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「あんたの調子を診るって口実で、水輝の馬鹿野郎にちょっと野暮用で来たんだが……」
桜に負けず劣らずの愛想のない口調で言って透が目を落とす。その視線の先に水輝が倒れていることは判っている。桜は振り返りもせずに答えた。
「青龍王にどんな御用ですか」
もしかしたら透はそう言って油断させようとしているのかも知れない。何しろ透はあの克人に荷担しているのだ。何らかの策のためにわざと嘘を口にしている可能性だってある。それにもしも本当に用があるというなら、水輝が起きてから出直すのが筋だろう。そう思いながら桜は冷ややかに透を見つめた。
「ひとつ訊きたいんだが、あんた、もしかして水輝の馬鹿に抱かれた?」
「はい。抱かせろと言われましたので」
何故、いきなりそんな話を振るのだろう。そうは思ったが、桜は正直に答えた。
「もう一度確認するが、きちんと、抱かせろって言われたんだな?」
ひと言ずつわざわざ区切って透が再び問う。さすがにその段になって桜は訝りに眉を寄せた。広げていた扇を静かに畳んで逆手に握り直す。
「失礼ですが、それを確認してどうなさるおつもりですか?」
まさか奈月や渚のように訳の判らないことを言い出すのだろうか。そんな疑問を覚えつつ桜は注意深く訊ねた。
「いや、それならいいんだ。つーか、俺的には良くないんだが」
何故かもの凄く不機嫌そうな顔で透が言う。桜はため息を吐いて呟くように言った。
「別にわたくしは一度抱かれたからといって、青龍王に腐心するような真似はしていないつもりですが」
どうしてこう、水輝はいつの世においても恋慕されることが多いのだろう。その意をこめてため息を吐いた桜はうろんな眼差しで透を見た。
「俺も、一度や二度抱かれた程度であの馬鹿に惚れるようなこたあねーよ」
どうやらあてが外れたらしい。あら、と呟いて桜は改めて透を見た。透は嫌そうに顔をしかめて頭をかいている。
「そうなのですか? わたくしはてっきり」
そこまで呟いて桜は頬に手をあてがった。馬鹿馬鹿としつこく仰るものですから、と続けて横目に透を見やる。
「馬鹿を馬鹿と言って悪いか?」
おまえはあいつの事、客観的に見てどう思うよ。腕組みをして透が顎をしゃくる。桜はちらりとだけ背後を振り返って倒れている水輝を見た。
「青龍王は確かに阿呆だとは思いますが、いちいち枕詞にするほどの興味はありませんね」
淡々と告げて桜は透を見つめた。
「俺はあいつにリベンジしに来たんだ」
このままだと、俺はあの馬鹿以上のマヌケってことになるからな。真剣な面持ちで言った透をしばし見つめてから桜はため息を吐いた。
「何があったのかは存じませんが」
両手に握り直した扇を桜は唐突に振った。いきなり撃ち出された光を透が慌てたように避けようとする。だが光はカーブを描いて透の鼻先を掠めた。
「お引取り願いましょう。確かに青龍王は阿呆かも知れませんが、ここで攻撃される訳には参りません」
きっぱりと言ってから桜は空を駆けて透に迫った。
「おまえも手の早い女だなあ。人の話くらい聞けよ」
痛そうに目に涙を浮かべて鼻を押さえた透がぶっきらぼうに言う。桜は無言で扇を揮った。打ち据えようとした桜の右の扇を透が腕で止める。その間に桜は左の扇を揮った。わき腹を打たれた透が微かに呻いてよろける。
「あいつを攻撃しに来たわけじゃねーよ! 俺はあいつをごーかんしに来ただけだ」
いててててて、と言いながら透が涙目で桜を睨む。桜は本格的に訳が判らなくって首を傾げた。攻撃の手が止まった隙に透がじりじりと桜から離れる。
「やはり恋慕しているのでは?」
顔をしかめて訊ねた桜を透が泣きそうな顔で見る。いや、もしかしたら痛みに実際に泣いていたのかも知れない。だが桜はそのことには全く気付かず腕組みをした。
「俺はな。今でこそ女にもてもての美少年になったが。昔はこう、可憐な美少女だったんだよ」
「はあ」
透が何を言おうとしているか理解出来ず、桜は生返事をした。痛いな、とぼやいた透はしきりにわき腹を撫でさすっている。桜は透に攻撃の意志がないことだけは理解出来た。何しろ透は反撃を一つもしないのだ。ため息を吐いて桜は扇をしまい、静かに宙を滑って透に近づいた。扇で打ち据えた透のわき腹に手をあてがい首を傾げる。少し強く打ちすぎたかも知れない。失礼、と呟いて桜は手を伸ばして透の頭を手でつかんだ。驚いたように目を見張った透に静かに唇を寄せる。口づけを介して透の傷を治療してから桜は何事もなかったかのように静かに元の位置に戻った。
「それで? 何ですか?」
「あいつは、あたしを騙してばーじん奪った上に、他人にその行動を擦りつけやがったのよ!」
憤って叫んだ透を桜はしばし見つめてから深々とため息を吐いた。
「ばーじん、とは処女のことですか」
確か水輝は桜にも処女を寄越せと言っていた。龍神にとって処女血は特別な意味を持つ。それ故の行動だろう。経緯は判らないが、恐らくその時はそうするのが最良と判断したのではないか。桜は淡々と透に告げた。
「だったら、正面から抱きたいって言えばいいじゃん。別にあいつ、見た目はそれなりにいい男なんだし、拒否する理由も無いから抱かせてやったぞ」
拗ねたように唇を尖らせて透がぼやく。桜はしばし考えを巡らせてから再び透に近づいた。攻撃の意志がないことを知っているからか、透はその場から動こうとしない。
桜が色々こじらせているw