とりあえず産後の話というか。
エロシーンはありません。
「世界が安定すれば、立城さんが帰っていらっしゃる時も、早まるわ」
にっこりと笑った奈月に桜はマシンガンのような勢いで言い返した。
「帰りたいと望むものが帰るのも好きにさせればいいことです! 帰ろうが帰らなかろうが、そんなことは知ったことではありません! ですが、姫様が礎になるのは断固として反対します!」
ベッドを挟んだ格好で桜が奈月に叫ぶ。間に挟まれた佑は腕の中の翠に目を落とした。翠はもしかしたら話し声が聞こえているのだろうか。桜が怒鳴りつける時にだけ、何故か手で顔を擦るのだ。
「桜さんは、立城さんの帰りを待ち望んでいるのでしょう?」
どうして、そんなふうに他人事のように言うの? 不思議そうな顔で奈月が言う。佑は二人を交互に見つめて何となく理解した。恐らく桜は意図的に奈月にそう思わせているのではないだろうか。
「わたくしは立城さまのご帰還を望んでいるつもりはさらさらありません!」
怒り狂っているのか、桜がきっぱりとそう言い放つ。やはり桜が声を張ったと同時に翠が丸めた小さな手で顔をしきりに撫でる。
「桜さんは、反対なの?」
わたしが礎になることに。そう言った時の奈月からは先ほどまで感じた異常な透明感は消えていた。だがやはり奈月の纏う雰囲気が透き通っていることに違いはない。
「ですから、先ほどから反対だと申し上げているではないですか! わたくしは姫様のお傍に居られるだけでいいのです!」
そう言いながら桜がびしりと奈月を指差す。
「……青龍王は何と言ったのですか」
一転して低く呻くような声で桜が問う。
「えっと、あの、わたしが選んだ道なら、何も言う事はないって……。だから、水輝さんはわたしが礎になることを、望んでらっしゃるはずです」
戸惑ったような奈月の答えに桜はしばし黙した。奈月を指差していた手を下ろし、深くため息を吐く。次の瞬間、桜は頭を抱えて天井を仰いで叫んだ。
「あーのーおーとーこーはー!!」
いつの時代もろくなことをしない。そう叫びながら桜は怒りに目を吊り上げて地団駄を踏んだ。
「あ、あの、桜さん……?」
よほど桜の激昂する様に驚いたのか、奈月が恐々と言う。だがベッドに横たわる佑はのんびりと翠をあやしていた。どうやら龍神の子供というのは成長も早いらしい。いつの間にか翠は頬に触れたものにしきりに唇を寄せて吸おうとしている。
「いいですか、姫様! 阿呆で馬鹿の青龍王の魂の根幹は姫様の中にあるのだと以前申し上げたでしょう!」
凄まじい剣幕でまくし立てて桜は再び奈月をびしりと指差した。
「はい。わたしは水輝さんの一部だって、龍神に成る前に聞いた覚えがあります、けど……」
よほど桜の勢いに圧されているのだろう。言い返す奈月の言葉に張りはない。
「龍神だろうがそうでなかろうが、魂そのものが変わる訳ではありません! 変わるのは座位です!」
ベッド脇に仁王立ちになった桜は奈月を指差したまま、そう怒鳴った。
「わたしが居なくなれば、水輝さんの力は増すのではないの?」
どうやら奈月は最初からそう思っていたらしい。佑は呆れて奈月を見てから桜を横目に見た。桜はひくひくと頬を引きつらせてからおもむろに口を開いた。
「逆です! 姫様はあの阿呆の清らかな部分なのですから!」
そう怒鳴ってから桜ははっと我に返ったように慌てて口を押さえた。佑はゆっくりと瞬きをして横目に桜を見た。
「やっぱり、奈月さんと水輝さんの間には、どこかに誤解があるような気がするんですが」
「え、ええ。そうですね。恐らくそうだと思います」
一転して落とした声で言って桜は頷いた。佑は桜に頷き返してから奈月を見た。
「とりあえず、きちんと水輝さんの意思を確認すべきだと思います。どうも、話が根本的にすれ違ってるような気がするっていうか」
僕の時もそうだったし。ぼそりと続けて佑は眉を寄せた。二人が傍に居てくれるからなのか、少しずつは体力が戻ってきている。だがやはり桜のように元気に怒鳴るまではいかない。
「あの、えっと、わかりました」
よほど混乱しているのか、奈月が泣きそうな顔で返事する。するとそうだ、と桜が呟いた。
「青龍王は不在ですよ?」
唐突にもたらされた言葉に佑は目を見張った。桜がゆっくりと歩いて窓辺に向かう。窓から外を見た桜はやっぱり、と呟いた。
「雪?」
いつの間にか降っていた雨が雪に変わっている。だが今は真夏だ。自然に雪が降るはずはない。
「透様がお見えになられていまして」
振り返ってベッドの傍に戻りながら桜が何でもないことのように言う。
「姉さんが?」
「結界を通してくれる代わりに抱かせろと打診されました。そして青龍王を……確か」
そこまで言って桜が考えるように顎に手を当てて天井を見る。
「ええと、強姦する?」
しばしの間を置いて桜はさらりと言った。
「……姉さんも、相変わらずというか……」
佑はため息を吐いてしみじみと呟いた。だが平然としている桜や佑とは対照的に、ベッドの傍に佇んでいた奈月は一人、頬を染めて所在なげに視線を彷徨わせている。
「水輝さん、無茶したな」
どうやら翠を抱えているためにいつもより感覚が鋭くなっているらしい。読めない筈の結界の外の気配を読んだ佑は不機嫌に呟いた。裏庭には水輝の青宝珠の化身である巨大な刀が残されている。恐らくそれがこの屋敷を取り囲む強固な結界を支えているのだ。
「まあ姉さんの、保護下、に居るなら水輝さんのほうは問題ないでしょう」
どうせしばらくは動けまい。そんなことを考えながら佑はため息混じりに呟いた。そうですね、と頷いた桜がふと気付いたように言う。
「そういえば姫様。口づけの際には目を閉じるものなのですか?」
唐突に話を切り替えたことに驚いたのか、奈月が焦ったように目を泳がせる。佑はよしよし、と翠に笑みかけて桜の言葉が聞こえなかった振りをした。
「えっと、あの、閉じるのが普通だと思います」
「何故ですか? 目を閉じると唇以外のところに触れるかも知れないのに」
戸惑いつつ答えた奈月に桜が言葉を返す。すると奈月は赤くなってうろたえた。
「その、くちびる以外のところにキスすることもありますから!」
「唇以外? 力を注ぐためには唇が効率が良かった気がするのですが」
懸命な面持ちで言った奈月に対して桜は少し眉を寄せて答える。そんな二人を見比べて佑は懸命に笑いを堪えた。
桜はうっかりですよねー(棒
要らないことを口走っては後で酷いことになってる気がします。