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「正真正銘本物の情報と引き換えにしてやったからな、あっさり承諾したぞ。まあ、今後はそんなことはねーだろうが」
「いえ、透様に使い魔の姫が抱かれるのはわたくしは一向に構わないのですが」
すらりと言ってから桜は首を傾げた。
「複写、というのが完全なものなら、わざわざわたくしを抱く必要はないのでは? 白梅でお確かめになられたのでしょうから」
一番、納得し易かった答えを頭の中から除外しつつ桜はそう問い掛けた。
「復活した使い魔が、使い魔になってりゃあ良かったんだがな」
頭をかきながら透がのんびりと言う。桜は目を細めてじっと透を見つめた。
「どういう意味ですか」
言われた意味が理解出来ず、桜は素直に訊ねた。
「紫翠に根で繋がって、囚われていた時代は終わったってこった。あの娘は、正真正銘の龍神だったよ。確認してねーけど、他の娘もそうだと思う」
ぴくりと眉を上げて桜は唇を引き結んだ。確かに自分に変化があったのなら、他の使い魔にもそれ相応の変化があって不思議はない。
「……彼女たちについては後ほど調査致します。先ほどの質問の答えをお聞かせ願えますか?」
本当に彼女たちが自分の形の複写であるなら、確認の意で抱く必要はない。
「桜と梅が同じわけないじゃん。そりゃ似てるけどな」
そもそも纏う香りから違うのになんで同じだと思い込んだのか、そっちのほうが聞きてーよ。ぼやくように言いつつも透が笑みを浮かべる。その笑みを見た桜は混乱した。思わず俯いて額を押さえる。
「複写と仰ったのは虚偽ということですか」
先ほど、透自身が複写したものだと言ったのだ。それが正しいなら白梅の女性器は桜のものと同じということになる。
「どう例えれば、判り易いかなあ……。そうだ、型紙ってわかるか?」
「服を作る際に用いるものですか?」
桜は顔を上げてそう訊ね返した。すると透が頷いてみせる。
「おまえが複写したのは宿体の型紙のようなものだと思えばいい。その型紙を元に、白梅ちゃんとかは自分で自分の身体を構成したわけだ」
桜が今現在、使い魔として使ってる女性は全部で五名。紅梅、白梅、椿、楓、そして桔梗。この五人は桜を姉と慕い、以前と同じように動いてくれている。だがもしも彼女たちが木龍になってしまったのなら。桜は目を細めてそっと視線をずらした。地面に横たわる水輝はまるで動こうとはしない。うつ伏せに倒れた水輝の息があるのかどうかもここからでは判らないが、少なくとも生きてはいるのだろう。そうでなければ器が残る筈もない。
「龍神の数が激減してるのは知ってるな?」
「ええ。先の大戦から龍神の数は減り続けています。ですが、その傾向が顕著になったのはここ最近ですね」
黒妖牙率いる冥界の者達が天に反旗を翻したあの大戦。そしてハンターとの戦い。だが大戦を桜は経験してはいない。あの頃、木龍神は長き眠りについており、使い魔であった桜たちも眠っていたのだ。
「減った数を補うように、世界の環境自体が変化しつつあるんだ」
ま、育てのオヤジの論文の受け売りなんだけどな。そう言って透は軽く笑った。桜は静かに目を上げて透を見つめた。透の育ての親、ということは優一郎の父ということでもある。かつて立城が頼りにしていた一人の科学者のことを思い出して桜は苦笑した。
わたくしたちは本当に軛を解かれてしまったのですね。桜は心の底で静かに呟いた。遠く離れているよりも、囚われの身となっても傍に居たいと思った。ふと思い出した光景を桜はすぐに記憶の底に沈めた。何を言っても今さらだ。
「わざわざ透様に確かめて頂く価値があるかどうかは判りませんが、製作者の権利と主張されるのであれば逆らう謂れはありませんね」
桜は淡々とそう告げた。
「製作者なんつーこと考えなくていいってばさ。正直、俺がおまえの身体作ったのも、世界の変化に利用された行為だって考えることもできるしな」
対等のお付き合いってことで。そう言って透が笑う。言われた意味が理解出来ず、桜は眉を寄せた。何故、透はこうも判らないことばかり言うのだろう。
「付き合い、ですか?」
突き合いではないですね、と桜は独り言のように呟いた。すると透が呆気に取られたように桜を見下ろす。桜は正座をしたまま自問自答した。付き合いというのは一体なんだろう。例えば奈月の買い物に付き従う、ということなら判る。だが透が言っているのは違うのではないだろうか。
「ま、いろいろ知らなきゃいけない事がたくさんあるってことだな。二晩じゃ足り無そうだから一週間に伸ばしていいか? おまえをきっちり女にしてやる」
「わたくしは言われるまでもなく女です。今現在の器は、という意味ですが」
更に言われた意味が理解出来ず、桜は思ったままを答えながら伏せていた目を上げた。
「先の製作者として確かめたい、という意向は考えなくてもいいと透様は仰いましたが、それでは何ゆえわたくしを抱きたいなどと仰るのですか。意味が判りません」
混乱し続けることにも疲れて桜は真顔でそう問い掛けた。
「だから、判るように教えてやる。ちなみに白梅ちゃんは既に自分であらかた知っていたからな。長として、自分の無知のせいで、妹たちに迷惑かけたくないだろう?」
「ですから、何をですか?」
無知、という言葉に多少の苛立ちを覚えて桜はしかめ面で問い返した。透はだが不思議なことに先ほどからある種の笑みを見せている。その笑みには困ったような、だが別段嫌悪を覚えている訳でもなさそうな感情が含まれている気がする。桜は首を傾げてしげしげと透を見つめた。
「俺が何を言ってるか、さっぱり理解できないんだろ? 無知でなくてなんなんだ?」
「この混乱はわたくしの無知ゆえなのですか?」
桜は真面目な顔で問い掛けた。だが透にも問題があるのではないだろうか。桜はただ、抱きたいというその理由を問い質しているだけだ。龍神が性交する理由は酷く単純な場合が多い。消費した力の補給、傷を癒すため、乱暴な場合は相手の力を奪うため。勿論、その逆の場合もある。だが透が言う理由はそのどれにも当てはまらない。
「そういう事。説明してると長くなるから、一週間かけてみっちり教え込んでやるってことで、問題ないな?」
つーか、早く姫さんの元に行かなくていいのかよ? さっきの気配なんか、スゲーやばかったような気がするんだが。そう言って透が屋敷を指差す。桜は判りました、と頷いて正座を解いた。
「一週間ほどのお暇をいただけるかどうかについては後ほど解答致します。どちらにせよ、わたくしには他に方法がありませんから」
淡々と告げて桜は手を差し出した。透が桜の手を握ってから言う。
「目、つぶれ」
桜は素直に言われるままに瞼を下ろした。すると唐突に握った手を引かれる。きっとこれから跳ぶのだろう、と考えていた桜は唇に温かいものが触れたことに驚愕した。触れた唇から力が流れ込んでくる。どうやら結界を越えるためのものらしい。なるほど、と理解して目を開こうとした桜は驚きに息を飲んだ。透が片手に桜の腰を引き寄せ、もう片方の手で桜の頭を支える。唇を割り開かれた桜は目を見張って身を捩ろうとした。だがそれより早く透の舌が口の中に滑り込んでくる。
緩やかな力の流れを感じて桜は抵抗を止めた。すると透がそれを見計らっていたかのように舌を動かす。舌先で舌を絡め取られて桜は思わず呻いた。力を移すにしろ、治療するにしろ、こんな風に唇を合わせたことはない。
「これでよしっと。どうした? 紅潮してるぞ?」
唇を離して桜を解放した透が怪訝そうに言う。桜は深く呼吸をしつつ言った。
「息を止めていたからです」
あんなに長く口を合わせるつもりなら、先に仰ってください。桜は仏頂面で言ってから何度か深呼吸をした。それに力を流すだけなら別に目など閉じなくてもよかったのではないか。桜はしかめ面でそう言った。
「姫さんに、口付けする時に目を閉じるべきかどうか、後で聞いてみな」
笑い混じりで言った透に桜は判りました、と頷いた。それから恐る恐る結界に手を伸ばす。桜はそっと結界に触れて何ともないことを確認してから一気に身を躍らせた。
「姫様!」
その時にはもう、桜の頭から透のことは消し飛んでいた。倒れた水輝すら無視して裏庭を駆け出した桜の背中に微かに透の笑い声が響いていた。
最後に我に返る桜w
とても判りやすいです。