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「死にたがりは水輝だけで十分なんだけど? あなた、水輝のものという自覚が足りないんじゃなくて?」
ぎらりと渚が今度は祐を睨む。どうやら渚にはここでのやり取りが筒抜けになっていたらしい。
「あたし、死ぬ気なんてさらさらありません。この身体も、あのベッドも気に入ってるし」
「なに。私の出した条件では不満ということ!? 誰が一体あの喫茶店を切り盛りするの!? 誰が紫さんの代わりをするの!? いいこと? 私がわざわざ救ったからには楽なんてさせないわよ!」
まくし立てるように言って渚がつん、と横を向く。優一郎はひくりと頬を引きつらせて恐る恐る祐を見た。案の定、祐は唖然として渚を見つめている。
「喫茶店はたくさんゲットした下僕の女の子に手伝わせればいいでしょう? 渚さんが頭に座れば、あの会社も安定するわ。水輝さんの傍で紫さんの代わりを務める役はそれこそ優一郎がこなすべきだわ」
「なに言ってるのよ!」
ものすごい剣幕で喚いて渚がびしりと優一郎を指差す。優一郎は思わずじりじりと壁を伝って逃げようとした。が、その直前に渚ががしりと優一郎の頭を片手につかむ。
「この坊やはまだ学生なのよ!? 掛け持ちしてる場合じゃないでしょうが! 学生の本分は勉学だろうが!」
何故かせりふの最後の部分で妙に乱暴に言って、渚がぐりぐりと優一郎の頭をわしづかみにして撫でる。
「優一郎は無理に学校に通う必要も無いわ。それに渚さん、優一郎が見てた夢の内容、どんなだったか知ってます?」
そう言って祐がくすりと笑う。渚はそこで漸く気が晴れたのか優一郎の頭から手を離した。痛さに首を竦めていた優一郎はほっと息を吐いて壁に寄りかかった。
「なに、どんな夢?」
妙に嬉しそうに渚が言う。嫌な予感を覚えて優一郎はその場からこっそり逃げ出そうとした。が、何故かまたタイミングよく渚が優一郎の頭をがしりとつかむ。
「当分の間は夢の続きの新婚生活を存分に味わいたいでしょ? ね、佑ちゃん」
「そう。新婚生活ねえ」
にっこりと笑った祐に合わせてにこにこと笑いながら渚がぎこちなく優一郎の方に顔を向ける。
「後で職員室にいらっしゃい」
よく判らないことを言ってから渚がこほん、と咳払いする。だがどうやら優一郎を逃がすつもりはないようで、頭はつかんだままだ。
「端的に言うわ。祐ちゃん。あなた、私が嫌なの?」
渚がきっぱりと言うと祐が目に見えてうろたえる。優一郎は不思議に思って渚と祐を見比べた。
「心の整理がつくまで、一人にさせてほしいの。あたし、自分を信じていないから」
「そう。あくまでも私の頼みはきけないと」
そこまで言ってから渚が唐突にくっ、と唇を噛んで涙ぐむ。
「酷いわ。私は機械音痴だし料理下手だし会社なんてどうすればいいか判らないのに、あんな百合の園に私をたった一人で放り込もうというのね」
うう、と呻いて渚が目元に手を当てる。
「渚さん、あたしが居る場所どこだか忘れたの? いつでも訪れてもらってかまわないわ。今は、それで許してほしいの」
真剣な面持ちで祐が訴える。そこで諦めたのか渚が深くため息を吐く。だが次に渚はにっこりと笑ってみせた。
「祐ちゃん。基本的なことを忘れているわ」
そう言って渚は片目を閉じて指を一本立ててみせた。怪訝な顔をした祐からふわりと目を逸らし、渚が宙を見上げて片手でこぶしを握る。
「弟のものは姉のもの! 姉のものは姉のもの! これが世の姉弟の法則よ!」
無茶なことを力いっぱいの声で言ってから渚が祐に笑みかける。
「だったら、あたしの心を奪ってみせて。水輝さんのナンバーワンになりたいっていう、あたしの未練を断ち切ってみせて。そうしたら……」
「任せておいて」
きっぱりと言い切って渚が胸にこぶしをとんと乗せる。そこでやっと気が済んだのだろう。待たせたわね、と渚が優一郎を見る。
「あ、言っておくけどあなたのことは私、全然信用してないから」
そう言ってから渚が優一郎の頭から手を離す。
エピソードとしてはひとつなのですが、場面が飛ぶのでエピタイを分けています。