BL警報! グロ警報? 異形警報!? 蟲警報!
色々カオスなので駄目な方は逃げてください!
見覚えのある気配を見つけて克人は走り出した。屋根を蹴って身軽に飛んだ克人の影が長く伸びる。克人は宙を行きながら鋭く腕を振るった。伸びた卵管が一気に硝子の窓を切り裂いて粉砕する。
そこは嫌に静かな部屋だった。部屋の中央に設えられたグランドピアノに男が一人、寄りかかっている。窓から侵入した克人は鋭い目で男を睨み据えた。歳は二十そこそこというところだろうか。着ているものからすると、もしかしたらこの男はこの屋敷に雇われた執事か何かなのかも知れない。
「どちら様ですか?」
丁寧にお辞儀をした男がすました声で言う。行儀のいい挨拶を受けた克人はだが黙っていた。この男は窓から克人が侵入したにも関わらず平然と構えている。これまでに克人が目にしてきた人間はこんな反応はしなかった。そのことに訝りを覚えて克人は男を頭からつま先まで観察した。
「生憎、主人は多忙のため、ご面会はお断りしているのですが」
困ったような顔で男が言う。克人はぎらりと男を睨みつけて舌打ちをした。どちらにせよ、この男が順を惑わせていたことには違いない。現に男には順の気配がこびりついているのだ。
「お前、順様の何だよ」
嫉妬に狂った目で男を睨みながら克人は詰問した。まさかこんなただの人間に順が惑わされたというのだろうか。男を見れば見るほど強い怒りを覚えて克人はこぶしを握り固めた。
「なるほど。木村様のお知り合いの方ですか。生憎と木村様は少々、お出かけになられていらっしゃいまして」
にこやかな笑みを浮かべて執事が深々と頭を下げる。克人は慇懃なその態度に本格的に怒り狂った。
「だからお前は順様の何だって訊いてるんだ!」
声を張った克人の力が無意識に炸裂する。克人の居る周辺に置かれていた花瓶やテーブルが力に煽られて砕け散る。周囲の空気を鳴らした力はだが、執事まで届かなかった。
「わたくしはこの吉良瀬邸の執事でございます」
恭しく礼をして言ってから男は唐突に表情をくるりと変えた。嫌な笑いを浮かべた男が顎をしゃくる。
「あの男をどうした。まだ手当ての最中だったはずなんだが?」
それまでとは打って変わって乱暴な喋り方になった執事を克人は嘲笑った。やっと本性を出したな、と呟いた克人を男がにやにやと笑って見る。
「順様はボクが護るんだ! お前なんかに、お前なんかに」
克人は顔を歪めて叫んだ。
「お前なんかに渡すもんか!」
不意に克人の足元が揺れる。赤い絨毯の敷かれた床が蠢き、やがてそこには蟲が姿を現した。だが床から這い出した蟲を見ても男は表情を変えない。多くの蟲が床から姿を現すにつれて克人の顔には凶悪な笑みが浮かんだ。相手はたかが人間なのだ。どうせ殺すのに時間はかかりやしない。
さざなみのように蠢く多くの蟲の合間に白いものが見える。蟲と共にその場に姿を現したのは順だった。呆けた表情をした順は今は夢の中だ。克人はうっとりと顔を緩めて順の頬を撫でた。蟲にまとわりつかれて床から上体を生やした格好になった順がぴくりと身体を震わせる。
「ほら。順様、凄く気持ち良さそうでしょ?」
満足をこめて呟いてから克人はちらりと男を見た。男は相変わらずピアノの傍に立っていて一歩も動いていない。
「あは。またいっちゃったんですね」
やがて順の下半身も蟲につられて床から這い出す。ひくりと震えた順が微かに吐息をつく。順のペニスには蟲が一匹食らいついており、放出された精液を飲み下している。克人は順の垂らした涎を舐めとってから身を起こした。蟲にたかられて床に横たわった順を見やってから男に向き直る。
「ね? お前の出る幕はないんだよ。順様はボクと居るのが気持ちいいんだもの」
くすくすと笑って克人は首を傾げてみせた。
「だから死んでね」
軽い口調で言って克人は右腕を振った。指先から伸ばした卵管が真っ直ぐに男の胸に向かって飛ぶ。
「え」
この男も後で食ってやろう。笑いながらそんなことを考えていた克人は驚愕に目を見張った。いつの間にか男の手には扇が握られている。克人の卵管は男の持つ扇に遮られていた。
「……人のペットを何だと思ってやがる」
ごく小さな声で呟いた男がゆらりとピアノから離れる。言われた意味を理解するより先に克人はもう一度、卵管を動かした。だが宙を舞った卵管を男が素早く扇で跳ね返す。
「なっ、何で!」
克人は慌ててその場にいた蟲に命じた。床をうねっていた蟲が一斉に男に飛びかかる。幾らなんでもこれなら扇などでは防げまい。そう考えていた克人は激しい音に息を飲んだ。甲高い悲鳴にも似た音と共に蟲たちが消えていく。何が起こったのか理解出来ず、克人は真っ青になって後じさりした。右手の扇を左手にぽん、と乗せて男が笑う。
「どうした? もう品切れか?」
不敵に嗤う男を睨みつけて克人は蟲を呼んだ。みみずの形をした蟲たちが無数に現れ、次々に男に襲い掛かる。克人は蟲に覆われて見えなくなった男に向かって卵管を打ち出した。
不意に酷い痛みが襲ってくる。克人は悲鳴を上げて床を転げまわった。男に飛ばした筈の卵管が中ほどで千切れて宙を泳ぐ。克人がのたうっている間に男にたかっていたみみずは次々に消えていった。
「こんなはずじゃ……こんなはずない」
ただの人間のくせに。呪詛のように低く呟いて克人はゆらりと身を起こした。いつの間にか男は両手に扇を握っている。のんびりとしたその様子だけを見るなら、今から舞でも舞おうかという感だ。
「死んじゃえ!」
器の一部を千切られた痛みに顔を歪めつつ、克人は羽根を動かした。虹色の羽根の生み出した衝撃に似た突風が男に襲い掛かる。すると男は素早く扇を開いて腕を振った。
一瞬の間の後、克人は激しい衝撃に吹き飛ばされた。壁に突っ込んだ克人に向かって男が静かに歩き出す。克人は崩れた壁の中から懸命に身を起こそうとした。だが身体が思うように動かない。
逃げなきゃ。
衝撃に傷ついた身体を抱えて克人は本能的にその場から転移しようとした。だがそれより早く男が克人の身体を踏みつける。
「おっと。逃げられると思うなよ」
嗤いを浮かべて言ってから男が扇を握った手を振り下ろす。克人はその瞬間、絶叫した。閉じた扇の先端で押さえられた顔が焼ける。克人は痛みから逃れようと死に物狂いで暴れた。
焼け爛れた克人の左の眼球が抜け落ちる。男は絶叫する克人から扇を放し、床に落ちた眼球を拾い上げた。大事にそれをポケットにしまいこんでから改めて男が扇を振り上げる。
死んじゃうのかな、ボク。
諦めにも似たものを感じながら克人は残された片目で男を見上げた。男の嗤いを見止めた途端、急に恐怖がこみ上げてくる。克人はがくがくと震えながら嫌がるように首を振った。
やだよ。死にたくない。
「助けて……助けて、ママ!」
渾身の力で叫んだ克人の目の前に急に何かが現れる。淡い藤色の光を纏った紫を見止めた克人はそのまま意識を失った。