「幾らわたくしたち使い魔と言えど、こうして股を開けと命じられることは少ないですから」
淡々とした口調で桜は答えた。すると股間を熱心に覗きこんでいた佑が笑って顔を上げる。
「もし、奈月さんにそう命じられたらどうする?」
くすりと笑って佑が首を傾げる。桜は迷うことなく即答した。
「勿論、姫様の命に従います」
逆らう謂れはどこにもない。桜はそう続けて佑を真っ直ぐに見つめた。一体、佑が何を考えてこうしろと言ったのか理解出来ない。だが特に思うこともなく桜は佑の命令通りに足を開いたままにしていた。
「それじゃあ、とりあえず。足は閉じていいわよ」
言われるままに足を閉じた桜を佑が抱き起こす。桜はお見苦しいものを失礼しました、と断ってベッドをするりと降りた。床に放り出されていた下着を手早く身につける。
「何かご参考になりましたか」
ビスチェのリボンを結わえながら桜は佑にそう問い掛けた。
「あなた、自分を何者だと思ってる?」
「わたくしは使い魔ですが」
淡々と答えて桜は床に落ちたワンピースを拾い上げた。元通りに着込んで長い髪をまとめて胸の前に垂らし、背中のファスナーを上げる。そこで桜は振り返って佑を見た。佑は楽しそうに微笑んでベッドの縁に腰掛けている。
「あなたの主は誰かしら?」
すらりと言われて桜は唇を結んだ。テーブルの脇に立った桜に静かに佑が歩み寄ってくる。桜は静かな声で言った。
「木様です」
そう言ってから桜は話はそれだけかと佑に問い掛けた。ソファに腰掛けた佑が意味ありげに笑いながら首を傾げる。桜は黙ってそんな佑に目を移した。
「木様、というのは木龍のことかしら?」
「他にどなたが居ますか」
桜は佑の問いに問いで答えた。どうやら佑はここで大人しく自分を解放してくれるつもりはないらしい。桜は仕方なく元の席に腰掛けた。片面の演奏を終えたレコードが自動的にめくれ、裏面の演奏が始まる。表の面とは異なり、裏面の音楽は厳粛なイメージのある葬送行進曲だ。桜は思わずプレーヤーを振り返ってから佑に目を戻した。
「それなら、なぜ奈月さんに仕えているの? 彼女は木龍じゃないわ。月龍よ」
くすくすと笑って佑が問う。桜はため息を吐いて答えた。
「姫様は木様の座位をお預かりになっておられる身。わたくしが仕えることに何の不思議もないでしょう」
淡々とした口調で答えて桜は眉を少しだけ寄せた。
「あなたはたくさんのことを識っているけど、自分自身のことは何も知らないのね」
そう言って佑が楽しそうに微笑む。その笑みには愉悦がこもっている気がした。桜は怪訝に思いつつどういうことかと問うた。
「確かに紫翠は木龍だったわ。そして、立城さんも巧妙に隠してはいたけど、紫翠龍であり、木龍だった」
静かに語る佑を桜はじっと見つめていた。佑の言葉に嘘はない。そうでなければあの二人があれほどの術を撃てる筈もない。桜はぼんやりと二人が殺された時のことを思い出した。
「桜ちゃんはわたしに、水輝さんの成り立ちを教えてくれたわよね? 紫翠龍にも、同様のことが言えるのはわかるかしら?」
「複合体、ですか」
呟くように答えて桜は少し俯いた。だが例え紫翠がそうだったとしても水輝と比べるのは間違いだ。紫翠はある意味、龍神の範疇を越えている。
「龍神の範疇を越えている存在であるといっても、龍神としての属性を全く持たないってことではないわ」
くすくすと笑って佑が言う。桜は口にした覚えのないことに答えられて僅かに息を飲んだ。思惟の防御は完璧に敷いている筈だ。なのに何故。戸惑いの表情を浮かべた桜に佑が微笑んでみせる。
「あなたが知らないあなたのことをわたしが知っていて、あなたが持つべきものを、今、わたしが預かっているからよ」
「……それが本来の用件ですか」
桜は静かに言って顔を上げた。
「ええ。そうよ。これまでの紫翠龍のお二方は、木龍でもあった。これは、紫翠龍が龍神の範疇を越える存在だった証明ね。紫翠龍自体が龍神の複合体であるのに、木龍という別の性質も併せ持って平然としていたんだから」
淡々とした佑の説明に桜は表情を僅かも変えなかった。黙っている桜に佑が言葉を継ぐ。
「木龍は紫翠龍の別名にすぎない。と言いたそうね?」
「いえ、お話の続きをどうぞ」
わたくしが口を挟むべき事柄ではない気がいたしますので。桜は淡々とした声でそう付け足した。
「規模は違うけれども、水輝さんが夢魔の性質を持ち合わせていたのに似ているわ。紫翠龍は、木龍の性質を取り込んでいたのよ」
静かな声で紡がれる話に桜は一切、反応しなかった。ただ、心の中に鮮やかに紫翠の散る様が思い浮かぶ。それ以外のことは何も浮かばない。あの時に感じた痛みと切なさは今でも強く心に残っている。
「天龍の守護者は、誰かしら?」
「天の龍神……蒼龍神のことですか? それとも」
桜はじっと佑を見つめて切り返した。俗に天龍と呼ばれた者たちは今はこの世にいない。少なくとも表面上はそういうことになっている。
「蒼龍神という理解でいいわ。昼の時代の主だった彼女の守護者は誰?」
「金龍神です」
桜は心に浮かんだ妙な違和感を無視して即答した。すると佑が頷いて首を傾けて微笑んでみせる。
「よくできました」
にっこりと笑う佑に桜は少しだけ眉を寄せてみせた。それが一体、何なのだろう。
「あなたは夜の時代の主である月龍の守護者が、誰だか知ってる?」
「なるほど」
どうやら佑はその話をしたかったらしい。桜は軽く頷いて唐突に席を立った。面白いものでも見るかのような目で佑が桜を見上げる。
「姫様は姫様、わたくしはわたくし。それ以外の事は瑣末なことに過ぎません。それでは失礼」
静かに言って桜はテーブルを離れた。歩き出した桜に佑が制止の声をかける。
「待ちなさい。まだ、話は終わっていないわ。あなたに、おじさまからの預かり物があるの」
「必要ありません」
きっぱりと言って桜はドアに向かって歩いた。佑が慌ただしく立ち上がって駆け寄り、桜よりも早くドアを手で押さえてしまう。
「もらってもらわないとわたしが困るのよ! 本人以外が保持するのは大変なんだから! 木龍、桜ちゃん」
まくし立てた佑をちらりと見てから桜はドアノブを握った。
「これは外向きに開くドアですよ」
淡々と言って桜は難なく扉を開いた。静かに部屋を出て自分に割り当てられた部屋に向かう。
「きゃあっ! ちょっと、待ちなさい。いいわっ、食らいなさい!」
よろけた佑が桜の背後で叫ぶ。桜はため息を吐いて左腕を軽く上げた。佑の撃ち出した八つの宝珠が桜の築いた結界に悉く弾かれて床に転がる。桜は失礼、と感情のない声で言ってさっさと自分の部屋に入った。
桜はどーやっても使い魔として存在したいというか?
色々困るのですw