なんか微妙に食い違ってる感が!w
エロシーンはありません。
「青龍王にはっきりと仰ったらいかがですか。もう少し精を注げと」
あの水輝のことだ。佑がそう言えば喜んでそうするだろう。その際に多少、佑に力を分ければいいだけのことだ。桜はすらすらとそう言った。
「水輝さんには、力を蓄えてもらわなければならないわ」
「何故ですか。保険は着実に育っているのに?」
淡々と言い返して桜はカップに手をかざした。中ほどまで減っていた温かなミルクが瞬く間にカップの縁まで増える。続いて桜は手を伸ばして佑のカップにも手をかざした。佑のカップも満たしてから桜はどうぞ、と手を戻した。力を注いでおいたから、飲めば佑の身体も少しずつ体力を回復するはずだ。
「ただの勘よ。嫌な予感がするの」
そう言って佑がカップに口をつける。少し中身を啜ってから佑は不思議そうに首を傾げた。桜はそ知らぬ顔で自分のカップを傾け、熱い中身を少しずつ啜った。
「赤龍王は多少は負傷したようですが、今回の件でまた力を増したでしょう。雨の宮の巫女もゆっくりとではありますが着実に力をつけています。それでもまだ足りないと?」
どんなに遠く離れていても龍神の状態が即座に判る。だがそんな自分の特性を桜はただの便利な道具として用いることに決めていた。そうでなければ奈月の傍に居られなくなるような気がしたのだ。
「さまざまな思惑が、時には既にいないもののものまで絡み合っているのよ? どうなるかは、わからないわ」
「居ない者、ですか」
目を細めて呟いてから桜は唇を引き結んだ。完全に消えてしまったとはどうしても思えない。そんなことを考えてから桜は自分の考えを否定した。紫翠はあの時に死んでしまったではないか。そう自分に言い聞かせる。
紫翠亡き後、使い魔たちは土に還らざるを得なかった。主の仇をとろうとしても、桜たちにはそのチャンスは一切与えられなかったのだ。次に生まれた時にはもう主は代わっていた。
だが憎しみはなくなった訳ではない。地上の王を消すという役割を水輝が持っているのなら好都合だ。少なくとも一度は主の命令ではなく、自身の意思で戦えるという意味だ。
「今は夜よ。無条件にこれまでと同じだと思っていると、手痛いしっぺがえしを食らうことになるかもしれないわ」
「夜だからこそ闇に紛れて昼間にはあり得ないことが行えるのではありませんか? 月の明かりの射さない場所で」
無意識に桜はカップを握る手に力をこめていた。熱い中身を飲み干してカップをテーブルに戻す。
「あなたは常に月の明かりの下で行動しなければならないのよ」
そう言って佑がくすりと笑う。桜は穏やかな笑みを浮かべて佑を見つめた。
「灯台下暗しと言うではありませんか」
どんなに鏡面が輝いていても、真下は照らしにくい。奈月は奈月自身で輝いている訳ではなく、何者かの輝きを反射しているのだ。
「そうね。あなたの言うとおりかもしれないわ。だけど、だからこそ固定観念で先を予測するのは無意味なのよ」
淡々と語りながら佑が少しずつミルクを飲む。大分、落ち着いたのだろう。白かった頬には赤味が差している。そのことに内心ほっとしつつ桜はにこやかな笑みを向けた。
「わたくしは青龍王に一糸報いることが出来れば他はどうでもいいのです」
少なくとも今はそういうことにしておいてください。桜はそう付け足して深い息を吐いた。
「さっき、既に一矢報いていたような気がしなくもないけど」
くすくすと笑って佑がミルクを飲み干して席を立つ。一緒に立ち上がりながら桜は機嫌悪く眉を寄せた。
「あの程度の皮肉、流せない方が未熟なのです」
しかめっ面で桜は疲れたため息を吐いた。送り出すために立ち上がった桜に並んで佑が歩き出す。
「くれぐれも気をつけてね。奈月さんも、あなたも、この時代にとって大切な存在なのだから」
「わたくしたちに限られた話ではありません。生きる者全て、この時代には必要です」
さらりと言い返しながら桜は部屋の扉を開けた。そこでふと思い出して足を止める。桜の様子に気がついたのだろう。佑がどうしたの、と桜に問う。
「……青龍王の聴覚の異変についてお気づきになられていますか」
少し開けていたドアを元通りに閉めつつ桜は潜めた声で佑に告げた。途端に佑が目を見張る。
「水輝さんが? そうか、わたしの……」
唇を噛みしめて佑が俯く。桜は眉を少し寄せて佑の背をそっと撫でた。
「佑様の責任ではないかと。恐らくあれは青龍王が望んで受けた傷。ですが」
そこまで言って桜は顔を曇らせた。言っていいものなのかどうか逡巡する。佑がこれまで水輝の聴覚の変化について気付いていなかったのならなおのこと、知らせていいものかどうか判断しにくい。
「教えて。ここで、あなたが告げたということは、わたしは知る必要があるということよ」
真剣な面持ちで佑が桜を真っ直ぐに見つめる。桜は一歩だけ佑から離れた。
「傷は進行中です。今の青龍王は恐らく本来の半分以下の聴力しかありません。青龍王自身もそのことには気づいているでしょう。周囲には巧みに隠してはいるようですが」
桜が話している途中で佑が顔を歪め、唇を引き結ぶ。どんどんその表情が崩れ、やがて佑の目には涙が浮かんだ。
「どうして、わたしに隠すの……」
「佑様が悲しまれるのが嫌だからではないのですか?」
桜は真顔でそう言い返した。すると佑が驚いたように目を見張る。桜はため息をついてスカートのポケットからハンカチを出した。差し出すと佑が慌てたように受け取って涙を拭う。
「本当に、未熟者ね」
佑が呟いて笑おうとする。だがその笑みには無理が現れていて見ていても痛々しかった。桜はため息を吐いて俯いた佑の頭をそっと撫でた。佑はこれまでずっと無理をしていたのではないか。そんな気がする。例え龍神とは言っても佑はまだ生まれて二十年も生きてはいない。過去から連綿と続く記憶を持つ自分とは違うのだ。
「戦いにおける五感の欠損はよくあることです。さほど気にすることではないかと」
そう言いつつ、桜は自身の言葉が何の慰めにもなっていないことに気がついた。のろのろと顔を上げた佑にすみません、と小声で詫びる。
「いいのよ。奈月さんは、気づいているんでしょう? 水輝さんは治療を拒んだのね?」
「はい。その必要はないと」
だが青龍王の言は正論だと桜は付け足した。奈月は拒まれたことで随分と落ち込んだようだが、理論的には水輝の言い分は正しいのだ。
治してはいけない傷というものがある。奈月には例えばどんな重病でもほぼ完璧に癒すことが可能だ。が、万人にその力は与えられない。その部分を水輝は突いたのだ。恐らく奈月の経験では水輝が本当に言いたいことの意味は判らなかっただろう。だから水輝はあえてその話を持ち出したのだ。
「月鏡の属性を持つ彼女が、魔法を学んでしまったのは誤算だったわ」
眉を寄せて佑がきり、と爪を噛む。桜はそっと佑の手を口許から引き剥がした。爪の形が悪くなりますよ、と微笑んでみせる。すると佑はほんのりと頬を染めて慌てたように手を背中に回した。
「青龍王は恐らく保険をかけたのでしょう。万が一、自分が潰えた後も姫様が生きられるように」
それはだが奈月にしてみればとても悲しい保険だ。水輝を心底好いている奈月にしてみれば、水輝のいない時を生きることなど考えたことがないだろう。だが水輝はその立場から、失敗した先のことを考えざるを得なかったのだ。それは責任を負う者としてはしごく真っ当な考え方だ。
「水輝さんが潰えることなど有り得ないわ」
にっこりと佑が微笑む。桜は目を細めてからそうですか、と呟いた。恐らく水輝を取り巻くどんな女性に聞いても同じ答えが返ってくるだろう。奈月にしろ、渚にしろ、きっと同じことを言うに違いない。あの風の貴婦人と呼ばれる風龍神の栄子にしても多分、いや間近いなく同じことを言う。
桜はそれから佑を部屋に送り届けた。きちんと佑がベッドに入って瞼を下ろしたのを見届けてから部屋を出る。静かに扉を閉めてから桜はため息を吐いて歩き出した。廊下を行く桜の耳にふと楽しそうな声が聞こえてくる。桜は何気なく足を止めて声のした方を見た。水輝の部屋から楽しそうな奈月の話し声が聞こえてきたのだ。
せめて今だけは。そう胸中で呟いて桜は静かに自分の部屋に戻った。
この頃が奈月的には一番はっぴーだったかも?