ずっと呉羽は裸なんですけども、エロシーンはありませんw
「なのにあの男は! 人の苦労を何だと思ってるんだい! 全く、信じられないったら!」
憤慨した調子で言ってから呉羽が肩を怒らせたままで眼鏡をかける。
「どうしたんですか!?」
焦って訊ねた佑を見つめて呉羽は腕組みをした。
「あの馬鹿は、人が折角男避けしてたに関わらず、私を上手く言いくるめちゃったのよっ。そりゃ、あの頃の私も若かったけど」
眉を寄せて不機嫌そうに言ってから呉羽が深々とため息を吐く。
「茜さんですか?」
苦笑して言った佑に呉羽が憤慨した様子でそうよ、と頷いた。それから呉羽は順と初めて出会った時のことを語り始めた。飲み屋で出会ったのが最初だったと呉羽は唇を尖らせた。そこで順は呉羽を口説きにかかったらしい。だが、呉羽は病院の仲間内で飲みに行っており、最初は順を敬遠していたのだという。それにも関わらず順は執拗に呉羽に言い寄った。
こんなチャンスは滅多にないのだから、と仲間から背を押されて呉羽は渋々と順の座るカウンターの席についた。だがそこで見た順は酷く憔悴していたように思えた。だが呉羽の気配を察知した順はすぐにその表情を元のだらしないものへと変じた。その変化が少し気になったのだと呉羽はぼやくように告げた。
「茜さんは、あの態度からは想像できないほど、深いものを抱えてらっしゃいますから」
佑は当時の順が置かれていた状況を思いながら小声で言葉を挟んだ。すると呉羽が不思議そうに佑を見つめる。もしかしたら順は自分のことを呉羽にはまるで話していないのではないだろうか。
飲み慣れていないこともあり、呉羽はあっという間に泥酔状態になった。それから呉羽は順にホテルに連れ込まれたのだという。その日以来、順は嬉しげに呉羽に電話をかけ始めたらしい。呉羽の勤める病院内にはあっという間に噂が広がり、ただでさえ他人との関わりを極端に避けていた呉羽に言い寄る男は皆無となった。
「ホテルに連れ込まれた時は泥酔状態だったんですね?」
確かめるように告げた佑を見つめて呉羽が話を止める。
「そうよ?」
それがどうしたのか、と平然とした様子で訊ねられて佑は口許を手で覆った。そうじゃなきゃ、あんな失態おかすものですか。嫌そうに顔を歪めて呉羽が言葉を足す。だがその目にはほんの少し、寂しそうなものが宿っていた。確かに呉羽は順に特別な感情を抱いている訳ではないのだろう。だが、身体を重ねた相手のことは少しくらいは知りたいと思っていたのかも知れない。佑は目を細めて口許を覆っていた手を下ろした。
「僕も全てを知っているわけではありませんし、立場上、ある意味、偶然知り得ただけですから。自分から他人に話すようなことは誰にもしていないんじゃないかなあ」
「あの男もねえ……」
深い息を吐いて呉羽が頭をかく。
だがある時を境に順からの電話はぴたりと止んだ。そして長い時を経て再び順は呉羽の前に姿を現した。それでこうなってる訳だけど、と呉羽が言う。
「あの人が何を考えているのかはわかりません。今回の件にしても、腑に落ちないことはありますからね」
「突然来て、薬のテストをしてくれるならって約束であの馬鹿は私に長い命を約束したわ」
思案顔で言った佑に呉羽がそう説明する。薬と聞いたところで佑は目を細めた。恐らくそれは紫から水輝を引き離す際に用いられたあの薬だろう。あれは人には劇薬だが、龍神に用いれば強力な催淫剤となる。調整次第では水輝ほどの力を持つ龍神でも簡単に骨抜きにすることが出来るものだ。が、何の条件もなく龍神に効く訳ではない。そこには必ず闇の力が必要となる。
「そして、わざわざ、自分の片目として用いていた力を使ってまで、あなたを龍神と成らせた。自分の使い魔にすることも可能だったはずなのに」
それをしなかった。そう続けて佑は眉を寄せた。わかんないねえ、と呟いて呉羽が頭をかく。しばらく無言を保ってからふと呉羽が目を上げる。
「……そういえばあの後、気付いた時に男の子が傍に居たわ」
気付いたように言ってから呉羽が自分のことばに間違いない、と頷く。術を行使された呉羽は失神した。だがその後に気付いた時、傍に見知らぬ少年がいたのだと呉羽は説明した。
「少年? 年齢はどれくらいの?」
不安を覚えつつ佑は訊ねた。すると呉羽がうん、と頷いて返事する。
「小学生くらいかな。えらく可愛い顔してたし、何か変なこと言ってたから印象に残って」
少年は呉羽が目覚めてからすぐにその場から消えたのだという。それを聞いて佑は目を細めた。間違いない。恐らく呉羽が目覚めるまで傍にいたというのは蘇芳克人というあの少年だろう。
「彼には警戒してください。僕を狙っているのは確かなので」
夢から目覚めた時の克人の好戦的な態度を思い出して佑は眉を潜めた。すると呉羽が驚いたように目を見張る。
「何で優一郎を? だってあの子、あの馬鹿のことを……」
そこまで言って呉羽が言葉を濁す。克人はある程度は事情を呉羽に話したのだろうか。それにしては呉羽の様子は変だ。眉を寄せて考えこんでいる呉羽を見つめ、佑は首を傾げた。
「ああ、狙っているの意味が違います。彼は僕に敵対しようとしていると、そういう事です」
「それこそ判らないわ。どうして優一郎があの子の敵になるのよ」
訝りの表情で呉羽が問う。佑は仕方なくこれまでに起こった事件や、その経緯を簡単にまとめて説明した。最初は単に驚いた顔をしていた呉羽が次第に表情を曇らせる。
「だからあの子……そうか」
口許に指をあてがって呉羽が納得したように呟く。
「教えていただけますか? 正直、僕にはなぜ彼にそこまで敵視されるのか、理由が全くわからないんです」
目覚めたあの時に嫌に好戦的なことを言われたのは、手間をかけさせられた愚痴なのだと思っていた。事実、清陵高校とその地下施設についての修復は木村財閥が全面的に行っている。その間、生徒たちに不自由がないようにと仮校舎を建てたのも木村財閥だ。
「『ボクはママと順様に仇なすものを容赦する気はありません』……だったかな。あの子、たぶんあんたの母親……ええと、紫さんだっけか? 彼女を母親だと思ってるんじゃないかしら」
思案顔のままで呉羽が確かめるようにそう口にする。それを聞いた佑は言葉をなくして目を見張った。そういえば順がその身柄を預かって以来、紫の姿は一度も見ていない。だがもしかしたら紫は今、克人と一緒にいるのだろうか。
「なら、まったくの誤解ですね。正直、茜さんや紫さんに敵対するつもりは僕にはありませんし」
深々とため息を吐いて佑は軽く両手を上げた。すると呉羽が苦笑して首を傾げる。怪訝に思って眉を寄せた佑を見つめて呉羽は告げた。
「敵対とかじゃなくてね。ありゃ、嫉妬じゃないかねえ」
嫉妬。佑は思わず口の中でそう呟いた。だが羨まれるようなことは何もないような気がする。
「なぜ嫉妬? それは茜さんはなぜか僕にはいろいろ良くしてくださいますし。今回の件も、僕は疑っていますけど」
「そりゃあ、あんたのせりふじゃないんじゃないかねえ」
人の悪い笑いを浮かべて呉羽が首を傾げる。斜めに見つめられて佑は戸惑いの表情を浮かべた。
「人なんて簡単なことで嫉妬するでしょ? あんただって前は……まあ、時効だろうから言っちゃうけど、由梨佳さんを独り占めしたいって思ってたでしょ?」
本人には悟られないようにしてたけどさ。そう告げて呉羽が軽く笑う。佑は唇を引き結んでかつての自分の心の動きを思い出してみた。
「そうですね」
頷いて佑は苦笑した。
「それにもし今回、呉羽さんが茜さんのものになるとでもおっしゃったら嫉妬していたでしょうね」
敵対しようとはしないでしょうけど。そう続けて佑はちらりと呉羽の表情を伺った。呉羽が嫌そうに顔をしかめてからため息を吐く。
「あの馬鹿、変な薬でまた私を嵌めたらしいからね。そうじゃなきゃ、誰があんな」
何事かを思い出したのだろう。呉羽が疲れたように深い息をついてがっくりと肩を落とす。
「過去のことは気にしませんよ。それに、先ほどから言おうと思ってたんですけど……」
人の思いやりを何だと思ってるんだ。そう愚痴を零していた呉羽に佑はさらりと声をかけた。
「茜さんは僕にも全く判らない基準で行動する方です。短期的に見て嵌められたと思っても、その行動がもたらした最終的な結果は理想的になっていたりすることがあるんです」
真面目な表情で告げた佑を呉羽が怪訝そうに見る。だがすぐにそうだね、と同意して呉羽は肩を竦めてみせた。
「何を考えてるかはさっぱりだけどね」
そう言いながら呉羽は照れくさそうに頬を染めて頭をかいてみせた。呉羽にしてみても長年の想いを打ち明けられたことですっきりしたのかも知れない。そんなことを思いながら佑は微かな笑みを浮かべた。
「茜さんが逃亡場所としてここを選んだ理由は筋が通っています。茜さん自らが負った傷を見れば、桜さんに反撃せずに庇護対象であった呉羽さんを護るために、ぎりぎりの行動を取ったとしか考えられません」
ですけど、と呟いてから佑は深い息を吐いた。呉羽がすっと微笑を消して佑の顔を覗き込む。
「行動の結果から考えれば、まるで、呉羽さんを僕のモノにするために、動いたように見えます」
「……あの馬鹿は私が優一郎に惚れてたことを知ってたからね」
少し声を落として言ってから呉羽が寂しそうな笑みを浮かべる。もしかしたら呉羽は先にその考えに至っていたのかも知れない。
順の行動の意味は考えても無駄です!w
作者にもさっぱり判りませんからね!w