「酷いことをされていたお父さんと、代わってあげたいよぅ……」
指先は激しさを増し、タバサが絶頂にまで上り詰めようとしたそのときだった。
目の前の絵が光り輝き、その眩い光の中へとタバサが消えていったのだ。
瞬く間の出来事に、何が起こったのか誰も気付くことはなかった――……。
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「あれ……? ここは……?」
タバサが目を開いたとき、そこは妖精の城ではなかった。
辺りから悲鳴や呻き声、それと鞭のような音がしきりに響き渡る。
その場所には見覚えがあった。
セントベレス山の頂上にある大神殿の地下の光景と一緒だ。
だが、タバサが訪れたときと違って、そこには何人もの奴隷が働かされていた。子供からお年寄りまで関係なく、過酷な労働を強いられている。
これにはタバサも目を疑う。今の時代に奴隷なんて必要ないはず。何よりも、この場所はとっくに無人になっていたはず。
にもかかわらず、こんなにも奴隷が溢れている。
「ひょっとして過去に来ちゃった……?」
それが一番分かりやすい解釈だろう。しかし、そうだとすれば疑問が残る。
妖精の城にあった不思議な絵は思い出の場所に連れて行ってくれると聞いている。
この場所で奴隷が働かされていた時代にはまだタバサは生まれていない。思い出の場所であるはずがないのだ。
もう一つ、不思議なことに、タバサは奴隷の服を着ていた。
確かに父の服をこっそり持ち歩いてはいたが、自分で着替えた記憶はない。また、どういうわけか今着ている服は自分の体にぴったりと合っていた。
これではまるで――。
「おい、そこ! 何をサボってやがる! とっとと働かないか!」
「ひゃんっ!?」
ピシャンと鞭がタバサの頬にぶつけられる。久しぶりに感じた痛みに、タバサは思わず顔が緩みそうになってしまう。
罵声の飛んでくる方に向き直ると魔物が鞭を振るっていた。これでここが間違いなく過去の世界であると確信した。
だが、もう一つの疑問が残る。
この世界においてタバサは異邦人でしかない。しかし、この扱いや自分の格好を見るに、明らかにこの時代の奴隷として認識されている。
「おい、大丈夫か。ボーっとしてるから叩かれるんだぞ」
そんなとき、倒れているタバサに別な奴隷が駆けつけてくる。タバサと同じくらいの子供だ。何故だかその顔には見覚えがあった。
「え? コリンズ王子? なんでこんなところに?」
「なんだ? 頭打たれておかしくなったか? 誰だよソイツは。オレはヘンリーだ」
思わずタバサもドキリとしてしまう。コリンズというのはラインハット城の王子の名前で、ヘンリーはその父親、つまりラインハット国王の名前だ。
父の話では、一緒に魔物にさらわれて十年間ともに奴隷として過ごしていたとか。
「ほら、また叩かれる前に向こうへ行こうぜタバサ」
「わ、私の名前を? なんで?」
「やっぱりお前ヘンになったみたいだな。こっそり陰に隠れて休んだほうがいいぞ」
手を引かれるままに、タバサはヘンリーに連れていかれ、物陰へと退避する。
幼い頃のヘンリーは見たことがなかったが、見れば見るほどコリンズにそっくりでタバサも思わずまじまじと見つめてしまう。
ここが過去の世界だとするとタバサの時代から二十年は遡っている。
「どうだ、少しは落ち着いたか? アイツら意味もなく叩くからイヤになるよな」
この時代のヘンリーと会ったことがないはずなのに。
重なる困惑に疑問も募るばかり。ヘンリーとの会話の中で、タバサは少しずつ自分の置かれた状況を把握していく。
どうやらこの世界は二十年以上前であることは間違いないらしい。ただ、ヘンリーの話によれば、一緒に魔物にさらわれたのは父ではなくタバサだったのだという。
タバサの父のリュカという名前すらヘンリーは覚えていなかった。
このことから、タバサは一つの結論に辿り着いた。
ここは歪んだ世界。奴隷だった時代の父と、タバサの存在が入れ替わってしまった世界なのだと。それはあの絵も前でタバサ自身が望んだことでもある。
まさかこんな形で願いが叶うとは思ってもみなかった。
それと同時に、タバサは強い高揚感を覚えた。
平和で退屈な時代から過酷な時代へと戻ることができたのだから。
未だ頬からヒリヒリと伝わる痛みが現実のものだと思わせてくれるからなおさら。
「ありがとうヘンリー王子。そろそろ私、仕事に戻るね」
「お、おう。大丈夫ならいいんだが、あまり無茶すんなよ」
ヘンリーにその背中を見送られながらも、タバサは何処か嬉々とした表情で作業場へと戻っていく。そこにいるのはやはり奴隷、奴隷、奴隷だらけ。
まだ神殿の形もないような状態だ。ここから父は光の教団の大神殿の土台が出来上がるまでずっと過酷な労働を強いられてきたのだ。考えるだけでも気が遠くなる。
「おい! そこの小娘! さっさと岩を運ばんか!」
「ひゃぃぃぃっ♡」
ピシャアァァンとまた魔物の鞭がタバサに襲い掛かる。
妄想の数倍痛く、また理不尽だ。怒鳴りつけられる声にも慈悲は微塵もない。
それでもタバサは立ち上がり、岩を運ぼうとする。
かなりの重さだ。少なくとも子供が運ぶには大きすぎる。頑張って押し込んでいくもすかさず鞭が飛んでくる。
「あっひっ♡」
「ちんたらするな! とっとと運べ!」
「はぃぃ……、分かりましたぁ♡」
そんな圧倒的な絶望感を前に、タバサは胸をきゅんきゅんとときめかせ、熱い吐息をもらしていた。
「こらっ! サボるんじゃない! とっとと岩を運ばないか!」
「はひぃぃん♡ 申し訳ございませぇん♡」
タバサの中は被虐的な感情に埋め尽くされ、快感へと変換される。
朦朧とする中、タバサはすがるように、ムチおとこの膝元まで無意識的に近づいていってしまう。
周囲から見れば「もうこれ以上は勘弁してください」と懇願しているような光景だったことだろう。だが、違う。タバサはこの苦痛を求めていた。もっと虐めてほしいという感情のままに身体が勝手に動いてしまっていたのだ。
もちろん、ムチおとこにもそんな思いなど通じるわけもない。
足元にまとわりつこうとしているタバサをガツンと蹴り倒し、跳ね除ける。
「はぁ……、はひぃ……、お、お願い、しましゅぅぅ……♡」
空の見えない地下深い洞窟の天井を見上げるように、仰向けに倒れたタバサは感涙の涙を流し、みっともない鼻水を垂れ流した顔でうわ言のように続ける。
その様はよっぽどムチおとこにとっても不快に映ったに違いない。
「おい、そこの小娘を連れていけ。奥で慰安に使わせよう」
「ひぃ……、ぁぃ? い、いあん……?」
言葉の意味もくみ取れぬまま、くったりとしたタバサは奴隷たちに運び込まれていき、ムチおとこは舌なめずりしながら何もない地面をピシャンと鞭で叩く。
「くふふ……、聞き分けのない奴隷はたっぷりと使ってやるから覚悟しろ」
不敵な笑みを浮かべ、ムチおとこはまた鞭を振るう。
タバサの望み通りの結果に落ち着いたとも言える。
これからタバサは奴隷たちや魔物たちの慰みものとして性処理される奴隷としての日々を過ごすのだ。そこには慈悲など何もない、人としてすら扱われない。
それでもタバサにとっては幸せだっただろうが……。
こうして、過去は分岐してしまった。平和が訪れた世界は一転して、別な未来へと変移していくだろう。
勇者が生まれることもなく、魔界の王ミルドラースが支配する世界が訪れる。
おそらくその傍らには奴隷のタバサの姿もあっただろうが、決してその名が歴史に残ることはないだろう――……。