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「それで? 訊きたいことは何なの?」
穏やかな声で問われて佑ははっと我に返った。そう、思い出話をするために自分はここに来たのではない。渚に訊きたいことがあったのだ。
「水輝さんの思考を読まれたんですよね? あの……立城さんに関することは本当ですか?」
「その前に一つ、確かめたいことがあるの」
すかさずそう切り返して渚が人差し指を立ててみせる。逸る心を抑えて佑は笑顔でなんでしょうと訊ねた。
「あなたには立城さんの声が聞こえているの?」
すらりと切り込まれて佑は僅かに目を見張った。だが渚に隠し事など出来るとも思えない。渚は闇に潜んだあらゆる事象を明らかにする者、金龍神なのだ。それは同時に秘めた事を暴くという意味でもある。
「はい」
ここ数日のことだ。佑は訥々とした話し方で説明を始めた。最初は空耳かとも考えた。だが聞こえる立城の声は日に日にはっきりとしてきている。
「それに、記憶はあやふやなんですけど、依代になった可能性があります。それ以前に、今のわたしという存在は立城さんによって計画的に育てられたこともはっきりしてますし」
佑はため息混じりにそう告げた。自然と自嘲気味の笑みが浮かぶ。結局のところ、どんなに自分が水輝を好いているとしても、それは最初から定められた計画をなぞっているに過ぎないのではないか。立城の声を聞く以前から佑はそう思い悩んでいたのだ。
「なるほどね」
口許に手を当てて渚が呟く。佑は伏せていた目を上げてぼんやりと渚を見た。恐らく渚もあの声を聞いたのだろう。なのに渚はあくまでも毅然としていて、その態度に揺らぎはない。
「つまりはあなただけではなく、私も含めて水輝の周辺にいる者はあの人の手の上にいるということかしら」
まあ、それでなくても色んな術を残しているみたいだけど。渚は少しだけ眉を寄せてぼやくように続けた。
「掌の上というならばそうなのかもしれません。でも、完全に定められた役割をこなしているというのではなく、わたしたちの主体的な行動に対して掌のほうが動いていると考えたほうが正しいと思います」
自然と厳しい表情になって佑はそう告げた。かつて立城の掌の上に居るに過ぎないと思っていたあの頃のことを思い出す。水輝に散らされる前の立城はやはり今と同じような事を幾つも仕掛けていたのではないだろうか。立城は決して相手の行動を束縛するようなことはしてはいない。立城の思惑通りに事が動くとしたらそれは、動かされている側の思考や行動パターンが完全に読まれているということだ。
だから気になる。渚の言ったことがもしも本当だとしたら。
「あの人も本当に」
そこまで言って渚が眉間に皺を寄せてため息を吐く。ろくでもないわね、と囁いた渚の顔には悲しみか怒りか判別のしにくい表情が浮かんでいた。
「だから、わたしは逆らわないことにしたんです。仕組まれたことなら仕組まれたとおりに行動しようと。早く役割を果たしてしまって束縛から逃れようと」
水輝は君のものではないよ。
最初に聞こえた立城の言葉を思い出して佑は膝の上の手を握りしめた。渚は静かにそんな佑を見つめてからため息を吐いた。
「そう。だからかしら」
足を組み合わせて横を向いた渚を佑は困惑した目で見た。渚の目はどこか遠くを見つめている。
「わたしがこう考えることも、仕組まれていたというか予測の範囲内だったみたいですけど。渚さん、今のわたしって巫女になっていますよね?」
「そうね」
横目に佑を見て渚があっさりと頷く。佑は手をかたく握り締めて唇を引き結んだ。だからこそ早く立城が戻れるように動く必要がある。そうすれば。
そこまで考えて佑は目を閉じた。そうすればこの立場から逃れられる。かつて母と慕った由梨佳が自分を総一郎の代替品として見ていた時、他の多くの人間に総一郎と同じものを求められた時、あの時の辛く切ない気持ちが蘇る。水輝は結局、自分の中に立城を捜し求めているに過ぎないのではないか。そう思うたびに佑は深い悲しみに囚われるのだ。
ふと、渚が小さく笑う。正面を向いて佑を見つめた渚は酷く冷たい笑みを浮かべていた。
「私、今でもあなたは信用していないわ」
さらりと言って渚はにっこりと笑った。温度のない笑みを受けた佑は戸惑いの表情になった。
「それだけの事をしましたから。当然ですよね。今だって、巫女の属性を得るために無茶をしましたし」
自嘲をこめて呟いて佑は深くため息を吐いた。標としての力を手に入れればあらゆる事柄がはっきり見えてくるのではないか。そうすれば水輝の望むものがはっきりと判るのではないか。結果的に水輝の望むものは見えたが、それは佑があらかじめ考えていた答えをなぞったに過ぎなかった。
「あなたがどんな経緯で標の力を得たとしても、そんなことは些細な……どうでもいいことよ。そのためにあなたの器に負担がかかっても、水輝が体力を消耗しても、やっぱりそんなことはどうでもいいことなのよ」
腕組みをして渚は深くソファに寄りかかった。不思議とそんな格好をすると渚は水輝によく似て見える。
「私は言わなかったかしら。中途半端に想うくらいなら最初から触らないで。迷うくらいなら目を合わせないでって」
あなたみたいなのが一番迷惑よ。あの時と同じ鋭い目をして渚が吐き捨てる。それを聞いた佑は絶句して目を見張った。嫌そうにため息を吐いた渚がそっぽを向く。佑はのろのろと視線を落としてテーブルの上に乗ったティカップを眺めた。
「わかってるんです! わかってるから急いでいるんです。わたし、水輝さんが好きです。以前は、どうしてか無条件に信じられる兄のような存在として水輝さんを見ていました。その気持ちの中に信頼はあってもいわゆる恋愛感情はありませんでした」
そこまで言って佑は顔を上げた。渚は厳しい顔で横目に佑を見ている。
「いつからか、その感情が恋愛感情に少しずつすりかわっていったんです。不自然なかたちで。中途半端に想うなって言われて辞められるなら辞めてます。だって、わたし、多輝のほうが好きだから、今でも、水輝さんよりも多輝のほうが大切だから」
切羽詰った表情で言ってから佑は唇を引き結んだ。こみ上げてきた涙が目に浮かぶ。懸命に泣くのを堪える佑を渚は感慨のない目で見つめ、次いで深いため息を吐いた。
渚は基本的に素直じゃないので。