優一郎という名前で書いていますが、女性体です。
屋敷内に張り巡らされた術を根こそぎ潰し、厳重に結界を張ったところで水輝はため息を吐いた。部屋の中には多重結界を張り巡らせている。これなら渚と言えども下手に術は使えない。桜と奈月のいる場所については、桜自身が結界を張り巡らせている。
疲れた息を吐いて水輝は渚に殴られた頬を押さえた。熱くなった頬を押さえたまま苦笑する。渚が起こした風で乱れた部屋の中を片付けてから優一郎がベッドに戻ってくる。
「ちょっと、悪乗りしすぎたかしら?」
困ったように言って優一郎がすとん、とベッドに腰掛ける。いや、と呟いて水輝は身体をずらした。優一郎の声が出来るだけ聞きやすいように身体の右側を向ける。
「悪かったな。だしに使っちまって」
でも普通、拳骨で殴らないだろ。そう言って笑いながら水輝は切れた唇を指で拭った。相当、怒り狂っていたのだろう。渚のこぶしに容赦はなかった。
「別に。わたしも彼女の処置には頭を痛めてたし」
そう言って優一郎がベッドに上る。水輝はそうだな、と呟いて唇の端を舐めた。口の中が切れているようだ。血の独特の味に顔をしかめてから水輝は大仰に肩を竦めてみせた。
「気にしたくないなら見なきゃいいんだ。全く、世話の焼ける……」
ため息混じりに言ってから水輝は肩から力を抜いた。胡座をかいた水輝の傍に優一郎が寄り添う。
「水輝さん。本当によかったの? 欲しかったなら相応の手順を踏んできちんとプログラミングすれば、本当に玩具にすることも可能だったわ」
気遣うように言って優一郎がそっと水輝の足に触れる。水輝は苦笑して優一郎を膝の上に抱き上げた。組み合わせた足の中に静かに優一郎を下ろす。優一郎はすっかり元通りに服を直している。
「いいんだよ。おれは甲斐性なしらしいしな」
小さく笑って水輝はふと顔を曇らせた。渚の元にいるなら祐については問題はないだろう。だがマスター登録の件が残っている。難しい顔をした水輝に優一郎が寄りかかる。胸に持たせかけられた優一郎の頭を水輝はそっと撫でた。光の加減によって優一郎の髪は紫色から翠に変色する。
「別に解除する必要はないんじゃない? サブマスターの座は空いてるし。彼女があの程度のことで水輝さんのことを嫌いなるとは思えないし」
「そうだな。見切りをつけられただけでもいいか」
微かに笑って水輝は優一郎の髪に唇を落とした。壊れものを扱うかのように優しく髪を撫でる。
「というか、解除してから渚さんの下に行っていたら、彼女は彼女で無くなっていたわ」
しみじみと言って優一郎が顔を上げる。軽く唇を合わせてから水輝はそうだな、と笑った。あれで渚は面倒くさい女なのだ。そう、答えてみる。すると水輝の胸に寄りかかって優一郎がくすくすと笑い出した。
「これで渚さんは意地でもあのままの彼女を受け入れるしかなくなったわけだし」
優一郎が頭を起こして軽く水輝の胸を突く。水輝は押されるままにその場に引っくり返った。こら、と笑った水輝に優一郎が馬乗りになる。
「渚はあれで嬉しいんじゃないか? 変な趣味してるよな」
小さく笑って水輝は優一郎の胸に手を伸ばした。すると優一郎が軽く水輝の手を払う。
「今日はここまでよ」
「……酷いな。まだお預け期間中か?」
ふざけて言った水輝に優一郎が意味ありげに笑う。やれやれとため息を吐いて水輝は頭の後ろで手を組んだ。さっきからずっとペニスは勃起したままなのだ。傍に優一郎の存在を感じているだけで身体が如実に反応をしているようだ。
「そろそろ奈月さんが直ってるはずよ。まだまだ、あなたは万全じゃないのだから」
真面目な顔で言って優一郎が水輝の身体から降りる。水輝はため息を吐いて身体を起こした。もう、奈月は自分が抱かなくても身体を維持することが出来る。もっと言えば自分の存在がなくても、奈月だけでも存在を維持することが可能なのだ。
水輝は疲れたため息を吐いて頭をかいた。手の中に煙草を引き寄せて唇に一本挟む。そこで水輝は口の中に走った痛みに顔をしかめた。口の中の傷を舌で舐めてから煙草の先に火を点ける。
「水輝さん、余計なお世話かもしれないけれど」
「何だ」
小声で言われて水輝は顔を上げた。ベッドの傍に立った優一郎をじっと見つめる。優一郎は少し戸惑ったように目を泳がせてから水輝と目を合わせた。
「確かに奈月さんは変わったわ。だけど、標としての部分は変わっていないし、変わることができない。奈月さんにとって水輝さんは全てであり、水輝さんに道具扱いされれば逆に喜ぶと思うわ」
「それもじきに終わる」
静かな声で答えて水輝は肩を竦めた。仮の時代であったからこそ、奈月との関係は維持できていたのだ。が、今はもう違う。宵の時代は確実に訪れていて、天頂に月は近づいている。眠っていた標も目を覚まし、次々に力に覚醒する。
力の移動は一瞬で行われる訳ではない。特に世界から与えられる力はその大きさからついでに時差も連れてくる。水輝は淡々と優一郎にそう説明した。優一郎がベッドの傍に静かに椅子を引き寄せて腰を下ろす。
「……水輝さん」
不安そうな顔で優一郎が呼ぶ。少し思案した後、優一郎はそっとため息を吐いた。
「ごめんなさい。そうね。水輝さんの言うとおり変わっていかなければならないのかもしれないわね」
「何だ。言いたいことがあるなら言えよ。お前はおれの主人だろ?」
軽く笑って言ってから水輝は灰皿を手元に寄せた。伸びた灰を落としてから煙草を咥え直す。
「そう。だからこそ、祐はわたしの下僕でもあったわけだけど。奈月さんは違うもの」
「あれは別格だからな」
ぽつりと呟いて水輝は息を吐いた。煙を横を向いて吐いてから深く息を吸う。煙草をくゆらせる水輝を見つめる優一郎の目の中にはまだ不安そうな色がある。
「今回も完全に嵌ったな。時間差までつけやがってあの野郎……」
舌打ちをして言ってから水輝は短くなった煙草を灰皿の中にねじ込んだ。苛立ちつつ二本目の煙草を咥えた水輝を苦笑しながら優一郎が見つめる。
「仕方ないわ」
そう言った優一郎は紫よりもかつての立城によく似ている。体型や顔立ち、雰囲気といったものが酷似しているのだ。水輝は横目に優一郎を見てから煙草に火を点けた。
永遠を約束する。決して不変のものなどありはしないのに平然と口にした男のことを思い出して水輝は小さく笑った。結局、作り物の自分も、奈月も、誰も永遠など手に入れてはいない。約束した当人ですらこの世から去ってしまっている。
「立城さんは戻ってくるわ」
静かに言って優一郎が頷く。知ってる、と微かに笑って水輝は窓の方を向いた。風に揺れるカーテンをぼんやりと眺めてから優一郎に目を戻す。
「いつ産む? まあ、いつがいいって言っても望み通りになるとは限らないが」
頭をかいて水輝は煙草で灰皿の縁を軽く叩いた。伸びた灰が落ちて灰皿の中であっけなく崩れる。
「そうね。残念だけどまだまだ先よ」
くすりと笑って優一郎が立ち上がる。おい、と戸惑いの声をかけた水輝を優一郎が振り返る。
「だから焦らないでね」
「これでも精一杯我慢してるんだがな」
顔をしかめて水輝は言い返した。部屋の入り口に向かって歩いていた優一郎が小さく笑う。
「それじゃあ、奈月さんを呼んでくるわ」
ベッドに座ったままの水輝に声をかけて優一郎がドアの向こうに消える。水輝はため息を吐いて自分の股間を見下ろした。準備万端とでも言いたそうに勃起しきったペニスを指で弾く。
地の文が優一郎なのが、作者的にも微妙な感じです。