エロシーンはないですw
賑やかな声と共に渚が屋敷に戻り、水輝と相変わらずの口喧嘩をした後に部屋に引っ込む。それを見計らったように桜は奈月と共に水輝の部屋を訪れた。渚は明日から喫茶店を再開するとかで、その準備のために張り切っているらしい。
珍しく水輝はベッドに居た。奈月がぱっと顔を輝かせて駆け寄っても不思議とベッドを降りようとしない。桜は怪訝に思いながら奈月の後について水輝のベッドに近づいた。
「悪いな。ちょっと……その、立てなくて」
少し顔をしかめて水輝がそんなことを言う。すると見る間に奈月の顔が曇った。
「体調が優れないのですか?」
奈月が寄り添って水輝の手を取り涙ぐむ。心配顔になった奈月をちらりと見つめてから桜はため息を吐いた。水輝は困っているのか、視線を彷徨わせて頬を引きつらせている。何も説明しようとしない水輝に代わり、桜はぼそりと告げた。
「腰が立たなくなったのでしょう」
黙れという意味だろう。水輝が慌てたように首を振って唇に指を当ててみせる。だが桜は知らん顔をしていた。
「腰を痛められたのですか?」
奈月が心配そのものと言った顔で水輝に訊ねる。水輝は何事かを呟いて額を覆って俯いてしまった。布団を丸めたものに寄りかかっているため、辛うじて身体は起こしているのだが、それでも自力で立ち上がるのは難しいらしい。そんな水輝の状態をきっちりと読み取って桜は淡々と告げた。
「励みすぎですね」
きっぱりと言った桜を水輝が嫌そうに睨む。だがそれでも桜は知らん顔を決め込んだ。
「水輝さん! もしかして、また、魔でも出没したのですか?」
「いやあの……桜! お前、黙ってろ!」
心配顔で問われた水輝が我慢出来なくなったのか叫ぶ。桜はつん、と横を向いて自業自得です、と言った。すると水輝が歯軋りをして布団に乗せた手をこぶしに握る。桜はそんな水輝を鼻で笑ってから、ふと部屋の入り口を向いた。見知らぬ気配が静かに部屋に近づき、ドアがノックされる。水輝が答えると一人の少女がドアを開けて恭しく礼をした。見かけぬ少女だ。恐らく新しくここに雇われたのだろう。愛らしいメイド服に身を固めた少女を桜は感慨のない目で見つめた。食事の乗せられたワゴンを押してメイドが静かに入室する。
「いかが致しましょう。こちらに配膳させて頂きましょうか?」
途中までワゴンを押したメイドがそう言いながら水輝を振り返る。水輝はああ、と呟いてしばし黙してから口を開いた。
「それごと置いていってくれ。後は自分でする」
水輝の命令通り、メイドがその場にワゴンを置いて部屋を出て行く。桜は水輝とやり取りしている間、ずっとメイドを観察していた。年の頃は十代後半、一見しただけで判る。あれは間違いなく処女だ。その上、珍しく餌としても上等の代物だろう。だからだろうか。メイドの首には既に銀色の首輪が嵌っていた。あれはメイド自身には見えないだろうが、誰かの手つきという証だ。
細い鎖が水輝の居るベッドから外に向かって伸びている。人の目には映らない力で編まれた鎖を目で辿り、桜は廊下がある側の部屋の壁を見つめた。
「相変わらずの手の早さですね」
心配顔の奈月を何とか宥めようとしていた水輝が目を上げる。桜は横目に水輝を見て皮肉な笑みを浮かべた。すると水輝は煩い、と唇だけで刻む。桜の言葉の意味が判らなかったのだろう。奈月が不思議そうな顔をして首を傾げる。何でもありません、と桜は優しい笑みを奈月に向けた。
結局、運ばれてきた食事は奈月がわざわざ水輝に食べさせることになった。桜は諦め顔でワゴンをベッドの横に据えた奈月を見つめた。何度か止めたのだが、奈月がどうしても自分が水輝に食べさせるのだと言ってきかなかったのだ。
「水輝さん。わたしに手伝える事があったらなんでも言ってくださいね」
小さなトレイを膝に乗せ、その上にスープの皿を乗せながら奈月が微笑む。水輝はそんな奈月と桜とを見比べてうろたえている。その視線にお前は出て行け、という意味の感情が込められているのは判っていたが、桜はわざとその場を離れなかった。ワゴンを挟んだところに椅子を引っ張ってベッドの傍にそ知らぬ顔で腰を下ろす。すると水輝がはっきりと嫌そうに顔をしかめた。
「いや、ほら。やっぱり自分で食うよ」
相当恥ずかしいのか水輝が困ったように笑って奈月に手を差し出す。だが奈月は少し怒ったような顔で水輝を見て首を横に振った。とろみのあるクリームスープをすくったスプーンの底を皿の縁で撫でる。
「まだ、少し熱いかもしれませんから」
そう言って奈月がすくったスープに細い息を吹きかける。桜は口許に薄い笑いを浮かべて水輝を眺めた。水輝は珍しく真っ赤になってうろたえている。
「あ、あの、奈月? 自分で食うから、な?」
早口で言って水輝が奈月の方に腕を伸ばす。その途端、水輝は低く呻いて布団に突っ伏した。どうやら無理に腕を伸ばして腰に痛みが走ったらしい。
「水輝さんっ!」
慌てた声を上げた奈月に何でもない、と手を上げて水輝がのろのろと身を起こす。そこで耐えられなくなって桜はぷっ、と吹き出した。口許を押さえて笑う桜を水輝が恨めしそうな顔で見る。
「青龍王ともあろう方のお姿とは思えませんね」
情けない、と呟いて桜は腰を上げた。掛けていた椅子を元の場所に戻してベッドに寄る。
「水輝さん! やっぱり、治癒術を使います」
膝のトレイを慌ただしくワゴンに乗せた奈月がベッドに身を乗り出す。すると水輝は慌てたように奈月の肩を押さえた。そこで奈月が不思議そうに首を傾げる。桜はくすくすと笑って水輝を見下ろした。
「姫様。わたくしはお先に休ませて頂きます。青龍王は姫様にどうしても食事をさせてもらいたいらしいですから」
「誰がそんなこと言ったよ!?」
流れるような口調で告げた桜にすぐさま水輝が噛み付く。だが桜は知らん顔でワゴンからトレイを取り上げた。元通りに奈月の膝にそれを乗せる。
「桜さん、おやすみなさい」
不思議そうな表情のまま、奈月が言う。桜はおやすみなさいませ、と頭を下げて水輝の部屋を出た。
ふーふーは良いよね!w