ヤバいのが登場しました。
「優くん……これで?」
不安そうに斎姫が言う。斎姫は困惑したように周辺を見回している。どうやら斎姫には常に優一郎の声が聞こえていたようだ。
「斎姫、済まない」
短く詫びて佑がベッドの呉羽に向き直る。その声を聞いて水輝はぴくりと眉を上げた。さっきまでとは佑の纏う雰囲気が変わっている。
「き、気持ち悪い……」
呻き混じりに言って多輝が追い払うように順に手を振る。えー、と不服の声を上げてテーブルに身を乗り出し、順はねちねちと多輝を苛めている。相性が悪いんだな、と呟いて水輝はベッドに向かった。検分するように呉羽の身体に手をかざす佑に声をかける。
「どうだ? 何とかなりそうか?」
「巧妙な攻撃を受けています。この肉の器は諦めなければならないでしょうね。宿体の再構成が可能なほど本人に力はありませんから。仮宿を用意します」
神妙な面持ちで言って佑が顔を上げる。そこで今度は順が声を上げた。
「えっ。それってヒューマノイド? 呉羽ちゃん、それはヤだってゆってたんだけどなあ……」
ぼやくように言葉尻を濁して順が頭をかく。順にしても呉羽がここまで攻撃を受けるのは計算外だったのだろう。ふむ、と呟いて水輝は再度、呉羽に目を戻した。
「中途半端に使い魔にしようとするからこうなるんだ。どうせやるなら徹底的にやれ」
そう言ってから水輝は順を振り返った。えー、と不満を漏らした順はだが、言葉を続けることが出来なかったのか唇を尖らせて黙る。
「以前にこの叔母も適性検査を受けています。よほど信頼している相手がマスターにならなければ、機体に適合しないという結果が出ています。だからあくまで仮宿です。宿体の構成が可能な程度に力を回復するまでなら、なんとか保つでしょう」
淡々と語って佑が順を振り返る。判ったよもう、と呟いて順は頭をかいた。観念したのか、順はお願いします、と素直に言って頭を下げた。正面に座っていた多輝がそんな順を見て仰天したように目を見張る。だがすぐにまた多輝は口許を押さえて横を向いた。
ふと、扉がノックされる。水輝はああ、と呟いてドアの向こうに入ってくれ、と声を飛ばした。静かに開いたドアから執事が姿を現す。
「失礼致します」
「うっ」
恭しく一礼して執事が部屋に入ってきた瞬間、予想もしないところから呻き声が聞こえた。水輝は怪訝に思いながら振り返って順を見た。さっきまで嬉しそうに多輝を苛めていた順が頬を引きつらせている。
振り返った佑がにこやかな笑みを浮かべる。
「多輝、おいで」
呼ばれた多輝が訝るような顔をしつつもソファを離れる。ちらちらと順を見ながら寄ってきた多輝の胸に唐突に佑が手を突き入れる。息を飲んだ多輝の身体が瞬く間に女性を纏う。素早いな、と感心する水輝に笑みかけてから佑は多輝に深く口づけた。
「何の御用でしょうか。水輝様」
部屋の中にいる見慣れない者たちにも動じず、執事が静かに水輝に近づく。水輝はああ、と笑って順を指差した。
「奴がしばらくここに居候するらしいから部屋を用意してやってくれ」
「いっ、いや! あの! オレ、やっぱ帰るわ!」
焦ったように言いながら順が立ち上がる。だが相当に動揺しているらしく、声が完全に引っくり返っている。水輝は眉を寄せて順をしばらく見つめ、次いで傍に居る執事を見つめた。年は若いがこの執事はとてもよく出来ていて、かつてここの執事を務めていた重森とほぼ同等の働きをしているのだ。
「多輝、きみは部屋に戻って今日はもう寝るんだ。力は僕がきみが取り込めるようになるまで預かっておく」
深く口づけられてうっとりとした面持ちをしている多輝にそう告げて佑がそっと手を離す。するとゆらりと立ち上がった多輝はよろけつつも部屋を出て行った。それを見送ってから佑は今度は順に向き直った。
「茜さん、それは無謀でしょう? 傷の治療は受けたものの、かなり力を消耗してるじゃないですか?」
にっこりと笑みかける佑にいや、あの、と意味のない事を言いつつ順がじりじりと下がる。ふうん、と呟いて水輝は執事に声を投げかけた。
「時に重森。お前、あいつと知り合いか?」
「いえ、わたくしは一向に……」
少しだけ眉を寄せて執事が首を傾げる。すると順が目に見えてうろたえた。うう、と呻きつつじりじりと後退し、壁に張り付くようにして今度は横に移動を始める。お前は虫か、と呟いてから水輝はため息を吐いた。
「あんまりなめない方がいいぞ。奴は手加減てものを知らないし、冗談は勿論通じない。せめて彼女が回復するまではここにいた方が安全だ」
少なくともここにいる間は手出しはしてこないだろう。そう続けてから水輝は呉羽に目を戻した。呉羽は青白い顔で横たわっている。体力は殆ど底まで削られているし、食らった傷の幾つかは今も進行中だ。
「斎姫、これを」
佑がそう言って手の中に力を引き出す。金色のその力は多輝が渚から吸収しそこなったものだ。佑の手を離れた力がするりと斎姫の機体に滑り込む。
「指示の回数が減って心細いかもしれないけど、我慢してほしい。プログラムパターンはA3で」
佑が言うと同時に斎姫の姿がその場からかき消える。それを見送ってから水輝は順を横目に睨んだ。ぴったりと壁に身体をくっつけた順が悲壮な表情をしている。諦めろ、と呟いた水輝に順は声を張った。
順が焦ってるのは正しいです。