「多輝。こんにちは」
そう言って佑はにっこりと嗤った。驚きの声を上げた多輝が慌てたように耳掻きを放り出す。
「え? な、何だここ」
焦ったように言った多輝が佑を見つめる。その顔が少し曇る。
「今朝の事で話があるの、わたしが水輝さんの妻だってことは、わかってるわよね?」
「あ、ああ」
嗤って言った佑に多輝が戸惑ったような声を返す。振り返って渚と水輝とを見た多輝がのろのろと佑に目を戻す。何事かを言いたそうにしてはいたが、多輝は黙っていた。
「多輝。あなた、わたしのこと好き?」
「えっ」
何で急に、と呟いて多輝が慌てたように背後を見る。だが水輝に抱きついた渚は冷めた目で多輝を見ているだけだ。水輝の方は目を細めてじっと多輝と佑を見つめている。そんな二人の反応を確認した多輝が恐る恐る佑に目を戻す。
「えーと、好きだけど……」
考えるような顔で言ってから多輝が困ったように頭をかく。
「だったら、お願いがあるの」
くすくすと笑いながら佑は一歩、前に出た。戸惑ったような顔をしていた多輝がふと暗い表情になる。
「わたしのために、死んでちょうだい!」
佑はそう叫んで手の中に青い短刀を現した。驚愕に息を飲む多輝に踏み込んで短刀を振るう。だがその刃は多輝の胸に届く前に止まった。多輝が素早く伸ばした手で直接に刃を受け止めたのだ。
「……ふうん。まあ、別におれが死ぬのはいいけど」
ぼんやりと青い短刀を見下ろして多輝が呟くように言う。多輝は手のひらに直に刃を受け止めていた。短刀の刺さった手のひらから大量の血が流れている。
「殺す気ならあの時に止めなきゃいいものを」
ため息を吐いて多輝が手を振る。その拍子に佑の手からは短刀が抜けた。多輝は舌打ちをして手から短刀を抜き、それを佑に向かって放った。
「あの時とは事情が変わったのよ。あなたを殺しでもしないと、渚さんを信用させるのは無理そうだし、それに」
おじさまの復活を阻止するなら、どっちみちあなたには死んでもらわなければならないわ。そう続けて佑は床に転がった短刀を拾い上げた。
「あら。私はあなたが多輝さんを殺しても信用なんてしないわよ」
ごく当り前のように言って渚が肩越しに振り返る。それから渚はどうするの、と水輝に語りかけた。水輝が深々とため息を吐いて歩き出す。水輝は真っ先に多輝の手を取った。傷ついた手を両手に包んで何事かを呟く。すると見る間に多輝の傷は癒えた。次いで、水輝は短刀を握っている佑を見た。
「だから、おれはお前に負担をかけるつもりはないって言ったろ」
疲れたように呟いて水輝が佑の短刀を取り上げる。短刀は水輝の手の中であっけなく元の青宝珠に戻った。
「負担なんかじゃないわ! わたしは水輝さんを誰よりも愛しているもの! わたしは水輝さんの望みを叶えなければいけないもの! わたしは……!」
「刷り込みじゃないかしら。それ」
悲鳴じみた佑の叫びに渚が言葉を返す。
「愛しているというのはともかく、誰がそうしなきゃいけないと決めたの?」
そう言いながら渚が静かに水輝に寄る。水輝がつかんでいた青宝珠を取り上げて渚はそれを佑の手に押し付けた。
「だって、おじさまが、そう言って……」
そこまで言って佑は頭を押さえて首を横に振った。違う。言われたからそう思うのではない。だがそう考える佑の頭の片隅に穏やかな立城の声が蘇る。
「……なあ。何となく判ってきたけど、もしかして話題にされてるのって立城か?」
それまで沈黙していた多輝が眉を寄せて話に割り込む。佑は床に転がった青宝珠をつかんで器の中に戻した。
「わたしがおじさまって言ったら、それ以外にいないでしょ? あなただって、うちに何度も遊びに来てたじゃない?」
「そんな記憶は知らん」
きっぱりと言い切ってから多輝は天井を仰いで頭をかいた。だがすぐに手が血で汚れていることを思い出したのだろう。うわ、と呟いて頭から手を離す。
「あのさあ。複雑な事情とかはよく判らねえし、何がどうなってるのかってのもさっぱりだけど」
そこまで言ってから多輝は三人の顔を順繰りに見た。最後に佑を見てからため息を吐く。
「おれを殺すのは別に構わないんだけどな。あいつ、その程度じゃ諦めないと思うぞ」
淡々と告げて多輝が頷いてみせる。その横で水輝が深々とため息を吐き、渚がしみじみと頷く。
「ええ。もちろん、おじさまの計画を狂わせるのにはそれだけでは全然足りないわ。わたしも無理だと思ってた。だけど、渚さんがヒントをくれたのよ」
「ああ、次々に殺すというあれ?」
先ほどまでとは異なり、渚が酷くあっけらかんと言う。すると水輝がお前はまた、と厭そうに呻く。
「いいえ、それではだめなの。でも、その逆をすればいいのよ。わたしを殺すのは最後。その前に、おじさまの張った罠を形成する存在を殺せばいい」
多輝、斎姫、宇田川さん、桜さん、奈月さん。そう言いながら佑は指折って数えた。
「これだけ排除してからわたしを殺せば、さすがにいくらおじさまでも復活することはできないわ!」
そう宣言して佑は高笑いをした。だが目の前にいる三人の顔色がやけに冴えない。怪訝に思いながら佑はどうしたのかと訊ねてみた。
佑はやると言ったらやるんですよね……。性格的に……。