「却下します」
「はあ!?」
すげない佑の返答に水輝は荒い声を返した。
「僕とこの子を捨てて、安易な道を取る事は許しません」
「お前には多輝がいるだろう」
水輝は憮然とした面持ちでそう告げた。腹に大切そうに手をあてがっていた佑が剣呑な目で水輝を睨む。
「僕は水輝さんのことを愛してます。多輝は多輝、水輝さんは水輝さんです」
ぷい、と横を向いた佑をしばし見つめてから水輝はため息を吐いた。
「それはすり替えだ。気付いてないのか? お前はきっちり立城の罠に嵌ってるんだよ」
胸に痛みを覚えつつ水輝はそう告げた。
「きっかけが立城さんの洗脳だろうが、なんだろうが、関係ありません! 水輝さんを好きだって事実が変わるわけではありませんから」
憤慨したように声を張って佑が水輝を睨む。水輝はしばし返答に悩んでから重々しく口を開いた。
「そうか? おれがいなくてもお前なら平気な気がするぞ」
そう言いつつも何かが違う、と水輝は考えを巡らせた。言いたいのはそういうことではないのだ。だが上手い言い回しが出てこない。
「平気なわけないでしょう! 今だってどれだけ心配していたか」
まあ姉さんなら、上手くやってくれるとは思っていたけど……。そう続けた佑をしばし見つめてから水輝は答えた。
「絵美佳ちゃんといいお前といい、何でおれを邪魔するんだ?」
訝りをこめて告げた水輝を佑が呆れたように見る。
「そんなに奈月さんと心中したいんですか? それも笑い話のような誤解が原因で?」
「他にしてやれることがない」
淡々と答えてから水輝は首を傾げた。いや、そもそも誤解ならそれを解けばいいのではないだろうか。難しい顔をして考え込む水輝を佑が何かを堪えるような顔で睨む。
「あの、水輝さん。まさか、誤解を解くという選択肢を、今の今まで考えもしなかったとか、仰いませんよね?」
「ああ、思いつかなかったな」
あっさりと答えて水輝は頷いた。
「これまで、桜さんが青龍王は馬鹿だ阿呆だと公言してるのを聞いて、そんなことはないだろうと思ってきました」
ひくひくと頬を引きつらせながら佑が低い低い声で言う。水輝は訝りを覚えて眉を寄せた。確かに桜が自分のことを罵っているのは知っている。だが何でここでその話が出るのだろう。
「謹んで、その認識を訂正いたします」
そこで佑が深く息を吸う。何事かと身構えた水輝に向かって佑は声を張った。
「水輝さんの、馬鹿! 阿呆! 甲斐性無し!!」
一気に叫んで佑が肩で息を吐く。水輝はしばらくぼんやりと佑を見てからそうだな、と頷いた。
「だから別におれが居なくてもいいだろう」
罵られることそのものは別に何とも思わない。佑ならそう罵る理由があるとは思う。
「だから好きだって言ってるでしょう! 僕も、奈月さんも! 水輝さんはどうなんですか!」
「なっ」
それまで平然としていた水輝は佑に怒鳴りつけられてまともに言葉に詰まった。引きつった水輝の頬がじわじわと赤くなる。
「奈月さんは、あの時、最後の望みをかけて愛してると言ったんです。なぜ、水輝さんはそれに答えなかったんですか?」
「そ、それは」
一転して静かに訊ねた佑とは対照的に水輝はうろたえた。
「き、かれて、ないから」
しばしの沈黙の後、水輝は絞り出すようにそう答えた。すると佑が目を吊り上げて身を乗り出す。
「僕はさっき訊きましたよね? 答えてください」
さあ、と佑が急かす。水輝は自分でも気付かない内に真っ赤になっていた。うろたえた水輝の頭を佑が左右からつかむ。視線を逸らせないようにかたく水輝の頭をつかんで佑が顔を寄せる。
考えてみれば奈月に好きかと訊かれたことは一度もない。奈月は常に自分が水輝を好きだ、愛していると言っていた。かつて水輝も自分から奈月に好きだと言ったことはあるが、一度きりだ。
「なっ、何で、そんなこと、訊くんだよ!」
真っ赤になった水輝は佑の手から逃れようと懸命にもがいた。だが体格に相当の差がある為か、佑の手はびくとも動かない。
「答えてください。水輝さん!」
厳しい顔で佑が声を張る。水輝はやけくそ気味に叫んだ。
「好きだよ!」
そう、水輝が喚いた途端に佑が手の力を緩める。水輝は全身で息をしつつうなだれた。耳まで真っ赤になった水輝を佑が困ったように笑って見やる。だが俯いた水輝はそんな佑の視線に気付かなかった。
「それじゃあ水輝さん。次は奈月さんの番です」
そう言って佑がにっこりと笑う。水輝は慌てて顔を上げて両手を振り回した。
「そんな照れくさいこと、何回も言えるかよ!」
真っ赤になって嫌がるように首を振る水輝を佑が横目に見て笑う。
「僕に言う必要はありません。今から、奈月さんの部屋に言って、こう告げなさい」
きっぱりと言って佑が水輝を指差す。
「奈月。おれはおまえのことを愛してる。おまえはおれのものだ」
「いっ!?」
真っ赤な顔のままで水輝は素っ頓狂な声を上げた。確かにそれは事実だが、そんなことを口にしたことはない。
「なっ、何で!」
裏返った声で喚いた水輝を見つめて佑が腕組みをしてみせる。
「それとも、奈月さんが礎になったほうがいいですか?」
笑い混じりに言われて水輝は慌てて首を横に振った。
「で、でもおれは……その」
口ごもって水輝はちらちらと上目遣いに佑を見た。それまで笑みを浮かべていた佑が怪訝そうな顔になる。
「僕に遠慮はする必要ないですよ」
「そ、そうじゃなくて……ええと」
水輝は頭をかいて少し俯いた。まだ顔は熱いままだ。自分の顔に向かって手で風を送りつつ水輝はぼそぼそと言った。
「おれ、奈月をお前のものにする気はないから、だから、その」
自分は佑のもので、だから自分が所有するものはすべからく佑のものだ。水輝はたどたどしい言葉でそう呟いた。
「そんなこと、あるわけないでしょう?」
マンガのガキ大将じゃあるまいし……。そう呟いて佑が苦笑する。
「あくまでも水輝さんに判断基準があります。祐の時みたいに水輝さんがどうしても献上したいと言うなら止めませんけど」
「嫌だ」
力をこめて即答してから水輝は唇を尖らせて佑を見た。きっとそう言わせたかったに違いない。佑は笑顔で水輝を見つめている。