「冥府の番犬、しかも多分、犬の中では史上最強」
くすくすと笑って順はふわりと手を離した。その瞬間、呉羽が嬌声を上げて仰け反る。膝を折り曲げた呉羽の足の先はぴんと伸びきっている。
「……使い切れないモノばっか」
嘲るように嗤って順は呉羽の肩を両手につかんだ。引き寄せられた呉羽がまるで物のように揺すられる。
「呉羽。欲情レベルを0に下げるんだ」
感情のない声で言った佑の命を聞き取ったのか、呉羽が震える手を股間に伸ばす。だが手が股間に届く前に呉羽の手を順が手で押さえつける。
「ま、夢の中ですら自分偽ってたよーなヒトにシビアなこと求めても無理かあ」
苦笑混じりに言って順が唐突に呉羽に圧し掛かる。その瞬間、呉羽は目を見張って全身を硬直させた。
「僕には、茜さんのような生き方はできそうにありませんから」
とりあえず、呉羽さんを抱くにしても抱かないにしても、どちらにしても欲情レベルを下げてください。そのままでは機体が壊れます。そう続けながら佑は言いようのない感情に顔を歪めた。すると順があはは、と笑って素早く身を起こす。何をするのかと思ったらそこで順はあっさりと呉羽を解放してしまった。呉羽が苦悶の表情を浮かべて震える手でクリトリスをつまんで捻る。そこで完全に気力が尽きてしまったのか、呉羽はそのまま脱力してしまった。
「別にね。オレのような生き方なんてしなくていいとは思うけどね。でもやっぱりもうちょっとちゃんとしなよ」
そんなだからつけ込まれるんだよ。のんびりと言いながら順が乱れた着衣を整える。まるで何事もなかったかのような顔で順は煙草を唇に挟んだ。頭や腕に巻かれた包帯が酷く痛々しい。
「それは、彼が?」
目を細めて佑は小声で訊ねた。肩を竦めて順が軽く笑う。その声や表情には先ほどまで見せていた切りつけるような鋭さはない。
「ま、ねー。でもこの程度、子犬にでも噛まれたようなもんっしょ。大したことないよ」
そう言いながら順は額に巻かれた包帯を取り始めた。血の染み込んだ細い包帯が解けていく。順は解いた包帯の一端を握ってのんびりと歩き始めた。細く伸びた包帯が順の動きに合わせて床を引きずられていく。順はベッドの傍を緩やかな足取りで歩きながらふと手を離した。そこで今度はシャツをいきなり脱ぎ捨てる。驚きに目を見張った佑が声をかける間もなく、順は肩と胸に巻かれた包帯を解き始めた。
「本題に戻りましょうか? 呉羽さんを何に用いるのですか? 用件次第では貸す事に問題はありません。急ぐのでしょう?」
真剣な表情で佑は告げた。すると順がいいや、と首を振る。
「だーから、呉羽ちゃんは単に欲求不満解消に借りただけ。あとまあ、ちょっと……力の補強をね」
せりふの最後の部分で声を落として順が苦笑する。それを聞いた佑は驚きに目を見張って呉羽を見た。呉羽は完全に意識を失っているのか、脱力して横たわっている。だが確かに順に言われた通り、呉羽の持つ力は強くなっている。恐らく順が精液を介して強引に力を送り込んだのだ。
「水輝ちゃんは相変わらず甘いし、姫君たちは頼れない。主龍神は命令を下せるようなレベルまで覚醒はしてない」
呟くように言いながら順が包帯を全て解く。それから順はまた解いた包帯の一端を持って歩き出した。ぐるりとベッドを囲むように歩いてから手を離す。床にはところどころが血に汚れた包帯でベッドを中心にした円が描かれていた。脱ぎ捨ててあったシャツを拾い上げた順が軽々と円の外に出る。
「狙われているのは僕。なんですね」
そう告げて佑は苦笑した。シャツを着ながら順が振り返って笑う。
「ま、そゆこと。……って、ヤバイなあ。胎教に激しく悪いことしちゃったよ」
後で水輝ちゃんに叱られるかも、とほほ。などと続けながら順が泣く真似をする。さっきまで纏っていた雰囲気が嘘のように順はいつものおちゃらけた態度に戻っている。
「呉羽さんが冥界の……そうか。確かに」
それならば……。そう呟いて佑は地下施設に居る三人のヒューマノイドをその場に引き寄せた。唐突に呼びつけられたにも関わらず、三人はベッドの傍で恭しく頭を垂れている。この三人はかつて冥界の王、黒妖牙に貰い受けた女性たちだ。
「命を与える。この者、呉羽をお前たちの長とする」
「承知致しました」
ぴったりと三人の声が重なる。三人は邪魔にならないように、と気を遣ったのか静かに円の端まで移動した。どうやら言わなくても包帯で描かれた円の外に出てはいけないと知っているらしい。
「んじゃまあ、オレはちょおっち出かけてくるけど」
近所に買い物にでも行くというような気軽さで言ってから順が振り返る。その手には既に黒宝珠が握られていた。振った順の手の中で宝珠が巨大な鎌に変化する。右手で鎌の柄をつかみ、順は余った左手の上に力を寄せた。見る間に手のひらの上に紅の宝珠が現れる。それを順は軽く放った。まるで測ったかのように紅宝珠が佑の手の中に納まる。
「くれぐれも無茶しないでねー。あとね、もしオレの力が入用なら呉羽ちゃんの中から引き出してって水輝ちゃんに伝えて」
そう言いながら順が再び歩き出す。今度は床に敷かれた包帯のすぐ外を順は鎌の柄を引きずり始めた。すると鎌で線が描かれた瞬間にその部分から包帯が消え失せる。順の歩みに沿ってベッドの周囲には強固な結界が築かれた。
「わかりました。茜さんもお気をつけて」
「キミはオレを罵ってくれてもいいんだけどなあ」
困ったように笑いながら順が線を引き終える。人の目には映らない強固な結界の内側から佑は順に笑みかけた。
「僕はアマアマらしいですから」
にっこりと笑った佑に苦笑をして順が肩を竦める。そこでふと、順は真顔になって佑を真っ直ぐに見つめた。
「全部終わったらさ。一度はゆっくり話がしたいもんだね。いっつも水輝ちゃんがガードしてるんだけどさ」
そう言って順が過保護なんだからもう、と不服そうにため息を吐く。
「そうですね」
水輝さんの過保護は僕だけじゃないですし。そう続けて佑は思わず苦笑した。水輝はもしかしたら常に大事なものを護るために動いているだけなのかも知れない。そんなことを思いながら佑は脳裏に奈月を思い浮かべた。
じゃあね、と笑って順がその場から姿を消す。佑はしばらく紅の軌跡を眺めていた。
横取りかと思ったけど実は、という感じでしょうか。
順にとってはついでみたいな感じでしょうが、佑は「ああああ!!」みたいな感じかも知れません。
でも順のそういうところを理解してるぽいのでどうでしょうね。