「ですからわたくしは経緯を存じない、と申し上げたではありませんか。それにたかが伽の一つや二つ、さほど気にする必要もないと思われますが?」
もし、その行為にもっと別の深い意味がこめられている場合は別だが。桜は淡々とそう続けて透をじっと見つめた。
「だから、えっちの一回や二回、どーでもいいって言ってるじゃない! 騙して他人に罪を擦りつけるって行為が気に入らないのよ!」
「ああ……」
漸く納得して桜は頷いた。それから罪、と口の中で呟く。なるほど、透に言わせれば騙したことは勿論、性行為そのものも罪らしい。確かに人の大罪の裏側には色欲に満ちたものが潜んでいるケースが多い。だからなのか、と桜は一方的に納得した。
「罪を罪で返すという案には賛成しかねますが」
少し眉を寄せて桜はそう告げた。
「あのさ、ここで俺があいつを抱いたとするぞ。あいつにとってはそのほうが力を回復できて得になるんじゃねーか?」
先ほどまで見せていた憤りを鎮めて透が言う。顎をしゃくった透につられて桜は水輝を振り返った。雨の降りしきる裏庭に倒れた水輝はぴくりとも動かない。
「それとも、あのままあそこに放置しておいたほうがいいと思うか?」
「身体の傷はその内に癒えるもの。ここでわざわざ結界を破壊し、余計な負担を姫様にかけたくはありません」
渋い顔で言って桜はため息を吐いた。そもそもこの結界がある限り、桜だけではなく透も水輝には近づけない。
「あのさ、もしかしておまえ、外に置き去りされたのか?」
そう言って透が笑う。桜は憮然としてそっぽを向いた。奈月の言いつけ通りに買い物に行っている間にこうなっていたのだ。そのことについて責められても困る。桜は不機嫌な顔でそう言い訳した。
「取引、しないか?」
腹いせに盛大にぶっ壊してやろうかと思ったが、まあ仕方ないしな。剣呑なことを付け足した透を桜は冷ややかに見つめた。もしかして最初から結界を破壊するつもりで居たのだろうか。それなら攻撃する意志はあるということか。桜は透を睨みつけていつでも扇が取り出せるよう、両手を軽く広げて静止した。
「だからさあ。結界、壊さずに抜けて中に入りたいんだろ?」
人の悪い笑い方をしつつ透が言う。桜は透を睨んだまま告げた。
「この結界は壊すことはおろか、触れることはかないません。下手に触ると爆発する仕組みです」
仕方なく桜は結界の特性を述べた。他の龍神ならいざ知らず、水輝が織り上げた結界だ。内側の者を守りつつ、外敵に攻撃するという特性を兼ね備えている。
「そうだな。だからぶっ壊すほうが楽だったんだが。それだとおまえが承知しないんだろ?」
「あくまでも壊すと仰るなら、攻撃します」
きっぱりと言い返して桜は背後の結界を庇うように両手を上げた。
「だから、壊さず抜けるから、条件次第では連れて行ってやるって言ってるんだが」
「……何を馬鹿なことを」
呟くように言って桜はため息をついた。だが桜を笑って見つめていた透がゆらりと宙を泳ぐように移動する。桜は近づいてくる透を無言で目で追った。透は結界の手前でぴたりと動きを止める。
「まずは、小手調べ。たしか触れることも敵わないとか言ってたよな?」
そう告げて透がそっと手を伸ばす。きっと弾き飛ばされるに違いない、と踏んでいた桜は目を見張った。透は難なく青い結界に触れているのだ。
「何故」
桜は呆然と透の手元を見つめて呟いた。
「結局、あいつはクリエイター向きじゃないってこと」
笑った透を見つめて桜は顔をしかめた。言われた意味がよく判らない。すると透は桜をちらりと見てから鼻で笑った。
「馬鹿みたいな力で圧倒してるが、ただそれだけだ。仕組みさえ読んでしまえばどうってことは無い」
「確かにそうかも知れませんね」
だが単純な仕組みであっても水輝の力は脅威だ。だが恐らく透にはそうではないのだろう。桜はふと自分の手を見下ろしてみた。力量が足りていないのは自覚しているつもりだった。だがこの差は一体何なのだろう。
「留まることを選んだんだから仕方ねーだろ? そういえば、その身体の使い心地はどうだ?」
「申し分ありません」
半ば諦めのこもった笑みを浮かべて桜は答えた。実際、この身体に変わってから力はとても使いやすくなった。そのことを告げて桜は改めて透に礼を述べた。
「そう言ってもらえると嬉しいぜ。おまえの身体としてあまりにも自然だから気づいてねー奴多いだろうが、優一郎のヒューマノイドとは違う意味で、スゲー手が込んでるんだぜ」
「ええ。そうですね」
桜の身体を構成する素材は全て植物に由来する。あらゆる植物から少しずつ素材を得、透はそれにいちいち力を加えたのだ。そして小さな部品をジグソーパズルを組み合わせるように一つずつ張り合わせていく。膨大な手間と力が費やされているのだということを桜はよく自覚していた。
「肉の器はおまえには負担だっただろ? その身体なら、治療や、使い魔作成もかなり楽にできるんじゃねーか?」
「はい、おかげさまで」
以前の器は使い魔としても龍神としてもとても使えるモノではなかった。だが、そのことを桜は当時の主だった紫に言ったことはない。あの時の紫にはあれが精一杯だったことも桜にはよく判っていたのだ。
透がうっかり絵美佳の本音をw
桜の鈍さがなせる技。