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「えっ、あ、あの。ちょっと!」
渚にいきなりシャツと白衣の後ろ襟を捕まれて引きずられながら優一郎は慌てた声を上げた。全く今日は散々ね、と文句を言いながら渚が優一郎を引きずったまま、唐突に翼を広げる。嫌な予感を覚えた優一郎が身構える間もなく、渚はもの凄いスピードで飛行を始めた。天井にぶつかる、と優一郎が身体を丸める前にその場の景色が消える。優一郎は渚に引っ張られるままに虹色の空間を飛んだ。
「今度、いじけて水輝の手を離したら承知しないわよ!」
そう怒鳴りつつ渚が優一郎を腕で引き上げる。そのまま腕を捕まれたところで優一郎は苦笑した。金色の光をまとって白銀の翼で飛ぶ渚の姿は、本人の性格はともかく天使のように見えた。渚が優一郎を伴ったまま、凄まじいスピードで空間を駆ける。恐らく水輝の居場所に運んでくれるつもりなのだろう。
「渚さん」
「何よっ。まだいじけるつもり!?」
目を吊り上げて渚が優一郎を睨む。だが渚は言葉と表情に反して負担を減らすためにか、優一郎の身体に腕を回した。
「ありがとうございます」
心からの笑みを浮かべた優一郎に渚が何かを言いかける。だが結局何も言わず、渚は顔を赤くしてそっぽを向いた。判ればいいのよ、とぼそりと渚が漏らしたのを優一郎はしっかりと聞き取って微笑んだ。
虹色の空間を抜けた優一郎は天空の城を中心にした景色に思わず歓声を上げた。青い海と空が広がり、その合間に真っ白な居城がそびえ立っている。渚は高速で天を駆けて天空の城の門の前に降り立った。
「じゃあね。しっかりやんなさい」
「はいっ」
優一郎の背を強めに叩いてから渚がその場から姿を消す。優一郎は城門に向き直って乱れた服を整えた。閉じた大きな門を見上げて優一郎は声を張った。
「吉良優一郎と申します。こちらに保護されている水輝さんを迎えに参りました」
軋みを上げて城門が開く。通路の両側には白い女性達が立ち並んでいた。一様に頭を下げている女性達の間を優一郎は急いで進んだ。城の入り口に飛び込んだところで見知った顔に出会う。いらっしゃい、と微笑んで天輝が優一郎に手を振る。
「天輝さん。こんにちは。お久しぶりです」
「うん、久しぶりね」
にこやかに挨拶を交わした後、天輝はすぐに二階の部屋に優一郎を案内してくれた。ここよ、と通されたのは客間らしい部屋だった。豪奢な調度品の並ぶ部屋に優一郎は急いで入った。お茶は、と訊ねる天輝に優一郎は首を横に振った。苦笑した天輝が静かに部屋を出て行く。それを見送ってから優一郎はベッドに駆け寄った。
天蓋のついたベッドに水輝が横たわっている。その様を見止めた優一郎は思わず顔を歪めた。水輝の服はぼろぼろになっていて見る影もない。身体のあちこちには傷が出来ている。自然治癒に力を割いていないのだ。それがはっきりと見て取れた。
「水輝さん……」
優一郎は身を折って水輝に唇を寄せた。触れた水輝の唇は妙に冷たい。優一郎は唇を開いて水輝の唇を舌でこじ開けた。深く口づけながら水輝の傷を少しずつ癒す。そうしているうちに水輝の唇には少しずつ温もりが戻り始めた。
全く反応のなかった水輝の唇が微かに動く。小さく呻いた水輝の口の中を優一郎は舌で弄った。するとベッドに力なく伸ばされていた水輝の手がぴくりと動く。その反応を見取ってから優一郎は顔を上げた。水輝が薄く目を開けてぼんやりとした視線を優一郎に向ける。
「おはようございます」
優一郎はにっこりと笑ってみせた。
「優一郎……?」
掠れた声で優一郎を呼んで水輝が眉を寄せる。まだ体力が戻っていないのだろう。身を起こしかけてベッドに沈む。再びベッドに力なく倒れた水輝はぼんやりとした目を天井に向けて呟いた。
「……何で……まだ生きてるんだ、おれ」
殆ど聞き取れない声で言った水輝がはっとしたように目を見張る。次いで水輝は唐突に優一郎の腕を引いた。驚いた優一郎の左の耳を水輝が手で覆う。
「どうしたんだ、これは!」
それまでの寝惚けた様子から一転して水輝が鋭い声で言う。
「えっと、ちょっとしたポカミスで言違いをしてしまって」
「阿呆!」
鋭い声で言って水輝が優一郎の腕を引く。慌てた声を上げて水輝の上に倒れこんだ優一郎は困ったように笑った。そんな優一郎の左耳に水輝が唇を寄せる。頭を捕まれて耳に口づけられた、と優一郎が感じた直後、唐突に左の聴力が戻った。どうやら水輝が唇から治療の力を送ったらしい。
「ありがとうございます」
「あ、ああ」
礼を言った優一郎を水輝が解放する。優一郎は身体を起こしてベッドの縁に腰掛けた。
「あー……と。悪いな。何かまた迷惑かけちまったみたいで」
ばつの悪そうな顔をして水輝がぼそりと言う。
「迷惑なんて、そんなことはありませんよ。水輝さん。僕は……」
優一郎はそう言って水輝の方を向いた。戸惑った顔をする水輝に唇を寄せる。驚いたのか、水輝が目を見張って硬直する。軽く触れるだけの口づけをしてから優一郎は身を起こした。
「いや、あの、な? 別に無理しなくていいぞ? 優一郎はノーマルなんだろ?」
言いにくそうに言って水輝が頭をかく。のろのろと身を起こした水輝がシャツの胸のポケットを探る。だが目的の煙草がなかったのだろう。顔をしかめて舌打ちをする。
「だったら」
そう言って優一郎は自分の胸に手を突き入れた。おい、と力ない声を漏らした水輝を無視して優一郎は自分の器に込められた宝珠を操作した。あっという間に優一郎の身体が女性のものに組み変わる。その後、優一郎は着ていた服の構成を変えた。再構成されたのは女性の服だ。短いスカートとシャツを身に着けた優一郎を水輝が唖然と見つめている。
「これなら、もんだいないでしょう? み、ず、き、さん」
くすりと笑った優一郎をしばし唖然と見ていた水輝がやがて苦笑する。頭をかいた水輝がため息を吐いて首を傾げる。その顔には皮肉な笑みが浮かんでいた。