「……っふぅ」
明日の収録の日程を見て一息。幸いにも明日は午前中だけで仕事が終わる。珍しく少ない日程で驚いた。姉様との二人の収録が増えてこちらとしては嬉しいが、どうも姉様の様子が気になっている。時々上の空になっていることがあるからだ。
「メロロ〜ン。髪乾かして〜」
お風呂上がりにお姉様が可愛く私へ歩み寄る。そんな薄着で身体を火照らせて。私にとっては良い毒になる。
「お姉様、少しは一人でしましょう?」
「え〜、だってメロロン上手だからしてほしいな〜?」
「もぅ……わかりました。座ってください」
「は〜い」
『髪を乾かして』。
最近お姉様がよく口にするようになったセリフ。泊まりに来る花咲うたによくやって貰っていたのは見ていたけれど、恐らくお姉様にとって『乾かす事』よりは『誰かにしてもらう事』の方が重要なのでしょう。そして、お姉様がこんな風になったのはうたと『あの人』が付き合い始めてから。
自分ではいつも通りに振る舞っているのでしょうけれど、空の人形の様な今のお姉様は見るに堪えない。瞳は遠くを見つめていて、笑顔はただ貼り付けていて、赤信号で止まった人のよう。私がここにいるのにただ独りだけのよう。『その感情』は私自身がよく知っている。だから、どうすればいいのかも分かる。
「お姉様。今日も上の空でしたね。ダンスのステップのタイミング何度か間違ってました」
「ん〜? そうだった?」
「えぇ、ライブも近いですから。気を付けてくださいね」
「は〜い」
目の前に居る貴方と鏡に映る貴女。どちらも本物で、どちらも心の無いもの。誰かと繋がる事で『その感情』を紛らわせているのもよく分かる。間に入れない関係になってしまったからこそ一歩引いた間合いで眺め続ける。そのときの『その感情』の辛さも知っている。
「考え過ぎは良くないですよ」
「ん〜? うん」
聞いてるような聞いてないような曖昧な返事。そんな事にも慣れている。濡れた髪はいつの間にか乾いていて、櫛で解くのも慣れてきた。こんなに綺麗な人なのに選ばれなかった。それからはもうまるで抜け殻のよう。何をするにも心がそこに無い。貼り付けた笑顔を見せて直さない。
「お姉様」
「ん〜?」
「『そんな思い』をしてまで、彼女にこだわりますか?」
ポツリと零れるように言った。櫛を持った手は動かしたまま、お姉様は振り向かない。鏡に映った顔はいつも通り気持ち良さそうに目を閉じている。それは何も変わらない。
「掴みたかった一番星の正体が、流れ星だった。ってだけの話だよ」
薄く目を開いてお姉様は言う。まるで分かっていたかのように儚く、小さな声で言う。きっと、お姉様の言う事は古いインクで紙に書いた祈りのように。『寂しさ』と言う『悲しみ』を瞬きもせず受け止めている。そんな事は誰にも出来はしない。小さなその手が掴むものはもう何も無い。明かりが消えた迷路の中をただゆっくりと歩いていくだけの日々。
私だって覚えている。うたがあの人と付き合う事を嬉しそうに教えてくれた事を。そのときのお姉様の顔も。
「メロロン?」
手を止めた私が気になったのかお姉様は振り向いた。見下ろす私と見上げる貴女。二人だけの空間なのに、考えるのは他の人の事ばかり。私に夢中になって欲しいわけじゃない。だからと言って振り向いて欲しくない訳じゃない。この感情をなんと言う。今の私には分からない。
「どうし───」
きっとそれはいつか見つかる答え。でも今はお姉様の傷に千の口付けを添える。そう決めた。そうありたいと思った。どんな手段でもいい。今のお姉様を見たくないが為。今のお姉様に立ち直って欲しいが為。誰が為の口付けは、どんなものより貴女の為に。
「お姉様。ごめんなさい。私は、お姉様が思っているより子供のようです」
その白い肌も、柔らかな唇も、煌めく瞳も、貴女そのものも、今は私の手中にある。この独占欲だけは止められない。二人きりの空間で、二人だけの時間を。今なら受け入れられると思ってしまった。奪い取るなら今しかないと思ってしまった。
「ううん、謝らないでメロロン。子供のままで。わたしもちょっと意地っ張りだから」
今度は向こうから迎え入れてくれた。熱を伝う唇の感触は今までとは比にならない程に心地よかった。
「ん……っ、は……ん……んんっ」
着いて離れるキス。幾ら重ねても足りなくなる不思議な行為。お姉様、体を捻った体勢で辛くないのでしょうか。少し必死になって目を閉じているお姉様の愛らしい顔を少し覗いた後、その薄着の身体に目が映る。程よい大きさの胸と引き締まった身体。男性でも同性でも、このスタイルを見て何も抱かない人は居ない。
「んっ……!」
こちらが我慢出来なくなって舌を入れる。逃すまいとお姉様の舌と自分の舌を絡めて顔を引きよせる。熱の交換、完食の交換、蕩けた瞳はいつも私を狂わせる。撃ち抜かれた心を押し付けるようにお姉様をずっと求める。
「っ……ぷぁっ! ……ま、まって、メロロン。ベッド行こう?」
「あぁ……ごめんなさい。お姉様。つい夢中に……」
「ふふっ、その名の通りにキスは上手なんだね」
「もぅ……お姉様だけなんですよ」
お姉様はあまり長くキスが出来ないらしい。顔を覗いた時も目を瞑って必死に喘いでいたからよく分かる。そこがまた良いのもこの人の魅力なのだから。
「キスしただけなのに、体熱い……」
「いきなりでしたからね。ごめんなさい」
「ううん。なんか……嬉しいんだ。メロロンからされるの」
お姉様をベッドに座らせて、また見下ろす。湿度で濡れた髪と肌。手に吸い付く感触が私の心を震わせる。今ならお姉様の全てに私の痕を残せるのだと。頬から鎖骨、肩に二の腕。手触りが心地よくて逆に困る。お姉様と同じぐらいに息が上がってしまう。こんなに分かりやすく興奮してるのは推し活をしてる時以外無かった。互いに汗が少し滲んでいる。首筋に浮かんだ滴が何とも言えないフェロモンのようなものに感じる。
「ぁ……ゃ……メロ、ロ……ンッ」
堪えられなくなりお姉様の首筋に舌を這わせる。恥ずかしそうな声のお姉様はまた私を興奮させる。全てをさらけだして欲しい。一枚隔てた壁をずらして、柔肌を晒したお姉様を見て生唾を飲み込んで首筋からゆっくり下へキスを下ろしていく。『寂しさ』を埋めるように、『悲しさ』を隠すように丁寧に唇を肌に重ねてお姉様を愛撫する。痕を残すのではなく、優しく撫でるように、傷物になんてしない。大切にするのなら全て壊れ物の様に扱うのが基本だ。
「お姉様、分かりやすいですね」
まだ布に隠れている片方の胸から小さな突起。服の上からでもわかる程、ピンッ、と勃っている。
「ん……」
お姉様は恥ずかしさのあまりに顔と口を隠して逸らす。全く唆るファンサービスの仕方なんてどこで習ってきたのやら。これが自然体なのだから困る。見ての通り無抵抗なので顕になってある方に吸い付き、布で隠れている方は指先で弄ぶ。
「んっ……!」
吸い付いた瞬間小さく体を縮こめる。こういう刺激そのものが初めてなのは分かっていた。お姉様の事だから、そういう事も一切考えた事がないのだろう。知識はあれど経験がない人だから。そこへキスを落とすのも私だって初めてだ。口を離すと銀の糸。お姉様の顔がますます赤くなる。恥ずかしと言うよりは興奮している時の顔だ。
「お姉様?」
つい舌を出して悪戯に首を傾げてみる。こんなに勃たせて、吸われて、塗れて。ステージの上では見られない。お姉様のあられもない女性の顔。この顔は私だけのもの。『あの子』からお姉様を切り離す。手を繋ぎ、口付けて、ダンスのアイソレーション。
「メロロン……」
「はい。お姉様」
今宵の月は満月で。月明かりが部屋を照らす。私が刻み付けた痕がファンデーションで隠れる心配は月が堕ちてから考えればいい。
今はただ、沢山付いた貴女の傷に。
私の千の口付けを。