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「わたし。結界のせいにするつもりはありません」
真剣に告げた奈月をちらりと見てから水輝は苦笑した。生ぬるい風が顔を撫でて過ぎる。水輝はため息を吐いて腰を上げた。静かに歩き始めた水輝をまるで避けるようにこすもすが動いて左右に割れる。水輝はささやかな力を使ってこすもすをかき分けて歩き、裏庭の中央で足を止めた。
「全てが自分のせいでないことはわかっています。でも、半分くらいは、わたしの責任です」
「いや。誰のせいでもないな」
奈月に背を向けたまま、水輝はそう答えた。空を仰いで雲の流れを目で追いかける。青い空はほんの僅かしか見えない。空は殆ど雲に覆われてしまっている。高い空にある雲の下を低い雲が風に流れていく。
「わたしはもう、水輝さんだけを想っていればいい人形ではありません」
それを教えてくださったのは茜さんや文さん、そして水輝さんのはずです。そう続けた奈月を水輝はゆらりと振り返った。奈月は真っ直ぐな眼差しで水輝を見つめている。水輝は苦笑して顔を戻して目を落とした。風に揺れるこすもすをしばらく見つめてから深く息を吸う。細く長く息を吐き出してから水輝はゆっくりと振り返った。
「これでおれは相当に我慢してきたつもりだ。だがそれでも迷いは残ってるんだろう。絶対に邪魔になると判っていても渚を殺せなかったりした訳だしな」
誰にともなく呟いて水輝は奈月の視線を正面から受け止めた。ポケットに手を突っ込んで斜に構えた水輝の顔からは笑みは消えていた。
「水輝さん。わたしを討ってください。わたしは水輝さんの枷になりたくはありません。それに」
わたしの持つ力を全て使えば、世界の歪みを解くことができるはずです。夜が明ければ、朝が来るんです。そう続けて奈月がにっこりと笑う。
「断る。おれの力はおれが好きな時に好きなように使うためのものだ」
そう即答して水輝は睨むように奈月を見つめた。
「すみません。水輝さんに甘えるようなことを言ってしまって。でも、他にどうすればこの世界を救えるのか、その方法がわからないんです」
「……お前も同じ事を言うんだな」
目を細めて水輝は疲れたように呟いた。戸惑いの表情を浮かべる奈月をしばし見つめてから水輝はため息を吐いた。
「歪みは……そもそも世界の澱みや濁りも全て必要があって生まれるものだ。おれたちは、いや、この世界に生きる者全ては複雑に役割を絡ませることで生きてる。誰か一人が単純に犠牲になって救えるほど」
淡々とそこまで語ってから水輝は苦笑した。
「この世界は軽くはない」
天よ、とあの時に祈っていた者のことを思い出して水輝は僅かに顔を歪めた。天よ、滅びることが定められているのなら、何故我らは生まれなければならないのか。脳裏に蘇った透き通った祈りの声はあの時と同じように水輝の胸を締め付けた。
「はい。水輝さんの仰る事はわかります。歪みや淀みを含めたうえでの世界だということもわかっています。ですけど、明らかに世界のバランスは崩れてきています」
「二人が居ないからな」
真剣に言う奈月に水輝はさらりと答えた。王の名を冠する二人の龍神の不在が効いているのだ、と水輝は言葉を続けた。
「はい。でも、わたしに自覚があれば、翠さんと立城さんの不在による揺れを最小限にできたと思います。自らをわきまえ、世界を見つめていれば。それなのに、わたしは……」
水輝さんだけを見て、揺れをさらに増やしてさえいます。小声で付け足して奈月は俯いた。水輝はため息を吐いて首を傾げ、その場に屈んだ。膝を折って身を屈めた水輝は間近の花をじっと見つめて微かに笑った。
天よ。そう祈った少女を斬った感触は今でも覚えている。天に祈り続けた少女は水輝の刀の前にあっけなく散っていった。少女の握りしめていた小さな白い花が血に染まっていくのを水輝はぼんやりと見つめていた。震えながら、祈りながら、それでも少女は誰も恨んでなどいなかった。殺されると判っていながらも、刀を揮った水輝にすらも憎しみの情は向けてなどいなかった。
水輝は思い出すにつれて強い頭痛を覚えて額を押さえた。だが何食わぬ顔で奈月に答える。
「揺らぎはその内に鎮まるだろ。それに揺り戻しの責はおれが個人的に引き受けてるんだから問題はない」
淡々と告げて水輝は額から手を離した。可憐な花を思わせる少女の身につけていた真っ白な装束を思い出す。斎の宮と呼ばれた場所で祈りを捧げていた少女は人の中でも特別な力を兼ね備えていた。
だから斬った。水輝はそっと息を吐いて立ち上がった。
「わたしは月龍です。この夜の世において、龍神を統べる義務を負っています。水輝さんは、龍神ですよね?」
「まあ、一応はそうだな」
にっこりと笑って顔を上げた奈月に水輝はため息混じりに答えた。
「長という座位は、責任を取るために存在するはずです」
笑顔で言った奈月をまじまじと見てから水輝はゆっくりと空を見上げた。気の早い雲が遠くで雷を生んでいる。低く微かな雷の音に耳を澄ましてから水輝は苦笑した。
「らしからぬ動きをした分のツケは配下の龍神に回される。それが主龍神が龍神を率いている理由だ」
それとも何か? おれが責を取るのは当然という意味か。水輝はそう続けてから苦笑した。
「いいえ。水輝さんの行動の多くは、わたしの責を肩代わりするために行ったものであることは明白です。義務を果たしていなかったのはわたし、水輝さんは被害者です」
「だから主龍神ってのはそういうもんなんだって言ってるだろう」
水輝は顔をしかめて少し荒い口調で言った。すると奈月が驚いたように身を竦める。あー、と呻いて水輝は頭をかいた。
「噛み砕いて言うとだな。主龍神のツケを払うために龍神ってのはたくさん居るんだ。これは奈月が好む好まざるに関わらず、そういうもんなんだよ」
眉を寄せてこめかみを爪先でかきつつ水輝は低い声で言った。
「それを決めたのは、誰ですか?」
にっこりと笑って奈月が言う。水輝は言葉に詰まって目を見張った。ため息を吐いて頭をかいた水輝を奈月はにこやかな笑みを浮かべて見つめている。奈月を横目に見てから水輝は深々とため息を吐いた。
だから水輝が(以下略
甲斐性が(略