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紅の光の帯が行過ぎる。渚は舌打ちをして落下速度を上げた。腕に抱えている祐は息を殺して目を閉じている。渚は全速力で空洞を降りて行った。一気に加速した渚の傍を何かが行き過ぎる。そこで渚は急停止して急いで上昇した。
「水輝!」
呼びかけながら渚は宙をゆっくりと落ちる水輝に高度を合わせた。腕で目を回している祐に慌てて声をかける。すると祐は頭を振ってはっとしたように水輝を見た。
水輝は胸を袈裟懸けにされていた。血の滴る傷を見つめて渚は唇を噛んだ。どうやらさっきの光の帯が断罪の光だったらしい。渚は宙に横たわる水輝の上に急いで祐を降ろした。三人で一緒に宙を滑り落ちながら渚は慌ただしく金色の宝珠を取り出した。
「え、どうして、力が」
驚きの声を上げて祐が目を丸くする。祐のかかとにある銀色の翼が唐突に大きさを増す。渚は右手を一振りして金色の宝珠を鞭に変えた。
「ちょうどいいわ! 治癒のほうはあたしにまかせて!」
そう言って祐が水輝に抱きつく。渚は頷いて鞭を二人の身体に回した。
「丁度いいわっ。動かないで頂戴!」
きっぱりと言い切って渚は二人の身体を長い鞭でくくりつけた。祐が驚いたように目を上げて渚を見る。
「大丈夫。見た目ほど、傷は深くないわ」
「生きているなら上等よ」
祐に頷いて渚は上空を見た。暗い空洞がずっと続いている。渚は鞭で縛り付けた二人を歯を食いしばって両腕に支えた。落下していた三人の身体が宙に静止する。だがやはり、思った通り二人を抱えて飛ぶのは無理だ。渚は渾身の力で二人を天に放り投げた。
「痛いかも知れないけど我慢して!」
それだけ口早に吐き捨てて渚は宙をゆっくりと上昇する二人に向かって手のひらをかざした。方向と距離を測って一気に力を放つ。放物線を描いて落下しかけていた二人に金色の光が接触する。渚の撃った力は二人を乗せたまま急速に上昇した。あのスピードでは白琅渉の用意したドアを多少壊してしまうかも知れないが、この際我慢してもらうしかない。勝手に一人で納得して渚は頷いた。
さてと。そう呟いて渚は空洞の底を睨みつけた。水輝が助かったのだからこのまま帰ってもいいのだが、どうも放置しておける程度の問題ではないようだ。渚は舌打ちをして翼をはためかせた。一気に身体の力を抜いて翼に任せて空洞を落下する。高速で穴を落ちながら渚は遠慮なく大声で喚いた。
「大体、彼も彼よ! 水輝が好きなら好きって言えばいいでしょ!? 夢の中だけで満足するなんて、信じられないくらいうじうじしてるわね!」
渚は周囲に誰もいないことを知りつつ、大声で優一郎を罵倒した。
「オンリーワンとナンバーワンは違うわよ! そんなこと言ってたら、水輝なんてどーするのよ! 甲斐性なしナンバーワンよ!? 全く、何人の女の子に手を出してるんだか!」
いつもは黙っていることを渚は遠慮なく喚き続けた。
「大体、龍神の格がそんなにほいほい他人に渡せるなら、先の金龍神があれだけ悩むはずがないでしょうが! 第一、罪ってなによ!? 断罪ってなによ!? 世界が罪を裁くなんて、じゃあ誰が罪って決めるのよ!」
盛大に喚きながら渚は闇の中を急降下し続けた。矢のようなスピードで金色の光が暗い穴を行き過ぎる。
「誰のために水輝がわざわざ被ってると思うのよ! 好かれてる自覚がないってのが一番腹立つのよ! うわ、何か猛烈にむかついてきた!」
わあわあと喚く渚の目に次第に暗い空洞とは別のものが映る。だがそれでも渚は落ちる速度を緩めなかった。
「水輝が欲しいなら欲しいって言いなさいよおぉぉ! 男らしくないわよ! 最低よ! あー、むかつく!」
それだけ言って渚は急に速度を緩めた。いつの間にか喚く渚を得体の知れない獣たちが不思議そうに振り仰いでいる。どうやらここは冥界の森らしい。渚は暗い森の様子を眺めながらゆっくりと上空を飛んだ。時折襲い掛かってくる鴉のようなものを素手で殴り落としながら渚は冥界の森を抜けた。
暗い街並みが見えてくる。渚は影を背負った陽炎のような人が行き来する道の上をゆっくりと飛んだ。ぱっと見にはまるでずっと昔の西洋を思わせる街並みだ。煉瓦で出来た家もあちこちに建っている。暗い影の落ちた街の上を飛びながら渚は頭をかいた。道を行く少ない人々が渚を珍しそうに見上げている。
「要するにあれね。冥界の街?」
そう呟いて渚はふと宙に静止した。頼りない外灯が灯る煉瓦道を馬車が走っていく。馬車を引く馬は黒く、馬車そのものも暗い沈んだ色をしている。どこもかしこも暗い街の様子を眺めて渚はため息を吐いた。恐らくこの街に夜明けはないのだろう。空は真っ暗で星一つない。
街の端に向かった渚はふと、大きな建物を見止めて宙に止まった。暗い木々に囲まれた形で大きな屋敷が建っている。いや、あれは屋敷と言うよりは城かも知れない。渚は先細りする塔が並ぶその場所にゆっくりと向かった。
暗い木々の枝から黒い鳥が飛び立つ。渚は木々の上を通ってその城にたどり着いた。黒い槍を思わせる金属の棒で組まれた門を越え、直接玄関に向かう。煉瓦で出来た建物には古びた木で出来た扉があった。渚は翼を畳みながら玄関先に舞い降りた。すると不思議なことに扉は渚がノックする前に開いた。どうやらこちらの動きは見られているらしい。渚は慎重に気配を伺いつつ、城の中に入った。
薄暗い玄関に音もなく小さな明かりが灯っていく。玄関から順番に灯る火を見て渚は顔をしかめた。やけに細長い作りだからだろうか。明かりが灯る様が酷く不気味なのだ。
黒ずんだ煉瓦の床を渚は静かに進んだ。しばらく行くと今度は階段が現れる。渚はその階段の手前で足を止めた。
「外観に比べて嫌に奥に長いわね」
明かりが細すぎて階段の上や奥は真っ暗でまるで先が見えない。渚はため息を吐いて腰に手を当てた。目を閉じて少しの間、俯く。顔を上げた渚は面倒だわ、と宙に舞い上がった。力を光の形に固定して前方に放り投げる。すると階段の上に細長い廊下が続いているのが見えた。
吹き抜けの階段の上を飛んだところで渚は目を見張った。誰かが廊下に倒れている。渚は慌てて倒れている誰かに近寄った。外で見た陽炎のような存在ではない。倒れた者ははっきりと人の形をしている。翼を畳んで廊下に舞い降りた渚は急いで倒れた男を抱き起こした。
赤い髪をした順が蒼白な顔で目を閉じている。渚は眉を寄せて順の額にかかる髪を退けた。べったりと血の跡のついた顔を見て絶句する。順の右目は血だらけで眼球がない。窪んだ眼窩には血がこびりついている。身体中も酷い傷だらけだ。渚は唇を噛んで順を両腕に抱え上げた。
とにかく一刻も早く連れ帰った方がいいだろう。ここは現実の世界ではない。長く居ればろくなことにはならない。そう思って踵を返した渚の耳に、自分のものではない別の誰かの足音が聞こえてきた。石の廊下を歩く靴音が背後から迫ってくる。渚は反射的に振り返ろうとした。が、それより渚の背中に誰かが制止の声をかける。
「振り返るな。その男を連れて早く去れ」
静かな声に渚はため息を吐いた。恐らくこの城の主なのだろう。それは何となく理解出来るが振り返らないことには相手の顔すら判らない。声だけならとても心地良くは聞こえる。女性か男性か、ちょっと判別のつきにくい高さの声だ。
「ご丁寧にどうも。あなたが彼を保護してくれたの?」
少なくとも順は直接にここに落ちた訳ではないだろう。恐らく冥界のどこかに落下し、その順を誰かがここに運んだのだ。
声は応えない。だが後ろにまだいることは判る。渚はだが、声の主の忠告通り振り返らなかった。
「だんまりとは随分ね」
「わたしがここで話せることは限られている。いいから行け」
それだけ言ったかと思うと渚の後ろに立っていた誰かはそのまま歩き始めた。遠ざかっていく気配に苦笑して渚は玄関に向かった。黒かった床がほんのりと別の色を帯び始める。薄い緋色に染まり始めた床を見下ろしてから渚は翼を広げた。宙に舞い上がって開いたままの玄関をくぐり抜ける。渚は順を抱えたまま、城を出て来た道とは逆の方に進んだ。天空の城に順を連れて行く訳にはいかない。高速で街を抜けて渚は真っ黒な門のある冥界の入り口に急いだ。
渚の行動はかなり無茶苦茶なので、後で反動が出る……んですけどね……。
その辺りは黒妖牙が何とかしてくれたのかも知れません。
(うろ覚え)