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一気に視界が開ける。真っ青な空を駆けながら渚は祐に声をかけた。かたく目を閉じていた祐が目を上げて声を上げる。渚は天空の城のある空間を飛んでいた。青い空と青い海以外にあるのは真っ白な居城だけだ。渚は翼をはためかせて一直線に城を目指した。
「もう、ここまで!」
そう言って祐が唐突に笑い出す。渚は不思議に思いつつも飛ぶ速度を徐々に落とした。緩やかにカーブを描いて城の正門に降り立つ。ふわりと着地したところで渚は翼を畳んだ。器に納める手間は今は惜しい。
「天輝ちゃん、おねがい、門を開けて、お願いがあるの!」
渚の腕の中で祐が声を張る。すると城の巨大な門はゆっくりと開いていった。門から城に続く道の脇には真っ白な女性たちが整列している。その間を渚は急いで走った。庭を抜けて城の中に入る。すると待ち構えていたかのように、天輝が玄関に立っていた。
「いらっしゃーい。来る頃だと思ったわ」
そう言って天輝が明るく笑う。笑い事じゃないのよ、と渚は思わず言い返した。するとごめんね、と天輝が舌を出す。
「天輝ちゃん、あの、いきなりのお願いで悪いんだけど……」
赤くなって言った祐に天輝がふんふん、と頷く。天輝の見た目は水輝とよく似ている。元は同じなのだから当然か、と渚は内心で呟いた。
「あの、その、ここに……冷却術とか、故障対策の術とか、かけて欲しいの。そのあたりの術は天輝ちゃんしか使えないから」
おずおずと言って祐が自分の股間を指差す。オッケー、と笑って天輝が祐の股間に手をあてがう。服越しに触れられた祐がぴくりと眉を寄せる。天輝の手のひらからは薄い青い光が祐の股間に注がれた。
「これでかなりもつと思うわ」
そう言って頷きながら天輝が手を離す。
「天輝ちゃん、ありがとう。それで、本題のほうのお願いなんだけど」
祐がちらりと渚に目配せする。渚はそっと祐を腕から降ろして天輝に向き直った。
「断罪の光を追いたいの。あれは天から地の底に向かうわよね? 天はここ、天空の城、地底は冥界の門、その中間地点に行く道を教えて」
渚はかたい表情でそう言った。天輝が眉を寄せて黙り込む。
「天輝ちゃん、立場上無理なら、そう言って。あたし、だいたいの場所はわかるから」
祐が天輝の手をとって懸命な面持ちで言う。天輝はそんな祐と渚を辛そうな顔で見比べた。渚はため息を吐いて腕組みをした。
「判ったわ。もっと判り易く言うわ」
困惑顔で振り返った祐を押し退けて渚は一歩、天輝に近づいた。
「地下の迷宮の扉を開けなさい。お願いじゃないわ。開けなさい」
でないと城ごと壊すわ。渚は迷う事なくそう言いきった。すると目に見えて天輝が狼狽する。
「歴代の金龍が聞いたらひっくりかえるような台詞ね」
ぼそりと漏らした祐を渚はちらりと見てから天輝に向き直った。こうして向かい合っているだけでも言いようのない感覚はあるのだ。天輝を護ることが金龍神の使命の一つでもある。その天輝に命令する、ということは同時に金龍神としての本能を自分で踏みつけにしているのだ。
「で、でも、あそこは」
「もう一度だけ言うわ。開けなさい!」
渚が声を張った瞬間、周辺の空気が揺れた。城そのものである白琅渉の警告だろう。だが渚はそれを完全に無視した。
「天輝ちゃん、お願い。開けて」
そう言ってから祐が天井を仰ぐ。
「それから金龍をそそのかしたのはあたしだから、そのあたりはきちんと把握しておいて」
「私は私の責任はとるわ。あなたは余計なことは言わなくていいのよ」
祐にぴしゃりとそう言ってから渚は天輝を見据えた。迫力に圧されるように一歩下がった天輝がため息を吐く。
「……判った。白。開けて」
小さな声で天輝が言った瞬間、床が揺れた。渚は力の行方を目で追いかけ、玄関の奥に向かって歩き出した。それまで何もなかったところに白い一枚のドアが現れている。渚は天輝の脇を過ぎてドアに向かって行った。
「余計なことかも知れないけど」
ふと、天輝が後ろから言う。渚は黙って振り返った。付いて来ていた祐が渚の背中にぶつかりそうになる。それをさりげなく腕で抱きとめてから渚は何事かと天輝に問い掛けた。
「ここで下手なことは言わない方が」
「水輝を助けたら断罪だろうが何だろうが受けてあげるわよ」
天輝の言葉を遮って渚はそう言い返した。それからドアに向き直る。
「今回の騒動の全責任はあたしにあるわ! そもそもの原因はあたしが青龍王のもとから紫龍を追放しようと画策したことにあるはず。さらに、金龍に天空の城を経由する道を示唆したのはあたし。そこのところよろしく!」
渚に腕をつかまれた祐がそうまくし立てる。渚は祐の頭を平手で軽く叩いた。
「何を宣伝しているの。要らないことは言う必要はないの」
そう言ってから渚は祐の腰を片腕に抱いた。ドアノブをつかんだところでぽつりと天輝が言う。
「どうしてそんなに強くなれるの?」
それはもしかしたら天輝の本音だったのかも知れない。渚はドアを開いて振り返った。にっこりと笑って両腕に祐を抱える。
「決まっているわ。水輝を愛しているからよ」
それだけ言って渚は暗い灰色の回廊に身を躍らせた。深い底にある回廊目指して一直線に下降する。さすがにスピードに驚いたのか腕の中で祐が悲鳴を上げた。
「きゃああああああああ」
白いドアがどんどん遠ざかる。渚は灰色の回廊にたどり着いたところで祐を腕から降ろした。手早く行くわよ、と呟いて手の中に金宝珠を呼ぶ。
「ここはね。上を飛んでも駄目なのよ」
そう言いながら渚は宝珠を握った右手を振った。一瞬で金色の宝珠が長い鞭と化す。
「まさか……」
頬を引きつらせて言った祐に渚は平然と頷いた。灰色の床と壁に覆われたここは迷宮だ。が、いちいち正しい道を辿っていては、時間がかかり過ぎる。
「壊すわ。決まってるでしょ」
そう言って渚は気合の声を発して壁に鞭を揮った。長い鞭に打たれた部分があっという間に粉砕される。渚は壁が立ちはだかるたびに鞭を揮い、それを悉く壊しながら前に進んだ。そんな渚の後ろに祐が恐々と続く。
「あたし、水輝さんに会っていなかったら、渚さんに惚れまくってたかも。かっこよすぎ」
「あら、水輝は私の弟よ? 似ていて不思議はないのだけど」
渚は小さく笑ってちらりと祐を振り返った。すると困惑した祐と目が合う。くすりと笑ってから渚は再び鞭を揮った。破壊された壁を越え、また壁を壊す。そっか、三つ子の魂、百までっていうものね。うんうん。そんな風に納得したらしい祐に渚は苦笑してみせた。
最後の壁を破壊したところで渚は金色の宝珠を器にしまいこんだ。声を上げた祐の腕をつかむ。珍しそうに祐が覗いていたのは暗い空洞だ。丸く深く伸びた空洞にそって長い螺旋階段が設えられている。
「落ちたら間違いなく死ぬわよ、あなた」
そう祐に忠告して渚は両腕を伸ばした。軽々と祐を抱えてゆっくりと宙に舞い上がる。
「あたしも翼出しとくかな」
祐が言って身じろぎする。すると祐の背中には愛らしい小さな翼が一対現れた。祐が背中に手を回して翼を形作っている力をつかみ、踵に移す。確かにそれなら最悪の場合に浮くことだけは可能だろう。渚は祐に頷いてから空洞の中央まで移動した。
広さは直径で五十メートルはあるだろうか。巨大な空洞を見回してから渚は行くわよ、と祐に声をかけた。祐が緊張した面持ちで渚の首筋にしがみつく。渚は背中の大きな翼をはためかせて黒い空洞を落下し始めた。
天輝も白琅渉も、渚にはかないませんでしたw