エロシーンはありません。
「やっとその格好でおれと会う気になったのか」
大きな柔らかな枕を背中に敷いて水輝がそれにもたれかかる。まだ身体が本調子でないことは確かだ。表面的な傷は塞いだが、消耗した力を戻すには時間がかかるだろう。
「とりあえず。屋敷に戻りましょう。いつまでも留守にしていては不審に思われるわ。それと」
優一郎は手を差し伸べて力を呼んだ。優一郎の手の中に呼ばれた銀色の力が二つのリングに変わる。それを見ていた水輝が口笛を吹いた。大きい方の指輪を取り上げた水輝が小さく笑う。
「石はまた今度な」
そう告げて水輝が優一郎の手の中に残っていた指輪を取り上げる。言われるままに差し出した優一郎の左の薬指に水輝が指輪をはめる。ほら、と差し出された大きい方の指輪を優一郎は受け取った。差し出された水輝の左手の薬指に指輪をはめる。どちらの指輪も指のサイズにぴったり合っていた。
「それじゃあ、跳ぶわよ?」
「頼む」
そう言って水輝が膝の上に優一郎を抱き上げる。両腕にしっかりと抱かれたところで優一郎は転移術を展開した。一気に視界が崩れて瞬く間に再構成される。祐の作ってくれたショートカットをありがたく使わせてもらって、優一郎は吉良瀬の屋敷の部屋の中に跳んだ。幾つかの空間を越えて部屋の中に現れる。丁度、ベッドの上を選んで現れたところで優一郎は水輝の上から降りた。さすがに他人の力でも空間を越えて負担がかかったのだろう。水輝が咳き込みながらベッドに倒れる。
「水輝さん!」
慌てて優一郎は水輝の背中をさすった。悪い、と掠れた声で言って水輝が指で優一郎を呼ぶ。何事かと顔を近づけた優一郎に水輝が真顔で言った。
「記憶、読むんだろ?」
水輝の言った記憶という言葉が示す事柄について優一郎は考えた。夢魔の力は水輝の中から消えている。だがあれは紫翠の残した仕掛けと連動していたのだ。
「今は、体力回復が先よ。料理の準備が間に合わないから店屋物でいいかしら?」
「カンガルーのステーキ以外なら何でもいい……」
心底辛そうな顔をして水輝が言う。優一郎は少し考えて水輝がどこに新婚旅行にいっていたのかを思い出した。小さく笑った優一郎に何だよ、と水輝が不服そうに言う。
「適当にみつくろって注文するわよ」
そう言い置いて優一郎は早速、注文をした。ほどなく屋敷に配達されたのはピザと寿司と中華弁当とうな丼と天丼だった。ずらりと並んだ料理に水輝が嬉しそうに笑う。食べる前に着替える、と言って優一郎は破れた水輝の服を全て剥ぎ取った。
そこで目を見張る。水輝の身体には古い傷跡の他に鎖が張り付いていた。肌に焼きついたように描かれた鎖を見つめて優一郎は手を伸ばした。鎖は水輝の上半身に巻きつく形で描かれている。
「先に食わせてくれるんじゃないのか?」
苦笑して言って水輝が優一郎の頭を撫でる。
「これは、もう必要ないもの」
「何で」
真顔で言った優一郎に水輝が笑い混じりに返す。優一郎は戸惑いながら水輝を見つめた。いいじゃないか、と笑って水輝が自分の胸に手を当てる。どうせ人の目には見えないんだから。そう言った水輝に優一郎は苦笑した。
「水輝さんが、かまわないなら」
そう告げて優一郎は真新しいシャツを水輝に手渡した。シャツだけ身に着けたところで水輝の前に料理を運ぶ。ベッドの傍にテーブルを寄せ、優一郎はその上に料理を並べた。待ってました、と笑った水輝が端から料理を片付けていく。そのスピードは優一郎も驚くほどだった。だが不思議と水輝の食べ方は汚くない。
あっという間に全て平らげた水輝に優一郎は茶をいれた。ベッドに座って一緒に紅茶を啜る。水輝も大分、調子が戻ったのだろう。顔色はさっきまでより随分と良くなっている。
「あのさあ。無理してるようなら言えよ。おれ、お前に無理をさせる気は少しもなかったんだ」
ぽつりと漏らされた水輝の言葉に優一郎は小さく笑った。水輝はいつの間にか視線を下げている。
「もしかしたら、このほうが無理は少ないかもしれないわ」
そう言って優一郎は苦笑した。これまで水輝に対する気持ちをわざと見ないようにしていた気がする。そうなのか、と訊ねた水輝に優一郎は頷いてみせた。
「それでは、とっておきの体力回復の源を」
にっこりと笑って優一郎は気配を探って、目当てのものをたぐり寄せた。空間を越えた小さなぬいぐるみが手の中に納まる。二頭身のそれを見た水輝が目を見張る。
「奈月!?」
優一郎は引き寄せた小さなぬいぐるみを水輝の膝にそっと降ろした。よほど驚いたのだろう。水輝は呆然と奈月を見つめている。水輝の膝にかけられている布団の上で奈月がよろよろと前に進もうとする。だが短い手足を動かしている最中に奈月はぽふ、と布団に前のめりに倒れた。どうやら倒れると一人では起きられないらしい。手足をじたばたと動かしている。
そこで水輝が弾けるように笑い出した。腹を押さえて笑いながら水輝が片手にそっと奈月を起こす。
「さあ、姫君に口付けを」
優一郎が促すと、水輝が目尻の涙を拭って頷く。
「もう少しこのままでも面白いと思うけどな」
そう言ってから水輝がぬいぐるみの奈月に口づける。するとぬいぐるみがあっという間に消えてその場には奈月が現れた。
「水輝さんっ! ごめんなさい、わたし……わたし!」
泣きながら奈月が水輝に抱きつく。うわ、と笑いつつ水輝は奈月の頭を撫でた。
「おかえり。奈月」
笑顔で言って水輝がそのままベッドに倒れる。急に倒れた水輝に驚いたのか、奈月が焦った声を上げる。優一郎は苦笑して奈月の分の茶をいれた。
「それでは、奈月さん、水輝さんをよろしくお願いするわね」
ティポットをテーブルに戻して優一郎はそう言った。これから忙しくなりそうだ。そんなことを考えつつ、優一郎は付け足した。
「水輝さんも、くれぐれも最初から無理しないように」
「判ってるって。あ、でも」
ベッドに奈月を引き倒そうとしていた水輝がむくりと身体を起こす。部屋から出ようとしていた優一郎は不思議に思いつつ首を傾げた。
「おれ、お前ともしてない」
奈月を片腕に抱いて水輝がさらりと言う。優一郎はくすりと笑った。奈月は真っ赤な顔をしておろおろと水輝と優一郎とを見比べている。
「メインディッシュは後でおめしあがれ」
にっこりと笑って優一郎は水輝の部屋から出た。
佑確定の巻。
これでさらにややこしくなります……(遠い目