「今の……立城さん……なの?」
「うるさいな。お前には関係が……ああ、そうか」
疲れたような顔でため息を吐いてから水輝は咥えていた煙草を灰皿にねじ込んだ。額を押さえて深い息を吐きながら俯く。渚は目を細めてじっと水輝を見つめてから静かに手を伸ばした。うなだれた水輝の頭にそっと手を乗せる。するとびくりと水輝が焦ったように顔を上げた。
「様子がおかしいのはそのせいね?」
「関係ないだろ」
鋭い目をしつつ水輝が乱暴に渚の手を払う。ソファにしっかりと背を預け、水輝は腕組みをして顎をしゃくった。
「用件を済ませてさっさと帰れ」
「そうもいかなくなったわ」
きっぱりと言い返して渚はのんびりとカップを手に取った。苛立たしそうに頭をかいて水輝が横を向く。そこで祐と目が合ったのだろう。水輝はばつが悪そうな顔をして反対側を向いた。
「そっか、あいつってば……そういうことなのね」
「そういうことって何だよ」
不機嫌に言って水輝がまたベッドの方を向く。祐はいつの間にかベッドの上に身を起こしていた。渚は紅茶を静かに飲み干してカップをテーブルに戻した。
「彼女にはね。標の属性が備わっているのよ。標とは本来、何者かの指標となるべきもの。道標、そして遮る者の意があるけど」
さらりと言った渚は驚きに目を見張った水輝に微笑んでみせた。
「その属性は巫女とも言い換えられるそうね」
「なるほど。お前の方もそろそろ本格的に覚醒してきたってことか」
目を細めて呻くように言ってから水輝が祐を見る。祐はベッドの縁に腰掛けて首を傾げた。
「あいつ、最近どう? 無茶なこと、してない?」
水輝がぴくりと眉を微かに上げる。ごく僅かな表情の変化はすぐに消え、水輝は元通りの仏頂面になった。
「何が言いたいんだ?」
低い声で訊き返した水輝をしばし無言で見つめ、祐はほんの少しだけ緊張の解けた笑みを浮かべた。
「変に生真面目すぎるところがあるから。それに……」
祐がそこで言葉を切る。水輝は苛々とした様子で煙草をポケットから引っ張り出し、咥えてライターの石を弾いた。だが火花は出るのに火が灯らない。舌打ちをしてライターをポケットに戻し、水輝は指を鳴らして火を生み出した。指先に青白い小さな炎が灯る。
「あいつは、立城さんが遺したものを抱えているはずだから」
「立城は関係ないだろ」
即座に言い返して水輝が煙草に火を点ける。揺らめいていた炎が消えたところで渚はそっと息を吐いた。祐はじっと水輝を見つめたままだ。水輝がそっぽを向いて苛立たしげに煙草をふかす。
「……紫翠の残した呪いを祓った代償がその耳?」
静かに告げた渚を水輝が鋭く睨む。確かに先日まで水輝のわき腹に凝っていた呪いは完全に姿を消しているように見える。だが、あの紫翠のかけた呪いがそう簡単に消える筈もない。結局のところ、水輝はその聴力の半分以上を失っているのだ。渚や祐の言葉をきっちりと聴き取っているように見えるのは、聴力以外の力で言葉を読んでいるからだろう。
「そのほうがまだ、安全ね。いい判断だと思うわ」
「どうかしら。結局、紫翠の記憶はまだ水輝の中にある訳だし」
あの時、渚から取り出された紫翠の記憶は未だに水輝の中に眠っている。いや、その封印は着実に溶けつつあるのではないだろうか。渚はまじまじと水輝を見つめて目を細めた。鋭い目をして黙していた水輝が渚と祐とを交互に見る。
「お前ら、本当に何しに来たんだ。おれの失敗をあげつらうつもりで来たのか?」
ため息混じりに言って水輝が肩を落とす。それだけで水輝の纏っていた怒りの気配は綺麗に消えてしまった。
「あたしは、渚さんがどうしてもというから……」
小声で言って祐がちらりと渚を伺う。渚は腕組みをして水輝を見つめた。煙草を吸いながら水輝は酷く疲れた顔をしている。
「そうね。確かに本当は別の用だったのだけれど」
気が変わったわ。そう呟いて渚は口許に笑みを浮かべた。怪訝そうに眉を寄せた水輝が次に呆れたような顔になる。渚は横目に祐を見てから水輝に目を戻した。
「とりあえず祐ちゃんは抱いて頂戴。もう私との性交ではもたないわ」
「何だ。それが本当の用件か」
ため息を吐いて言ってから水輝が咥え煙草で立ち上がる。ベッドの縁に腰掛けていた祐は急に慌てたように首を振った。
「渚さん、あたしは大丈夫よ。こうして、自慰を水輝さんに見られてるだけで、すごく気持ち良いもの……」
ベッドに再び横になりながら祐がうっとりとした面持ちになる。その手はスカートの中で動いている。ふうん、と呟いて水輝がベッドに近づく。とろんとした顔で自慰を続ける祐の傍に腰掛け、水輝は手を伸ばして祐の頭を優しく撫で始めた。渚は静かに立ち上がって二人に近づいた。
「駄目よ。あなたの核には水輝の力が必要なんですもの」
水輝の咥えていた煙草を指で挟み取る。すると水輝はため息を吐いて身体を捻った。驚いた声を上げた祐に水輝が唇を寄せる。急に口づけられたことに仰天したのか、祐の自慰の手はぴたりと止まった。渚は指に挟んだ煙草をテーブルの灰皿に押し付けてから二人のところに戻った。避けるなよ、とぼやいて水輝が祐の顎をつかむ。
水輝的には一方的に説教をされている気分、ということになってますが。
当然のようにお仕置き的なことが待ってるわけで。