ちょっと……バトル?? 罠かな?
「そのまま行かせたら、俺の後味が悪いだろ!」
叫ぶように言って透が後ろから水輝の身体に腕を回す。驚きに目を見張った水輝の胸を服越しに透がつかむ。急に胸を揉まれた水輝は懸命に足を踏ん張って鋭く息を吐いた。腕を振って肘を飛ばした水輝を透が慌てたように放す。
「いい子だから大人しくしていろ」
険しい顔で言い捨ててから水輝は窓に向かって歩き出した。大きな窓を開いてバルコニーに出る。素足に冷ややかなものを感じ取って水輝は目を細めた。いつの間にか周囲には夏だというのに雪が降り始めている。
「いってえ、いきなり肘うちするかよ」
「ああ、悪かったな」
涙声で言う透を振り返って水輝はごめん、と詫びた。それから右手を胸にあてがって深く息を吸う。狙いを定めて水輝は一気に自分の胸に手を突っ込んだ。激しい痛みに自然と身が折れる。黒い宝珠をつかんだ水輝は呻きながら手を胸から一気に抜いた。途端に咳の衝動に襲われて思わずその場に膝をつく。
「ちょっと、やっぱ待てよ。あんた、ぜってーおかしいってば」
赤い液体を吐きながら激しく咳き込む水輝の背後に透が恐る恐るの態で近づく。水輝は震える手に黒い宝珠を握り締めた。
「別に、おかしく、ない」
咳の合間に応えて水輝はバルコニーに手をついて立ち上がろうとした。だがなかなか上手く身体が動かない。鋭く舌打ちをして水輝は手でバルコニーを強く押した。反動を使って何とか立ち上がる。
不意に後ろから抱きすくめられる。水輝は驚きに目を見張って再び肘を振ろうとした。が、それより早く透が水輝の身体を捻る。唇を塞がれたところで水輝は渾身の力をこめて透を押し戻した。
「要らないって言っただろう」
赤いものに汚れた口を拭って水輝は機嫌悪く言った。つられてバルコニーに出た透が水輝を睨む。
「あんた、自殺でもする気か?」
低い声で言われて水輝はぴくりと眉を上げた。関係ないだろう、と不機嫌に応えてから水輝は踵を返した。
「あんたが死んだら、優一郎はまだいいとして、あのお姫さんはどーする気だよ?」
「心配はない。おれの代わりはいずれ出る。それまで桜がもたせればいいだろう」
闇色に鈍く光る黒宝珠に目を落として水輝は低い声で応えた。
「本気でそんな事言ってんのか? あのお姫さんが、あんた無しで保つわけねーだろ? 桜ちゃんもお姫さん失ったらどうなるかわかんねーよ。あんたマジ馬鹿?」
「そうかも知れないな」
反論する気にもならず、水輝は淡々と応えた。それから水輝は振り返って苦笑した。
「気が済んだか?」
薄く降り積もった雪の上に足跡が残る。水輝はバルコニーの端まで歩いて片手に握った黒い宝珠を掲げた。
「ちょっと待て! 巴、なんでもいいから武器寄越せ!」
「はい!」
慌てたように返事して巴がダンボール箱から何かを放る。受け取った透が身構えたのを水輝は振り返って見た。透は何故かフライパンを両手に握っている。ため息を吐いて水輝は掲げていた手を下ろした。
「何なんだ、一体」
今度は殴りたいのか? 水輝は深々と息を吐いて透と向き合った。
「わりーが、行かせねー!」
フライパンを構えた透が両手を突き出しながら足を踏み込む。水輝はステップを踏んで身軽にそれを避けてから鋭い息を吐いて振り返った。後ろに回りこんでいた透に向かって肘を撃ち出す。だが水輝の肘を透は間一髪のところでフライパンで受け止めた。フライパンがへこみ、水輝の右の肘が壊れる。だが水輝はそれに構わず反転して膝を打ち出した。慌てて避けた透がその場を転がる。
「何で邪魔をする? 絵美佳ちゃんには関係ないだろう」
水輝は壊れた右腕から左手に宝珠を持ち替えた。どうやら肘の関節がいってしまったらしい。振ることくらいは出来るかも知れないが、肘から先の感覚が綺麗に消えている。
「あんたが死んだら俺が困る。つーか、女泣かせていいわけねーだろ?」
「訳が判らないな。絵美佳ちゃんって極度のフェミニストなのか?」
ため息混じりにぼやいて水輝は素早く足を振った。身を起こしかけた透のフライパンを遠くに蹴り飛ばす。
「あんたが行ったところで、何の役にもたたねーよ! 足手まといになるだけだって判ってるのに行かせる馬鹿はいねーよ」
「そうでもないさ」
水輝は肩を竦めて今度はさっきとは全く別の答えを口にした。
「礎ってのはそういうもんだからな」
別に本人に力がなくても構わないんだよ。そう言って水輝はいい子だから邪魔をするな、と透に告げた。
「巴! 今だ!」
鋭く叫んだ透に応じて巴が紐を引く。水輝は深々とため息を吐いて静かにその場から下がった。上から落ちてきたたらいがバルコニーに落ちて空しい音を立てる。
「……いいかげんにしないと怒るぞ」
水輝はがらんがらんと音を立てて回るたらいを見つめて低い声で言った。その途端、頭をもの凄い勢いで何かに殴られる。水輝は思わず頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。氷がいっぱいに入ったたらいががらんがらんと音を立てて回る。
「まさかこれが役に立つ日が来るとは思わなかったぜ」
そう言いながら透が水輝に飛び掛る。水輝は慌てて身を捩った。
「いいかげんにしろ! 何で邪魔するんだ!」
バルコニーに押さえつけられて水輝は怒りをこめて叫んだ。
「明らかに正気じゃないヤツが、なんか危なっかしいことやろうとしてるのを、放置しておけるわけねーだろ!」
叫び返して透が水輝の腕を押さえる。砕けた右肘を押さえられて水輝は歯を食いしばって痛みを堪えた。
「天命の、時は」
左手の宝珠を握り締めて水輝は掠れた声で言葉を紡いだ。
「しかた、ねーか」
嫌そうに言って透がポケットから何かを取り出す。銃の形をした物を胸に突きつけられて水輝は懸命にもがいた。呪文を続けようとした水輝の胸に衝撃が走る。
「巴、ちなり! 修理台の準備頼む。今夜は徹夜だ……」
目を見張ったまま脱力した水輝の手から黒い宝珠が転がり落ちた。
ヒューマノイドは精密機器なのでこういうのには弱かったりします。
それにしても水輝が暴走しすぎで透が苦労してる……w