まだエロシーンはありません。
「あ、あの、多輝くん?」
不思議そうな顔をした由梨佳が呼びかける。多輝は難しい顔をしたまま部屋の隅にあるソファに腰掛けた。置いてあったクッションを抱えてしかめ面になる。渋い顔つきをした多輝はぼそりと呟いた。
「何か優一郎に避けられてるっぽいんだよなー。おれ」
抱え込んだクッションに顎を乗せて多輝は口の中でああでもないこうでもないと文句を言った。戸惑った表情をしていた由梨佳が首を傾げる。
「そういえば、最近、優一郎さんを見かけないわね……」
「だろ!? ここに来て二日経つのに一度も見てないの、変だよな!?」
口許に手を当てて呟いた由梨佳に多輝は勢い込んで告げた。その勢いに面食らったのか、由梨佳が慌てたように頷く。そうなんだよ、と低い声で言って多輝はめいっぱいに顔をしかめた。
「あの方って、この屋敷によくいらっしゃるの?」
「わかんねえけど、ここで暮らしてるのは確かなんだよ。なのに食事時にすら見えないのって変だろ」
この屋敷に暮らすものは好きな時に食事が出来るが、夕食だけは大抵、大食堂でとることになる。多少の時間のずれはあるが、大概はそこで顔を合わせることになるのだ。それはかつて立城が暮らしていた時も同じだった。
「ここで暮らしている男性は、水輝さんと、執事の重森さんだけじゃないの?」
「え? そんな筈ないだろ。優一郎が居るって聞いてるし」
水輝の結界のおかげで気配が読めないが、居ることは確かだ。多輝はそう続けてクッションに顔を埋めた。もしかしたらおれ、要らなくなったのかなあ。そう呟いてみる。
「やっぱり、多輝くん、優一郎さんのことが好きなのね」
優しい声で言われて多輝は慌てて顔を上げた。由梨佳がにこやかな笑みを浮かべている。
「好きだけど……由梨佳の好きとちょっと違う」
例えば由梨佳はいつも傍にいてくれて、一緒に眠ったり出かけたり、楽しいことを共にしたいと思う。由梨佳を見ると欲情し、抱きたいとも思う。機体を一緒に修理したりすることも楽しい。だが優一郎に対する気持ちはそれとは少し違うのだ。多輝は苦労しつつ何とかそう言葉を紡いだ。
「そう、なのかな。多輝くん、私のために無理してずっと男性体を維持しているでしょう?」
「無理はしてないぞ。おれのこれは勝手になってるんだし」
自分で性別を変えることも出来るようになったが、基本的にそれはしていない。意志とは無関係に勝手に変わるのだ、と多輝は説明した。由梨佳が考えるような顔で口許に手を当てる。
「でも、学校を休んだのは良くないと思うの」
生真面目な顔で言われて多輝は言葉に詰まった。確かに夏休み前の数週ほどを欠席している。多輝は眉を寄せて膨れ面でクッションに顎を乗せた。そっと息を吐いた由梨佳が席を立ってソファに歩み寄る。膨れ面のままで多輝は由梨佳のためにソファの端に寄った。空いた多輝の隣に由梨佳が静かに腰を下ろす。
「多輝くん、私のことを捨てろとか、そんなことを言ってるわけじゃないの。せっかく機械なんだから、もっと便利に使って構わないって言いたいの」
「だっておれ、学校そんなに好きじゃねえし……別に休んだって困らないし」
由梨佳と一緒にいる方がいい。そっぽを向いて呟いて多輝はソファにもたれかかった。
「だったら、もっと興味があることを学べばいいわ。大学の後期編入試験を受けてみるというのはどう?」
「大学?」
突拍子もないことを言われて多輝は慌てて由梨佳を見た。冗談だろ、と笑う多輝に由梨佳は真面目な顔で首を横に振る。多輝は難しい顔で考え込んだ。確かに今のあの学校で学びたいことは何もない。いつも退屈で、そのくせ気だけはやたらと遣わなければならない。何しろあの学校では多輝は吉良瀬の姫だのと言われて注目だけはされているのだ。そのおかげで慣れない女言葉をつかう羽目になるのだが、多輝はどうしてもそれが上手く出来ずにいつもだんまりを通してしまうことになるのだ。
クラスでも浮き、授業も面白くない。友達は勿論出来ない。学校で話をすると言えば事情をよく知る斎姫だけだ。しかもその場所は生徒会室に限られる。そんな状態で学校を好きになれる筈がない。多輝はぼんやりと思い起こしてため息を吐いた。
ふと、由梨佳が腕を引く。多輝は引かれるままにその場に横たわった。由梨佳の膝に頭を乗せる。
「仁科さんから、誘われてるの。理工学部のロボット工学科を受けないかって。教養課程免除でロボット工学科に受かればヒューマノイド研究室に正式に所属できるのよ」
「清陵大学?」
由梨佳に膝枕してもらいながら多輝は訊き返した。ヒューマノイド工学はまだ広く世間に知られている分野ではない。その研究室も殆どなく、入るのは至難の技だと聞いたことがある。多輝は腕を伸ばして由梨佳の髪を一房指に絡めた。滑らかな髪を指の間にもてあそぶ。
「それ以外に無いでしょう? でも問題がひとつあるの」
「え。由梨佳の賢さなら別に問題ないんじゃねえの?」
不思議に思って多輝は首を傾げた。由梨佳の髪を指で優しく梳く。当り前の仕草で由梨佳は横たわる多輝の頭を撫で始めた。
「多輝くん、私の話、真面目に聞いてくれてなかったのね……」
悲しげな顔をして由梨佳がそっと息を吐く。多輝は慌ててこれまでの会話を思い起こした。だが由梨佳が何を言わんとしているのか判らない。ごめん、と詫びて多輝はどういう意味か教えて欲しいと正直に訊ねた。
「私は、恋人的に振舞うことさえできないのよ、多輝くんに四六時中傍についてもらって、制御してもらわなければまともに行動できないの」
「あ」
ようやく由梨佳の言おうとしていたことを理解して多輝は間の抜けた声を上げた。鈍い多輝に呆れたように由梨佳が唇を尖らせる。多輝はもう一度詫びて頷いた。
膝枕いいですよね。