※この作品はR-18です。

狩りの終焉 二部   作:伊駒辰葉

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エピタイは作者のもの!w
エロシーンはありません。


おそうめんと可愛いぬいぐるみ

「はーい! 今日のお昼は涼しく素麺よぉ!」

 

 賑やかな声を上げて学は手にしたトレイをかざしてみせた。ぼんやりとテーブルについていた桜がどうも、と淡々と頭を下げる。あらあ、と拍子抜けした声を漏らして学は半分拗ねつつテーブルに大きな硝子の器を置いた。薬味の入った小皿を文が運んでくる。

 

 学は別荘の一室を桜と奈月に貸すことにした。正確に言えば学と文がいた別荘に桜が奈月を連れて訪れたのだ。以来、二人は学の別荘で寝起きをしている。

 

 いや、正確には奈月の方は寝起きは必要ないだろう。今の奈月は文の作った小さなぬいぐるみに魂が入っているのだ。桜はあれからずっと奈月のぬいぐるみを大切そうに膝に乗せている。

 

「学さん。わたしは食べれなくて、ごめんなさい」

 

 小さな声で言った奈月がぺこりと頭を下げる。が、奈月のぬいぐるみは二頭身で頭がかなり大きい。バランスを崩した奈月を桜が片手で素早く支える。

 

「ああん、いいのよぉ。じゃ、頂きましょうか」

 

 身をくねらせて言ってから学はテーブルについた。学の隣に腰を下ろした文がテーブルに乗せられた奈月ににっこりと笑う。

 

「私の作った体にご不満でも?」

 

 学は素麺の器に箸を伸ばしつつまあまあ、と笑った。小鉢に薬味をたっぷりと放り込んで、つゆの中に麺を浸す。

 

「龍神の寿命と宿体の寿命が異なることぐらい、私でも知っていることですのに。姫君も青龍王もそそっかしいというか、似たもの同士というか」

 

 ぶつぶつと言いながら文が素麺を割り箸で挟んで引き上げる。麺つゆの中に素麺を突っ込んで景気よく食べ始めた文に学はカワイイ、と歓声を上げた。

 

「水輝くんはまあ、ちょっと反省した方がいいわよねぇ。無茶しすぎだもの」

 

 のんびりと言って学は素麺を啜った。つるん、と入った素麺を喉の奥に落としてから器にまた手を伸ばす。

 

「姫君も同罪です。青龍王が短絡的なのは以前の事件で身に染みていらっしゃるでしょうに。桜さんも、主を甘やかしすぎなのではありませんか?」

「わたくしはそうは思いません」

 

 淡々とした文にやはり感情のない声で応えて桜が静かに素麺をすする。それから桜は思い出したように付け足した。

 

「青龍王様が短絡的という点については同意しますが」

 

 きっぱりと言った桜をテーブルに乗っていた奈月が短い腕を振り回して見る。だがぬいぐるみの目や口といった部品が動くことはない。

 

「まあ、その件はいいでしょう。しかし、宿体の消耗に気付かなかったのは、一の使い魔としては致命的な失敗だと思うのですが、気のせいでしょうか? 桜さん?」

 

 にっこりと笑った文が桜に向かって言う。だが桜はあくまでも平然と応えた。

 

「使い魔は主に沿う者です。主の意向に逆らう必要はありません。例え宿体が消耗していようと、その行く先を決める権利を持つのはあくまでも主、わたくしではありませんから」

 

 そう言いながら素麺を箸でつかみ、桜がつゆの入った小鉢を寄せる。要するに意訳すると大きなお世話だと言っているのだろうか。そんなことを思いながら学は文と桜とを見比べた。文の顔に僅かに感情が走る。だがそれを学が読み取る前に文が口を開いた。

 

「それではやはり、宿体の消耗による事故で青龍王を暴走させたのは、姫君自身の責任ということになりますわね」

 

 にこやかに言った文に桜が視線だけを向ける。素麺を啜ってから桜はぱちん、と箸をテーブルに乗せた。その顔はあくまでも平静ではあるが、どことなく口許が引きつっているような気もする。学は興味深く二人の様子を観察しつつ、邪魔をしないように静かに素麺を食べた。

 

「いいですか。姫様があの阿呆な青龍王にわざわざ気を遣わなければならない理由はどこにもありません。暴走したなら、それは青龍王自身の責任、姫様は無関係です」

 

 そう言って桜がつん、と横を向く。学は吹き出しそうになるのを懸命に堪えた。何か口を挟もうとしているのか奈月が慌ただしく文と桜とを見比べる。だがいちいち身体の向きを変えなければ見れないらしく、話題についていくことすら出来ないらしい。

 

「青龍王に対してどのような態度をとるか、それを決めるのは姫君自身ですよね? 姫君は青龍王のことを、阿呆だと、思っておられるのですか? もしそうでないなら、先ほどお伺いした貴女の使い魔の心得とは矛盾しているように思えるのですけど」

「ええ、これはわたくしの我侭です。出来ればそうあって頂きたい、という願いです。叶えられるとは到底思っておりませんが」

 

 ああ言えばこう言う、というのはまさにこの状況なのかも知れない。肩を震わせて笑いを堪えながら学は何とか素麺を啜った。油断すると吹いてしまいそうなのだ。

 

「桜さんって愉快な方ですわね。とても使い魔とは思えません。力量も、並の龍神を凌駕してらっしゃるようですし」

 

 そう告げた文を見つめて桜はため息を吐いた。さっきまでの平静な表情が僅かに曇っている。

 

「……あなたは、主を殺す可能性のある者を好きになれますか?」

 

 それだけ言って桜が席を立つ。顔には出ていなかったが相当に気分を害していたらしい。あらら、と学は力ない声を漏らして部屋を出て行った桜を見送った。立った時に桜はちゃっかり奈月を連れて行ったため、テーブルに残されたのは文と学だけになった。

 

「学さま、すみません。私、やはり一言多いのでしょうか?」

 

 少し落ち込んだのだろう。文が俯き加減に言う。そうねえ、と苦笑して学は器に箸を運んだ。

 

「痛いところを突かれるといい気分はしないかも知れないわねぇ。でも、それが必要なヒトもいるのよねぇ」

 

 のんびりと言いながら学は素麺を小鉢に移した。麺つゆを足して薬味を上から放り込む。

 

「私は正式な使い魔ではありませんけど、学さまのお役に立てるように努力を重ねているつもりです。的確な判断を行うためには多くの情報が必要です。自らが得た情報を主に報告しないなんて、私からみればあまりにも怠慢に思えて」

 

 俯き加減のままで言った文の頭を学は優しく撫でた。

 

「桜ちゃんはね。二度も主を殺されているのよ。水輝くんに」

 

 時を重ねる中で桜は二度も絶望を味わっているのだ。学は静かな口調でそう説明をした。

 

「アタシに対しての文ちゃんの態度は正しいと思うのよ。でもね。主と使い魔の関係っていうのは、結局はそれぞれなんだと思うの」

 

 優しい口調で説明しつつ学は箸を置いた。

 

「それは理解できます。もしも……」

 

 そこまで言って文が顔を強張らせて身を震わせる。学は苦笑してよしよしと文の頭を撫でた。

 

「桜ちゃんは使い魔の中ではとても優秀だけど、地上の王と呼ばれたカレ相手だとね。桜ちゃんが知り得る情報は簡単に手に入っていて、決して判断を誤ったりはしなかったと思うの」

 

 だから桜を始めとする木龍神の使い魔たちは手に入れた情報をいちいち報告するようなこともなかったのだろう。逆に言えば下手に報告をすればそれが原因で主が判断を誤ってしまうようなこともあった筈だ。

 

「あれは多分、桜ちゃんが長い時間の中で見出した、主との丁度いい距離なんじゃないかしら」

 

 そう言って学は微笑んだ。

 

「私は先の地上の王にはお会いした事がありません。ですから、伝聞でしか判断するしかないのですが、完璧に近い存在であったことは確かでしょう。ですけど、完璧な存在ではありえないはずです。自分が得た情報を主も知っているに違いないと報告を怠るのはとても危険なことに思えます」

 

 つらつらと答えた文にそうねえ、と学は曖昧に笑んでみせた。それだけでは納得しなかったのか、文が訴えるような目で学を見る。文にとってみれば入手した情報をいち早く主である学に知らせることこそが最善だと思っているからだろう。

 

「……地上の王は正しい道を踏み外したかったのかも知れないわ」

 

 主の願い通りに動くのが使い魔だ。もしかしたら地上の王であった木龍神は使い魔に情報を呈示させなかったのかも知れない。そこに踏み外す可能性を見出したかったのかも知れない。

 

 だが全ては空論に過ぎない。学は苦笑して肩を竦めた。

 

「学さま。金の処女王が動きました。傍らに色欲を強制されたあの哀れな方を伴っているため、今後とも動きを捕捉するのは容易だと思われます」

 

 ふと、真顔になって文が言う。あら、と声を漏らして学は立ち上がった。探査の力を飛ばすまでもなく、楽に二人が補足出来る。二人がいる場所を把握した学は顔をしかめて椅子に舞い戻った。

 

「……むちゃくちゃするなあ」

 

 つい、本音が零れてしまう。あらやだ、と笑って学は口許を楚々と手で押さえた。渚と祐は空間を凄まじい速さで渡っているのだ。

 

「さすがに青龍王の姉君というか、なんとも言い難いですね」

 

 そう言って文が小さく笑う。全くよ、と同意してから学は空に手を差し伸べた。幾つもの携帯電話を引き寄せて次々に連絡を入れる。最後に学は優一郎に直通の電話番号を表示させた。

 

「どうしようかなあ。連絡したげてもいいんだけど……オトコを上げるチャンスかも知れないしねえ……」

 

 口の中でぼやいて学は携帯電話のストラップに指を通した。指先で携帯電話を回して唇を尖らせる。各所に通達したから組織としては裏情報を押さえる向きに動いている。

 

「個人的な感情に基づく意見ですが、伝える必要は無いと思います」

「そうねえ。自分で何とかした方が、魅力はあがるものねぇ」

 

 生真面目な文の意見に学はそう答えた。すると文が複雑な顔をする。

 

「そうですね。なんとかできるだけの力もないなら……」

 

 文の顔に嗤いが浮かぶ。学は電話の電源を切った。携帯電話をまとめて執務室に戻す。

 

「結局、夢魔の夢の中で、あのコ……水輝くんの夢は見ていないしね」

 

 静かな口調で言って学は小さく笑った。のろのろしているのなら横からさらうのは今なら容易い。そう算段しつつ学は口許に薄い笑みを浮かべた。




桜はわりと愉快な立ち位置にいます。
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