※この作品はR-18です。

狩りの終焉 二部   作:伊駒辰葉

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奈月が暴走? という感じでしょうか。
エロシーンはありません。


紫を追いかけて(ついでに克人も)

 乳を十分に飲んで満足そうに眠った翠を寝かしつけたところで佑は窓を見た。あれだけ頑強に張られていた結界が消えていく。佑は目を細めてその様を見守った。佑と同じように異変に気付いたのだろう。奈月が窓に駆け寄っていく。

 

「蘇芳……さん?」

 

 桜を振り返った奈月の顔は強張っている。ソファに腰掛けて静かに本を読んでいた桜はやはり皆と同じように窓の方を見ていた。

 

「そのようですね。姫様、佑様。この結界からゆめゆめお出になりませんよう」

 

 緊張した面持ちで言って桜が腰を上げる。事態の急変を悟った呉羽が無言で佑をベッドに戻らせる。佑は呉羽に従ってベッドに入ってから横を見た。呉羽に付き従う格好で三人の犬が顔を強張らせている。

 

 重苦しい緊張した時間がしばし流れる。十数秒の後、佑は目を細めた。

 

「おかしいな」

 

 どうして、ここに向かってこないんだろう? 克人が自分を狙っている事は判っている。だが何故か克人は襲撃しては来ない。訝りを覚えた佑は警戒しつつ周囲の様子を探ろうとした。だがそんな佑の肩を呉羽がそっと押さえて首を横に振る。

 

「駄目だよ。いま動いちゃ。相手にここにいるぞって報せるようなものよ」

 

 押し殺した声で言われ、佑は探索のための力を広げるのをやめた。だが研ぎ澄ました意識を話し声が叩く。どうやら力を使わなくても言葉だけなら拾えるようだ。

 

 聞き覚えのある声がする。その声を拾って佑は目を見張った。どうやら克人が対峙しているのは執事の和也らしい。

 

「重森さんが」

 

 そこまで言って佑はしまった、と口を引き結んだ。だが奈月がはっとしたように表情を強張らせて振り返る。

 

「わたし、止めに行ってきます!」

「いけません! 姫様!」

 

 駆け出そうとした奈月を桜が慌てて止める。口だけでは足りないと感じたのだろう。桜が慌てて立ち上がって奈月に駆け寄る。

 

「だって、このままじゃ蘇芳さんが!!」

 

 悲鳴じみた声を上げた奈月が急に声を途切れさせる。そこで桜は驚いたように目を見張った。執事のいるのは広々としたリビングだ。そちらを桜が焦ったように振り返る。

 

「まさか……ただの……人間の、筈、なのに」

 

 押し殺した桜の呟きを耳にして佑は目を細めた。

 

「魔のあしらいに慣れているようですね。さすがに渚さんが連れてきた人材だ」

 

 緊張を解いて佑はため息混じりに呟いた。ほっとしたように呉羽が息を吐く。克人が魔を無差別に呼んでいるからなのか、時折屋敷が揺れる。

 

「だめですっ! このままだと蘇芳さんが!」

 

 叫んで奈月が駆け出す。桜が慌てたようにその後を追う。だがその瞬間、克人の絶叫が屋敷に響き渡った。奈月が泣きそうな顔で部屋の扉を開け、駆け出して行く。佑は呉羽に目で合図して静かにベッドを降りた。

 

 恐らくもう、克人に攻撃する余力はない。いつかは回復するかも知れないが、少なくとも今は襲い掛かってくることもないだろう。佑は無言で紅の結界を越えた。そんな佑の後を呉羽と犬たちが追う。

 

「彼に恨みは無いけど、これは仕方ないでしょう」

 

 たどり着いたリビングの前にいた奈月に佑はそっと告げた。すると奈月が鋭い目で佑を睨むように見る。

 

「彼がどのような所業を行ったか、見えませんか?」

 

 佑は淡々と語りながら口許に嗤いを浮かべた。リビングまで来ていながら奈月が扉を開けようとしない理由がそれだろう。奈月は唇を噛みしめて少し俯いた。桜がそんな奈月を庇うように佑との間に割って入る。

 

「今は姫様を責める必要はない筈です」

 

 きっぱりと言って桜が佑を厳しく睨む。佑はふと目を細めて呟いた。

 

「新手が来る」

 

 急速に近づいた気配が間近で膨れ上がる。次の瞬間、リビングの扉の向こうで強烈な力が炸裂した。だが一瞬後に気配はあっけなく消えてしまう。

 

「紫さん?」

 

 微かな奈月の呟きを聞き取って佑は桜を押し退けた。さっきまでは確かに感じられていた闇の気配が消え失せている。

 

「逃げられた……?」

 

 佑は奈月を押し退けてリビングの扉を大きく開いた。真っ先に壊れた壁が目に付く。次いで佑は部屋の中に佇む和也に目をやった。まるで何事もなかったかのような笑みをたたえて和也が恭しく礼をする。

 

「お騒がせして申し訳ありません。すぐに片付けますので」

 

 そう言って和也が悲しそうに壊れた壁を見やる。

 

「いえ、あの、ご苦労様です」

 

 慌てて応えて佑は頭を下げた。いえ、と首を横に振った和也が静かに歩き出す。佑や奈月たちが凍りついたように扉のところで動けないでいるのを余所に、和也は床に倒れていた順を両腕に抱え上げた。

 

 何事かを口の中で呟いていた奈月が俯けていた顔を上げる。

 

「居たわ! いきます!」

 

 そう言って止める間もなく奈月がその場からかき消える。お待ちください、姫様と焦ったように言って桜もその場から消える。呉羽が良かったねえ、と佑の肩を叩いて三人の犬を連れてその場を離れ、リビングに残されたのは佑と和也、それと意識のない順だけになった。

 

「茜さんっ!」

 

 はっと我に返って佑は慌てて和也に駆け寄った。和也の腕の中で脱力はしているが、順はちゃんと呼吸をしている。だがその顔は妙に虚ろだ。

 

「ご心配には及びません。木村様は生きておいでですから」

 

 にこりと笑って和也が言う。

 

「でも……」

 

 佑は心配顔で順の顔を覗き込んだ。いつも明るく気楽な調子でいる順がこんな状態になっているのが余計に心配だ。

 

「今は佑様のお身体の方が心配ですよ。もうベッドをお出になられて宜しいのですか?」

 

 逆に心配されて佑は思わず言葉に詰まった。確かに産んでまだ間もないために身体は少しだるい。だが動けないほどではないと佑は説明した。するとそうですか、と和也が頷く。

 

「では、休みます。紫さんの件は、二人に任せておけば大丈夫でしょうし」

 

 ため息を吐いて佑は踵を返した。和也が静かに佑について歩く。どうやら部屋まで見送ってくれるらしい。

 

「あの方は紫様と仰るのですか。あの子供を抱えて消えられた方ですよね?」

 

 何の気ない和也の問いに佑は頷いた。だがそこで佑はふと眉を寄せた。何故、和也は克人ではなく、紫の方の名前だと思ったのだろう。会話を漏れ聞いていた佑には和也と対峙した克人が名乗ったという記憶はない。

 

「重森さん、あなたは座格が読めるんですか?」

「何のことですか?」

 

 まるで何も知りません、という顔で和也が問い返す。佑は足を止めてまじまじと和也を見た。だがどれだけ見ても和也はただの人にしか見えない。和也は佑につられたように立ち止まっている。

 

「いえ、なんでもありません。それではぼ、わたしは大丈夫ですから、茜さんをよろしくお願いします」

 

 そう言って佑は軽く会釈をして歩き出した。畏まりました、と行儀のいい返事をした和也が頭を下げる。佑は静かに自分の部屋に向かった。




大晦日ですね。
皆さま、よいお年をお迎えください。
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