話の途中でTSします。あ、でもエロはないです。
「取りとめのない話をしてしまったわね」
呟くように告げて渚が立ち上がる。渚はインターフォンで道代に茶を注文してから席に戻った。佑は握っていたハンカチをそっとテーブルに戻して深々とため息を吐いた。
「多輝と交わって、あなたと話したせいで、術が綻びてしまったみたいです。意識が完全に戻ってしまった」
苦笑して佑は首を傾げてみせた。渚が感慨のない目で佑を見つめる。
「身体まで戻ると約違いになってしまうので、ここで術のかけなおしを行ってかまいませんか?」
「お茶を飲んでからにしたら?」
何でもないことのように言ってから渚が振り返る。ちょうどタイミングを見計らっていたようにドアがノックされる。渚の返事を受けて道代が静かに入室してくる。道代は恭しく礼をしてまずは佑の前にあったカップをトレイに乗せた。半分ほど飲んだところで放置されていた茶の代わりに新しく熱い紅茶の満ちたカップを置かれる。次いで道代は渚にも茶を出してから静かに部屋を出て行った。
「一つ、勘違いをしていると思うから伝えておくわ」
ティカップを静かに取り上げて渚が言う。佑は不思議に思って渚を見つめた。渚は相変わらず寂しそうな顔をしている。
「あの子は立城さんに会いたくて冥界を探していた訳じゃないわよ。魂を見つけたら二度と地上に戻ることのないように鍵をかけるつもりだったのよ」
淡々と告げてから渚が紅茶に息を吹きかける。佑はカップを取ろうとしていた手を止めて目を見張った。
「水輝さんの為そうとしていることと、僕に半強制的に与えられた標としての役割は相容れないのかもしれませんね。でも、僕は標としての役割を果たさなければなりません」
「……私、やっぱりあなたを信用出来ないわ」
目を細めて言ってから渚がそれっきり黙りこむ。佑はため息を吐いてカップを取り上げた。淹れたての紅茶を静かに啜る。仄かに漂う花の香りに佑は苦笑した。懐かしいラベンダーの香りだ。
「ですけど、立城さんは死んだわけじゃありませんし、復活までに封じる手段はありません。水輝さんの行動が全くの無駄だと知ってて告げないあなたも同類だと思いますけど」
苦笑した佑を少しの間見つめ、渚は目を伏せた。
「私にあの子を止める術も手立てもないわ。それにどうせあなたもあの子の手を離すのだから、私の事など気にする必要はないでしょう?」
今の渚の思惟はぴったりと閉じていて何を考えているのかを読むことは出来ない。だが流れてくる気配は寂しさに満ちている。
「僕には水輝さんは、立城さんを求めてやまないようにしか見えませんでした。あなたの言を疑うわけではありませんが、水輝さんがどうして立城さんを封じようとしているのか、理由はなんなのですか?」
「二度と殺さないためよ」
きっぱりと言い切ってから渚は冷めた笑みを口許に浮かべた。横目に佑を見つめて渚が微かに嗤う。その嗤い方は酷く不気味で、なのに水輝に妙に似て見える。
「水輝はあなたが多輝さんを誰よりも好きだってことを知っているわよ。それにあなたが早くこの立場から逃れたいと思っていることもね」
だが水輝には佑の胎にある珠を殺すことは出来ない。結局は矛盾しているのだと渚は続けた。
「僕は水輝さんのことがとても好きですよ。もし多輝が居なかったら、迷わず水輝さんを支え続ける道を選んだでしょう」
立城さんにとって、多輝と僕の絆は計算外だったところがあるみたいですね。そう続けて佑は手の中にしっかりとカップを包み込んだ。薄い白磁のカップを通して紅茶の熱が手に伝わってくる。
「判ったわ」
カップをテーブルに戻して渚が立ち上がる。何をするのかと驚きに目を見張った佑の目の前で渚は手の中に金色の宝珠を寄せた。金宝珠をつかんだ渚が右手を軽く振る。すると宝珠は瞬く間に長い金色の鞭と化した。
「私はあなたに特別な感情も抱いていないし、立城さんについてもそう。水輝が出来ないなら私がやるわ」
そう言って渚が右手を振るう。唖然としていた佑の傍を鞭がしなって過ぎる。その瞬間に佑の腰掛ていたソファはまるで断ち切られたように半分に裂けた。
「いったいどうなさる気ですか?」
辛うじて零れなかった紅茶の入ったカップをテーブルに戻して佑は真っ直ぐに渚を見上げた。右手に鞭を握った渚がほんの僅か、顔を曇らせる。だがすぐに渚は冷ややかな表情に戻った。
「彼を殺すわ。簡単でしょう? 今はただの珠だもの」
再び渚が鞭を振るう。反射的に屈んだ佑の髪の先端を鞭が舐める。その瞬間に佑の髪の先端は断ち切られて宙を舞った。
「落ち着いてください。あなたって本当に水輝さんにそっくりですね」
っていうか逆なのか。そう言いながら佑は素早く立ち上がって後方に飛んだ。佑の居た場所を容赦のない速度で鞭が過ぎる。
「私が似ているのは当然よ。私はあの子の分身なんだもの」
そう答えて渚が一足飛びにテーブルを超える。佑は床に転がって渚の鞭を何とか避けた。床についた手で反動をつけて身を起こす。その場に襲い掛かった鞭を見据えて佑はその先端をつかみ取った。
「違います。あなたは、今の水輝さんの雛型だったんです。今の水輝さんを形成するための、本当の意味での標として用意されたんですね」
「性格はね」
二人の間で鞭が張りつめる。互いに鞭を引き合った後、渚は唐突に床を蹴った。鞭が緩んだ拍子によろけた佑のわき腹に渚が膝蹴りを入れる。防御が遅れてまともに打撃を食らった佑は壁に突っ込んだ。辛うじて受身を取った佑の手から鞭が抜ける。わき腹を押さえて痛みを堪えつつ佑はその場に立ち上がった。
「こんな戦いは不毛ですから、ちょっと待ってください。珠を出しますから」
壊してどうにかなると思うなら、いや、壊せると思うのならお好きにどうぞ。そう言いながら佑は下腹部に手をあてがった。狙いをつけて潜らせた指に小さな珠が触れる。
不意に佑の耳に聞き慣れた声が聞こえてくる。やれやれ、と声が呟いた拍子に佑の手は下腹部から弾き出された。驚きに目を見張った佑の傍を鞭が過ぎる。佑は慌てて渚に待つようにと告げた。鞭を引き戻した渚がふん、と鼻で笑う。
即、暴力になるのが渚。