえる方法は一つしかなかった。だから順は使い魔として生きられるように呉羽の肉体の構造そのものを変えてしまったのだ。
それっきり呉羽とは会っていなかった。だがどうやら呉羽は問題なく使い魔として定着したようだ。そのことに順は内心ではほっとしていた。水輝の力だから失敗はしないだろうと思ってはいたが、万が一ということがある。
「誰もセックス自体が嫌とは言ってないよ。あんたとするのが嫌だって言ってるんだ」
厳しい口調で言って呉羽がそっぽを向く。だがまだろくに動ける状態ではないのだろう。順の傍から逃げようとはしない。美しい肢体をまじまじと眺めながら順は苦笑した。
「邪険にしないでよぉ。これでも結構傷つくんだよぉ?」
情けない声で言った順を呉羽が鋭い目で睨む。順は困った顔をわざとしてみせた。だが呉羽にその手が通用しないことはよく知っている。順の思った通り、呉羽は嫌そうに舌打ちをしてまた背を向けてしまう。
盛られた薬に完全に囚われた呉羽は驚くほどに乱れた。いつもは厳しい言葉しか吐かない唇で甘く鳴いていたことを思い出して順は笑みを浮かべた。気配を察したのだろう。呉羽が嫌そうに肩越しに順を見る。
「あんたの気楽そうなとこは相変わらずね」
「キミだって相変わらずっしょ」
折角、使い魔にしたげたのに何してるのさ。ぼやくように言った順をしばし睨むように見てから呉羽がため息を吐く。
「私は誰の使い魔なんだろうね?」
そう言ってから呉羽がゆらりと身を起こす。相当に痛むのだろう。少し動くたびに呉羽は眉を寄せて顔をしかめる。だが痛いとは言わない。そんな呉羽の強情さに苦笑して順はそっと呉羽の背に手を当てた。戸惑った顔をする呉羽に何もしないから、と笑みかけて順は呉羽を片腕に抱いた。それまで緊張に身体を強張らせていた呉羽が恐る恐るの態で力を抜く。
呉羽の髪は薄紅色をしている。瞳も揃いの色だ。順はしっかりと呉羽を支えて軽く笑った。
「いーじゃん、そんなのどうでもさ。使い魔になったってことは呉羽ちゃんの願いはかなったんだしさあ」
優一郎に付き合うために人を超えた命の長さを呉羽は望んだ。その願いは今のところ叶えられている。だからいいだろう、と笑った順を呉羽が上目遣いに見てため息を吐く。
「あんたは良くてもねえ……」
額を押さえて疲れたように言って呉羽が肩を落とす。いつも気丈な様を見せている呉羽にしてはやけに弱気だ。困ったねえ、と笑って順は呉羽の胸から腿までを隠していた毛布を無造作に剥がした。慌てたように呉羽が順の腕から逃れようとする。だが身体が思うように動かないのだろう。呉羽は順の腕の中で身を捩っただけだ。順はその隙にさっさと呉羽の乳房に手を伸ばした。
「ちょっと、何もしないって言ったでしょ!?」
「気が変わったんだもん」
わざと拗ねたように言ってから順はやんわりと呉羽の胸を愛撫し始めた。嫌そうに顔をしかめて呉羽が順の手を押し退ける。えー、と不服の声を上げて順は唇を尖らせた。呉羽の身体は間近に見てもとても美しい。極端に乳房が大きかったり、腰周りが異様に細いという訳ではない。ひと言で言えば均整がとれた身体なのだ。
順の気まぐれに付き合わされる呉羽が愉快です。