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「そうね。だから、できるだけ多輝くんが求めるように行動できるように身体を改良してプログラムを書き換えたわ。でもやっぱり、今の私には普通の女性と同じように思考することは無理みたい……」
力なく言って目を伏せた由梨佳は口許に微笑みを浮かべた。だがその笑みが悲しそうに見えて多輝は思わず言葉に詰まった。例え以前の記憶がなくても由梨佳がヒューマノイドであることに変わりはない。タイプにもよるが、基本的にヒューマノイドはマスター登録をした者を絶対とする性質がある。恋人としてではなく、あくまでも自分の所有者として、だ。そして何よりも優先されるのがマスターの意志や安全であり、その他のことはヒューマノイドにとっては些細なことに過ぎないのだ。
多輝は自然と沈んだ表情になってテーブルに手を乗せた。握っていたカトラリーを皿に乗せる。
ヒューマノイドの性質については多輝も悩んだことがある。女性の際に多輝はヒューマノイドの機体をまとうことが多い。それ故にヒューマノイドの抱えるジレンマがはっきりと身近に感じられるのだ。
「ごめん。ちょっと無神経なこと言ったかな」
気落ちした表情で詫びて多輝はティカップを取った。まだ熱い紅茶を静かに啜る。
「恋人同士というのは、ある意味、互いに対等な関係よね? でも、私にはそう振舞うことは難しいの。普通のヒューマノイドなら、セッティング次第ではまだ可能かもしれない。だけど……」
由梨佳が口ごもる。多輝は慌てて目を上げて首を横に振った。
「いや、ごめん。由梨佳に文句がある訳じゃなくて……」
そこまで言って多輝も口ごもった。ついつい自分が女性の時のことを考えてしまったのだ。多輝はしばしの間の後にそう説明した。すると消沈した面持ちをしていた由梨佳が首を傾げる。
「ヒューマノイドってさ。マスターが絶対だし、マスターのすることには文句なんてないじゃん」
不器用に言葉を選びつつも多輝は何とか話を進めた。ヒューマノイドにとってのマスターは神にも等しい存在だ。だからマスターのすることに文句をつけるなどあり得ない。確かにタイプによってはマスターの存在そのものすら必要としないヒューマノイドもいるが、それは稀だ。基本的にヒューマノイドはマスターに絶対服従であり、言わば龍神の使い魔に近い存在なのだ。
「ええ。でも、だからこそ、通常のヒューマノイドなら、マスターに恋人のように振舞えと命じられれば、簡単に振舞うことができるわ。私は、普通のヒューマノイドではないみたいなの」
「え?」
多輝は驚きに目を丸くして由梨佳を見つめた。由梨佳が食事の手を止めてそっと自分の胸に手をあてがう。
「自由にしていいと言われても、わからないの。自分で自分の行動を決めることができないの。多輝くんに命令されなければ、どうしていいかわからなくなるの」
それを聞いた多輝は自然と緊張した。もしかしたら由梨佳は記憶をなくしたことでそうなってしまったのではないだろうか。だが不用意に過去を思い出させることはマイナスにしかならない。何度も言われたことを思い出しながら多輝は慎重に言った。
「それは、由梨佳にとって不幸、なのか?」
多輝は自分がヒューマノイドの機体をまとっている時のことを考えてみた。例えば自分が由梨佳の言うように自由にしていいと言われたとしても、特に何も疑問に思わずしたいことをするだろう。だが逆に考えればそれはヒューマノイドらしくないのではないか。そうも思えてくる。どちらがよりヒューマノイドらしいか、と言えば恐らく由梨佳の方がそれらしいに違いない。そう考えるうちに多輝の表情は暗く沈んだ。
「違うの! 負担じゃないかなって。思って……」
つられたように由梨佳が暗い顔で俯く。多輝は慌てて顔を上げて首を横に振った。
「いや! あの、おれは全然負担とかそんなことは思ってないし」
そう言ってから多輝は困ったように笑って頭をかいた。これではまるで見合いでもしているようだ。そう言うと由梨佳が困惑したような顔になる。多輝は苦笑して紅茶を啜った。
「おれは由梨佳が好きだから一緒にいてくれるなら嬉しいし」
照れ隠しに早口で言ってから多輝はそっぽを向いた。さっきのは恋人のように振る舞えという意味ではなく、好きだから他の女とは付き合わないって意味だ、と付け足してみる。そう言ってから多輝は恐る恐る横目に由梨佳の様子を伺った。
「ありがとう……多輝くん。でも、ひとつ約束して」
「なに」
妙に真剣な顔をした由梨佳に問い返して多輝は正面に向き直った。
「もしも私が、重荷になるようなら、きちんと話してね。多輝くん、誠実な人だから、きっとそうなっても私の傍に居続けようと考えると思うの」
「重荷って」
由梨佳が冗談を言っている訳ではない、と判っていても多輝はそう言い返した。由梨佳は本気で心からそう思っているからこそ口にしているのだ。だが多輝は納得出来ないものを感じて顔をしかめた。
「そんなことないと思うけど」
そう言ってから多輝は目を細めた。
「今、私は凄く幸せよ。毎日ずっと、多輝くんが傍に居てくれるから」
「あ、うん」
生返事をして多輝は俯いた。由梨佳が不思議そうに呼びかける。だが多輝はまともな返事をせずにじっと考え込んでいた。
もしかしておれは重荷になってるのか。そう考えながら顔を上げて多輝は慌てて詫びた。いつの間にか由梨佳が悲しそうな顔をしている。
「でも、だからこそ怖いの。幸せだから、その幸せを失うのが怖いというのもあるわ。でも、自分の幸せのために、多輝くんを縛り付けるような事になるのがもっと怖いの」
「いや、おれは大丈夫だと思うし……」
少なくともおれは男を好く性癖はない。きっぱりとそう続けてから多輝は席を立った。
今のところはこの2人が一番平和な気が……。