『気持ちは嬉しいよ。でも、ツバサくんが思う好きと私の思う好きって違うからさ。ごめんね』
そう言われたのが二年前。
「んぁ? しょーねん。こっちこっち〜」
そうして呼び出された今日この頃。
店に入って目にしたのはかなり酔った貴方の姿。
「何してるんですか、貴方は。ほら帰りますよ」
「んぅ〜、まだ飲む〜」
「飲めるような状態じゃないでしょ……すみません。お会計を」
会計をすぐに済ませて逃げるように店を出る。肩を貸してあげはさんを引き上げると、んぃ〜と変な声を出す。というか一人で歩けるならそれで帰って欲しい。なんでわざわざ呼び出したんだ。なんで。なんで僕なんだ。
「なんで、一人で飲んでるんですか」
「い〜じゃん。たまには」
フラフラ酔いどれ千鳥足とまではいかなくても足元は落ち着きがない。久しぶりに会ったと思ったらこれだ。スカイランドの遠征が来週からでよかった。急に呼び出されると反応に困るからなぁ。しかも、なんでこんな地味に遠い店に来てるんだこの人は。この人の自宅からもましろさんの家からも遠い。
「というかあげはさん。僕じゃない方がいいんじゃないですか?」
「ん〜? なにが〜?」
「迎えですよ迎え。他に呼ぶ人がいたでしょう」
「ましろんとか?」
「いや……もっとこう……あぁもういいです。それで」
「いいじゃん。ひとりになっちゃったんだからさ〜」
サラッと出てきた爆弾発言。そう。この人には隣にいるべき人が居た。僕じゃない誰か。顔も見た事ないし、名前も知らない。居るって事は分かっていた。でも見たくなかったし会いたくなかったから、あんまり詮索せずにその人と会うであろう日はなるべくあげはさんを避けていた。
「だからって今更……」
「いいから家帰って飲み直そー!」
「馬鹿言わないでください。家ついたら僕は帰ります」
「んぇ〜、でもちゃんと送ってくれるしょうねんやさしーね大好き〜」
「はいはい」
その『少年』と言う言葉にも聞き飽きた。
その『優しい』という言葉にも聞き飽きた。
その『大好き』という言葉にも聞き飽きた。
僕はこの人の隣に、あまり居たくない。傷を抉るか、抉られる。気が気じゃなくて落ち着かない。この人の破天荒さには慣れてるつもりだけど、数年でこれだけ人は変わってしまうということを自覚してしまう。
「はいっ! 着きましたよ! あげはさんっ」
「ありがと〜しょ〜ねんだいすき〜」
「はいはい」
もう『聞き飽きた』。そのセリフ。
「ちゃんとベッドで寝てくださいね。僕は帰りますから」
「え〜、帰っちゃうの〜? お姉さん寂しいな〜」
人の気も知らないで。のらりくらりと僕を躱して。
他の人と一緒だったのに。なんで今更。
「傷心の女を一人にするのか〜? しょーねんは〜」
僕をなんだと認識してるのか。僕にはそれが分からなかった。だから、あの時も突き放されたと思った。この人の『また来て』は『もう来ないで』と同じだと思ったから。ベッドにだらしなく項垂れてる貴方は僕の事なんて見ちゃいない。そんな事は分かってる。分かってるのに。
「っ───」
どうして僕はこんなにもまだこの人を引きずるのだろう。
「少年? どした〜? 急にしゃがんで」
見たくない。あんまり。その顔を。甘ったるい女の人の匂い。ましろさん達で慣れたつもりだったけど、この人のだけはずっと慣れない。
目の前でなにか喋ってる。何を言ってるんだこの人は。
なんで僕なんだ。なんでましろさんじゃないんだ。
なんで僕はここにいる。なんで誰かに頼まなかった。
なんで彼氏と別れたのに僕を平気で呼べるんだ。
なんでこんなにこの人と居るとどんな状況でも嬉しいと思ってしまうんだ僕は。
「ツバサくん?」
ゆっくり立ち上がって、あげはさんを抱えてベッドへ置く。やさし〜ね〜、と呑気にケラケラ笑ってる。なのに、この人の顔が見えない。僕の顔も分からない。ただ僕は理由が知りたい。なんで僕なのか。理由だけを。
聞き飽きた言葉を僕に吐く理由を。
「なんで、僕なんですか」
「何が〜?」
「なんで、僕を呼びつけたんですか」
ん〜、とベッドで仰向けになる貴方は意図的に顔を逸らす。
「なんでだろうね」
口調が戻った。酔いは覚めていたのはさっきから分かってた。呼ぶ理由が曖昧なのは本当にやめて欲しい。
「少し焦ってたんだ。私」
「……?」
焦っていた? いきなり何の話なんだ? なんの事だ?
「ましろんとソラちゃん。あの二人見てるとさ、不思議と気持ちがグラつくんだ。羨ましいとか微笑ましいとか、そういうの」
あてられて話し始めた。やっぱりお酒の力を頼ってたんだなこの人。不器用すぎる。
「あの幸せそうな二人見てるとさ、私もいつかあぁなれるのかなって思って。なら、それは今しかないんじゃないかなって思って」
まだ顔を逸らしたまま、ずっと綴っている。
「たまたま、そのチャンスがやって来て、一回取り逃してまた巡ってきて、今また逃して。何してんだろうね私」
一回取り逃した。今の話の流れだと僕の事も入ってる。その言い方だと、自分から手放してる言い方だ。
「覚えてるんじゃないですか。僕の事」
「忘れろって言う方が無理でしょ」
「本当に身勝手ですよ。貴方は」
「褒め言葉?」
「悪口ですよ」
そっか、と貴方は僕とついに視線を交わす。
「酷い顔だね。少年」
「もうそんな歳じゃないです」
「うん。男の子の顔してる」
「聞いてないでしょ、それ」
頬に添えられた手がいやにまとわりついてくる。気持ち良くて気持ち悪い複雑な気持ち。見ていられないその顔も、なるべく見たくないその体も、今目の前にあると思うと心がずっと揺らいでる。
「全部忘れられたらいいのにね」
「お酒の力でどうぞ」
「そんな事は出来ないよ。お酒じゃ忘れらんないよ」
パタリと落ちた手は、いつの間にか僕の手を握っている。絡み付いてくる指に僕は苛立ちと興奮を覚える。好きだ、っていう感覚が呼び起こされる感じがするのが嫌だった。
「ねぇ、ツバサくん」
「はい。あげはさん」
曖昧な時間を終わりにしたいのはお互い様で、見つめ合うのが普通なこの状況で僕は勝手にまた俯いた。目線を合わせると見透かされてるようで納得いかない。溶かされそうで怖い。また掘り返されそうで嫌になる。
「私の事、もう嫌い?」
そんなの、違うに決まってる。かと言ってここで頷くもの気が引ける。見つめあってまた俯いてを繰り返し、僕はあげはさんの手を握り返す。
「わかりません」
「……」
「貴方がハッキリしてくれないから、余計に分からなくなってしまって頭が痛いです」
スルリ、と手を離してあげはさんの上になる。見つめ返すと貴方は視線を外す。これも昔から変わらない。
「こら、ちゃんとこっち見てください」
「……っやだ。今変な顔してる」
「僕を迎えに呼んだ時点で酔いなんて覚めてたんでしょう?」
「…………」
やっぱりそうして浸隠す、開けるすきなど与えぬよう。貴方は嘘が得意なのは知ってる。僕に対しても、ましろさん達に対しても。でも僕は聞いていない。貴方から言ってもらってない。『聞き飽きた』その言葉を。
「あげはさん、貴方の方こそ僕の事を後悔しているんでしょう?」
「……」
「そうじゃなきゃ、僕なんて呼ばないし」
「……」
答えてくれない。まぁ当然か。僕も同じ立場だったら答えない。答えたら揺らいでしまうから。
「答えないなら、好きなようにしますよ」
「っ……」
何も答えないから少しムカついた。だから、服の中に手を入れてもこの人はただ体を弾ませるだけ。顔を隠すならちゃんと抵抗して欲しい。
「あの時僕がどれだけ傷ついたか分かりますか?」
「んっ……っ……」
「貴方が男の人と一緒に歩いてるの見た時どれだけ傷ついたか分かりますか?」
「わかんっ……ない……っ」
「分からないと言い切りますか。最低ですね」
腹部を撫でて、肋をなぞる。この人もちゃんと人の形をしているんだ。常々、違う世界の住人だということを忘れてしまう。そう思えるほど、この人に魅了されてるのは確かなんだけど。
「上手でしたか? 元カレは」
「ちょ、やだ……その触りか……たっ……」
「痛いだけだと嫌ですもんね」
セックスレスって訳でもなかったような気がする。こんなに美形の女の人を放っておく方がおかしいか。でも、この人が他の男に触られてるのを想像するのはやっぱり嫌だな。
「ほら、答えないと続けますよ?」
「ちょ……っと、待ってよツバサく……んっ……!」
「どうせ僕を呼んだのもこんな程度の理由でしょう?」
少し上へなぞればすぐさま柔らかな感触が指に伝わってきた。ブラつけてるのにこんなに柔らかいんだ女の人って。こんなに胸が大きいのに、お腹は出てないし、プロポーションが良いって言えばいいんですかね。こういうのは。
「や、だっ……やだ、ツバサくん……っ!」
「なら、僕の目を見てください」
「ちがっ……それやめ────」
「だから答えろと言っているんですッ!」
もうそこでどうでも良くなった僕が出した大声に、あげはさんの目が大きく開いて滲んでいたのはよく見えた。我ながららしくないのは分かってるけど、性格上物事がはっきりしないのは嫌。だから、焦れったくなってしまって無理矢理に突き進んでしまった。
「振った相手を呼びつけて! 今度は僕に縋るんですか!?」
「いっ……!」
どれぐらいの強さか知らないけれどあげはさんが痛がる程度に手を押さえつけていた。それでも貴方は目を逸らす。そういう態度が嫌いなんだ。それ以外はもう……。
「なんとか言ったら───」
「ツバサくんにはまだ分かんないよ」
「……はぁ?」
「仕事に塗れて、行きと帰りしかなくて、途中で止まる場所も無い。ただ往復を繰り返して気持ちだけがやつれてく日々なんて」
「その外堀を埋めたいからって、誰かに縋るのは違うと思います」
「じゃぁ……私はどうするのが正解なの。ツバサくん」
髪の隙間から見えた雫。これは僕が悪いのか。それともこの人が弱いのか。まだ分からない。だからこの人のこういう所が嫌いなんだ。そういう所を直せと言ったのに頑なに直さず今こうなっている。そういう所だけが嫌いなんだ。
「だから、何でもかんでも一人でやらないでと言っているでしょうに」
「……っ……」
「だから、答えて欲しいんですよ。どうして僕を呼んだのか」
泣くぐらいなら話してくださいと、あれ程昔に言っていた。それすら無視するからこうなる。貴方となら一緒に死のうと思った事もある。溺れる覚悟も、消える覚悟だってあった。それはきっとロミオとジュリエットの様な生き様になるだろうと。
「もう許しません。僕も貴方の話なんて聞きませんから」
その柔肌に触れてしまってから、抑えるのも限界だった。欲しい人がそこにいて触れても何も抵抗されないのなら僕だって男だから欲望に塗れる。忠実に、赴くままに、貴方の涙を拭いたがる。
「無理矢理はダメって言ってなかった……?」
「知りません。とお返しします」
払い除ける様子もなく、むしろ迎え入れる姿勢の貴方はやっぱりこれがしたかったのだろうと、目が少し赤くなっていた。泣いてる痕。滲んでる綺麗な目。だから、さっさと別れればよかったんだ。
「ちょっ……あ……んっ……」
僕の方が上手くデキるに決まってる。
「ツバサく……んっ! 待っ……ちょ、先にシャワー浴びるから……!」
「知りません。黙って受け入れてください。こっちだってずっと我慢してたんですよ」
肌に舌を這わせるだけなのに、あげはさんはとても恥ずかしそう。こっちとしては心臓が爆発しそうな程に嬉しいのに。でも、ベッドに貴方を押さえつけている僕はきっと強姦に間違われてもおかしくない。そう言われるぐらいは覚悟してる。
「ツバサ……くん……っ」
「ッ───」
その顔。その顔がずっと僕を駆り立てる。前の男にもそんな顔をしていたのかと思うとむかっ腹が立つ。この人のMっ気がある癖に自分から近づいてくることが多いからムカつくんですよね。今自分が半裸だと気づいて欲しいですよ。
嫌なら手を離してくださいね。
痛いならちゃんと言ってくださいね。
気持ちいいならちゃんと教えてくださいね。
微熱なんて優しいものは今の僕にはありません。
全部溶かして僕のもの。全部触って貴方のナカに。
互いの昔を殺しても、今の僕らを見出して。
儚く浅い、僕らは『きっと、ロミオとジュリエット』
…………*
子鳥のさえずりで目が覚める。環境音が目覚ましになって体を起こせば昨日の記憶が蘇る。そうして痛い腰を擦りながら隣を見ると無邪気な寝顔の貴方がいる。
「これは……僕が悪いんだろうなぁ……」
頭が痛い。いやもうなんか色んな意味で。部屋は昨日のままだし、ましろさんにも連絡してないし、昨日の感触がずっと残ってるし、満足感半端ないしで頭も心も追いつかない。
「やらかした……」
昨日の結果は強姦。完全に合意した上じゃないし、あげはさんの話もまともに聞かなかった。舞い上がっていたのと頭に来ていたのが一緒にあったから、余計に酷かった。
今から逃げ出しても構わないが、それはこの人が可哀想だ。
「それにしても……」
この寝顔……なんでこんなに……。
「はぁぁぁぁぁあ…………好き」
…………
「えぇ〜!? あげはちゃん本当にツバサくんと付き合う事になったの!?」
「まぁ、ね? こないだ飲んだ勢いで全部吐き出しちゃったみたいで……あはは……」
「でもでもっ! おめでとうだよ〜! 幸せにね、あげはちゃん!」
「うん。ありがとう。ましろん」
「ツバサくんがリベンジしたんですね!!!!!!! ポルノがリベンジ!!!!!! リベンジポルノ!!!!!!!」
「ソラちゃん? (バチ切れ)」
「ヒンッ」